丸山真男:インタビュー捏造事件
アサヒ・コムの美濃口担氏のコラム、丸山真男:インタビュー捏造事件をSoredaさん@はてながとりあげている。(Soredaさんは、ボビー・フィッシャーの件も根気強く追っておられるので、この事件の情報を求めて拙サイトに来られた方はこちらのサイトも訪問されてはどうだろうか。)
イタリア人ジャーナリストのティツィアーノ・テルツァーニが最近亡くなったが、この人が「シュピーゲル」1990年10月22日号で丸山真男へのインタビューを捏造していたというのだ。
事件の経過について、美濃口氏コラムはこうまとめている。
ドイツ統一の1990年初頭、丸山真男にインタビューを申し込み、断れたテルツァーニ記者は、「さて、これはインタビューの申し込みではないのですが、、、」と油断させて、日本での勤務を終える前に是非会って話したい、という願望を手紙にしるす。その後、丸山真男の弟子といっしょに、4月のはじめ頃に丸山宅を訪れて話をすることに成功する。このテルツァーニ記者の仕事について私はよく知らないのだが、この人、今年になって「反戦の手紙」という本を出版したらしい。かつては記者として進歩派知識人の親玉・丸山真男にインタビューして、現在は反戦本、というのは、典型的な左翼だと思うのだが、この事件で問題なのは、そうした欧米の左翼的なインテリが日本のような国の文化とどのように接するか、という点にある。この辺について、(アサヒ・コムのコラムにしては珍しく?)美濃口氏はけっこう切り口鋭く分析してくれているので、コラムから再度引用しよう。3週間後、テルツァーニ記者は、復元した訪問時の会話と追加質問を丸山氏に送り、質問に書式で回答してくれるように依頼する。この手紙の中で、できあがったテキストを承諾なしに発表しないことが強調されていたこともあって、読んだ丸山氏のほうは、記者の厚顔無恥に腹を立てると同時に、病気がちであったこともあって、返事しなかった。秋も深まる11月になって、丸山氏は友人から「シュピーゲル」誌に自分とのインタビューが掲載されていると知らされて、びっくり仰天する。
欧米には過激なイスラム教脅威論者がいる。「反戦の手紙」は非暴力を説き、一見このイスラム教脅威論と対立する。この本にイスラム過激主義の若者を「別の惑星の住人に思えた」とあるが、とすると、シュピーゲル元記者とイスラム教脅威論者との相違はちいさい。(彼は自分がガンを患っているから脅威を感じなくて、戦争に反対しているだけではないのかとさえ思えてくる)。欧米メディアの日本関係記事を長いこと読んでいる者として、こういう違和感はよくわかる気がする。記者が、自分の生まれ育った価値観とは理解できない現象に遭遇するとき、その価値観をとにかく理解しようと努力するのではなくて、あっさり「別の惑星の住人」と割り切ってあきらめてしまう。それでも、特に「地球市民」とか信じている左翼系の記者の場合、だからといって無視してばかりはいられないので、西洋人にはわかりやすい丸山氏のような進歩的知識人とか、市民系運動家などに注目したりする。日本人がみんな丸山氏のような考え方をしたら、民主的で、平和で、平等な世界になるのに、という考え方なのだろう。でも、そこには、そこに生きている日本人の生活とかに対するリスペクトが決定的に欠けているのではないか、と思わざるを得ないことが多い。そういう、どこかで見くびった態度というのが、こういう事件にちらりと現れたりする。アメリカで日本研究に関わっている一人として言うと、残念ながら、こういう姿勢は日本に関わる学者・コメンテイターにも時々見られる。日本人や日本のテクストを読むとき、そこにあるものを観察しようと言うのではなく、自分の議論に都合のいいものだけ引っ張ってこよう、という姿勢だ。昔、テルツァーニ記者の東京発信記事が私にいやだったのは、日本人が「別の惑星の住人」のように扱われていたからである。この人が、自分と長時間話してくれた病がちの老学者・丸山真男の好意をあっさり踏みにじることができたのも、非西欧社会に対するこの見方と無関係でない。
こう考えてみると、「日本人人質」事件で、「日本ではお上には逆らえない」と日本を前近代社会のように描いたニューヨーク・タイムス紙の記事やら、「日本にも新世代育つ」とか言って人質を持ち上げたル・モンドの論説などと根っこは同じというか、変わっていないことに気がつく。あのとき左翼・リベラルの人々は「人質に感謝しましょう」とか言ったり「世界の論調は…」とか言っていたが、その背後にある、欧米の非西洋の文化に対する差別感覚にもっと気がついた方がいいと思う。だからといって欧米を敵視するのではなく、冷めた目で見ましょうと言うことなのだが。
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Comments
