メジャーリーグ開幕戦:Lost in Translation
メジャーリーグが東京ドームで開幕した。アメリカ東海岸では午前5時のプレーボール。ヤンキースがあっさり負けたのは意外だった。この調子ではかなり苦戦するかもしれない。
ところで、今回の遠征についての記事をみると、"Lost in Translation" という表現が題に織り込まれている記事が多い。少しGoogle Newsで調べてみてもこれだけあった。
BASEBALL ANALYSIS: Amid Great Expectations, Yankees Get Lost in Translation (New York Times)
Yanks Lost in Translation (New York Daily News)
Nothing but Sleep Lost in Translation (AP)
Photo Gallery: LOST IN TRANSLATION: DEVIL RAYS VS. YANKEES IN JAPAN (Atlanta Jounral-Constitution)
もちろん、これは、ビル・マレー主演の最近の映画 "Lost in Translation" に引っかけているのだ。この映画、アメリカではインディー系の配給だったがじわじわ人気が出た作品。アカデミー賞でも、作品賞を含めいくつかノミネートされ、結局監督のソフィア・コッポラがオリジナル脚本賞を受賞した。(この監督、フランシス・フォード・コッポラの娘である。)
この映画の舞台は東京。一言で言うと、コマーシャル撮影にやってきた中年のハリウッド俳優と、若い写真家の妻の二人が、言葉も文化もわからない東京の真ん中で出会い、「自分を見つける」…とでもなるだろう。映像の美しさ、ハリウッドらしくない「話のない映画」とも言うべき脚本など、批評家の評価が高かった。
ところでこの作品、日本人を差別的に描いているのではないかといって論争になった。これは見る人によって意見が割れると思うが、私が見た感想では、「言葉が通じない、不思議な国」という部分を強調するがあまり、結構安易なステレオタイプに頼ってしまっている部分は多い。日本人は英語がしゃべれないとか、日本人は背が低いとか、さらには日本人の男性はポルノまがいの漫画を地下鉄で平気で読んでいるとか。アメリカの日本人や日系人はおとなしいから反論しないが、似たような映画を、アメリカ社会で声が大きいマイノリティ社会を舞台に作ったら大変な社会問題になっていたんじゃないだろうか。
実際、日本での上映が4月17日と、アカデミー賞が終わってからかなり後になったのも、日本からもし批判が出たとしてもアカデミー賞のコンペに影響が出ないようにするための戦略的な理由なのではないかと私は考えている。『アカデミー賞受賞作品』として上陸すれば、きわどい批判もかわせると踏んだのではないか。もしこの推測が正しいとすると、大した確信犯である。『ラスト・サムライ』の渡辺謙やら、『たそがれ清兵衛』やらのノミネートで舞い上がっていた日本のメディアは、何ともお人好しとしか言いようがない。日本でももうすぐ上映されるので、日本の読者の方もどうかご自分で見て判断して頂きたい。
で、野球の開幕戦。"Lost in Translation" というタイトルが喚起するのは、言葉が通じなくて、ヘンな文化の国というイメージではないだろうか。アメリカの「国民的娯楽」の野球の開幕戦を日本でやるとは何事か、という感情と重なって、結果的にネガティブな印象を与えているのではないかと思う。想像力のないスポーツライターと一本の映画のおかげで、日本関係のいろいろなニュースのイメージが操作されるとしたら、困ったものである。この映画については、後日また。
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