ブッシュ氏の「拷問部屋」発言録
Slate.comで、コラムニストのWilliam Saletanがブッシュ大統領の「拷問」に関する発言をまとめている。このリストには、今回のイラク人「虐待」事件についてのコメントに加えて、1年前の終戦宣言以来「サダムがいなくなったおかげで、イラクにはもはや拷問部屋はなくなった」と言った演説が数多く含まれている。
今まで拷問・レイプはフセインの専売特許と言ってきた手前、今回の事件ではアメリカの面目が丸つぶれである。Saletanのコラムは、ブッシュ発言と今回の事件の経緯を時系列に並べただけだが、その皮肉がかえって鮮明になっている。
(もちろん、「虐待」と「拷問」は別物である。ラムズフェルド国防長官は今回の事件は「拷問とは言えないだろう」という見解を出している。一方、先日紹介したThe New Yorkerの記事はタイトルから「拷問」と言っている。もし、この記事が示唆している通り、この事件に諜報員が関与していて、情報を引き出すために意図的に虐待が行われたとしたら、情報を引き出すための拷問という用語の方が適当だろう。このへんの用語もこれからの争点になる。)
さて、アメリカのタカ派がイラク戦争を支持する理由として、独裁のイラクを「解放」するためというのがあった。その背景には、アメリカの方が民主的で、自由な国だという前提がある。しかし、今回の事件は、アメリカの占領がイラクの独裁政権と実際はそれほど変わらなかったという印象を与えてしまった。大量破壊兵器に続き、アメリカは戦争を正当化する理由をまた一つ失ってしまったのだ。しかし、「アメリカはイラク人に民主主義を教える義務がある」という思想を方向転換するのはなかなか難しい。今回の事件の反応を読んでいると、アメリカ保守派の反応として、「アメリカではこのような事件が起こると公開で調査し、違反者は裁かれるところがアラブ諸国とはちがう」というような見解がいくつか見られた。ここまではただの見解で、確かにそうかもしれないのだが、それに付け加えて「この事件を機会にして、アラブ諸国の人々に民主主義とはなんたるかを教えてあげよう」と言う人々がいるのは驚きである。別の記者は、ブッシュ大統領が、アラブテレビ局へのインタビューで、「このテレビを見ているアラブの人々にわかって頂きたいのは、アメリカではこれらの人々は調査の上裁かれることだ」と繰り返し言うのは、事態を収拾するという点から見れば、かえって言い訳がましく、高圧的な印象すら与えてしまうのではないかと指摘している。こんなときに言葉の端々に現れるアメリカの自己中心的な世界観には、どうしても違和感を覚えてしまう。
もうひとつ、この記事で興味深いのは、今年の1月21日の時点でCNNが虐待疑惑についてすでに報じていること。今回これだけ反響が大きかったのは、やはり写真の威力が大きかったからだろうか。
追記:ブッシュ大統領が謝罪しましたね。
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