以前ハワイのパールハーバーを訪れた時、未だしずめられたアアリゾナ艦を墓標とし、奇襲を忘れないという感覚は空恐ろしくなった。当時のヒステリックな空気が風化せずに残っているからだ。
そして原爆投下を肯定していたので、それはやりすぎだと、同行“に反論してしまった。そこに眠っている人たちは兵士で、原爆で苦しむ人は一 市民だから。数も規模も違う。それは理解できないらしい。
実験的でもる原爆の投下の判断の底には、絶対に覆されることのない感覚があると思えてならない。
自己の権利を過剰に”識し、客観視できない利己的な感覚が支配するように思える。その上に差別感覚があるのでしょうか。
イラクでの暴行もその感覚の上にあるのだろうか。
彼等が世界を旅する時、それはアミューズメントパークか動物園を散歩する感覚なのだろうか。
そして家にかえり、何ごとも無かったように紅茶を啜るのだろうか。
Posted by: mash (転載:むなぐるま) | Aug 19, 2004 9:44:33 AM
文字化けした記事を変換の上再投稿しました。
また、Macの場合の文字化け対策を施しました。参考にしたのは以下のblogです。
http://siolli.cocolog-nifty.com/blog/2004/01/mac.html
Posted by: むなぐるま | Aug 19, 2004 9:55:21 AM
むなぐるまさんのご意見、興味深く読ませていただきました。
インタビュー捏造とは、なんとも不誠実でおかしな話です。その理由・背景をキチンと考えて表現してらっしゃってスゴイ! と思います。
>自己の権利を過剰に”識し、客観視できない利己的な感覚が支配するように思え
>る。その上に差別感覚があるのでしょうか。
>イラクでの暴行もその感覚の上にあるのだろうか。
自分の知り合いで、一年のうち半分程度をアメリカですごす人がいます。その人は日本人ですが、頭のなかは半分アメリカ人です。それで、彼も自分を客観視しない利己的な感覚で人を差別・排除・攻撃してしまうんです。
彼は日本人にしては、経済的・文化的に恵まれた人です。だからといって、他の人まで同じように恵まれているわけではありません。なのに、いつも自分を基準にしすぎて、簡単に人を断罪したり罵ったりするんです。
人の話を聞いたり、事実を確認しないで暴走するので、事実誤認・誹謗中傷も多くなる。それで「下品な人」「思いやりや気配りのない人」「情緒の分からない鈍感な人」として周りの日本人から相手にされなくなる。
そうして商売がうまくいかなくなると、被害者意識でいっぱいになって、「日本の文化は腐っている」と言い出す始末。彼のフリースクールにやってきた生徒で、伝統的な日本の陶芸をしている親御さんを人の前でたいへん悪く言ったときには、「これは日本民族による日本民族差別・日本文化差別だ」と思いました。
正直頭が痛くなってきたので、何も言い返せませんでした。
どうしてアメリカ人はこんな具合に単純で傲慢になれるのでしょうか?
>彼等が世界を旅する時、それはアミューズメントパークか動物園を散歩する感覚な
>のだろうか。
>そして家にかえり、何ごとも無かったように紅茶を啜るのだろうか
そうですね。そのフリースクーラーの半分アメリカ人の人にも当てはまります。
彼は、タイのムーバンデック(子どもの村)というフリースクールにみなを連れてゆく
スタデイ・ツアーの仕事をやっていました。
それであるとき、パンフレットやアルバムの写真を見せてもらいながら話をうかがったのです。そのなかで、タイの貧しく恵まれない子どもたちに対して彼の言ったこのひとことは忘れられません。
「あんなところに生まれてくるものじゃあない。」「自分はあんなところに生まれなくてホントよかったと思うよ。」
そのムーバンデックというフリースクールには、スラム街でひどい生活をしていた子、親にネグレクトされた子もやってくるのです。そして主催者のご夫婦をお父さん・お母さんと呼んでいます。ニール方式の教育方針とタイの仏教の考えを融合したのびやかな環境の中で、体と心を落ち着かせ、職業訓練をして手に職をつけてそこを出てゆくのです。
その施設に行っていっしょに遊んだりご飯を食べたりして交流するイベントをした結果がこの言葉なんです。彼のデリカシーのなさ、自分さえよければ後はどうなってもOKという発想、それにアメリカ以外への蔑視のひどさには驚きました。
どうしてアメリカ文化に染まるとこうなってしまうのでしょうか?
わたしは、アメリカのジャズとハワイアン音楽は好きです。草の根民主主義も素晴らしい。けれど、他は好きになれません。
Posted by: chidori | Aug 25, 2004 11:59:17 AM
>chidoriさん
いらっしゃいませ。
本記事の話題はドイツ発なのですが、他の欧米諸国の知識人にも通ずる話だと思います。もちろん、それぞれの国に特徴があるのでそれをよく見極める必要があると思いますが。
この事件で皮肉なのは、丸山真男氏がいわゆる進歩派の知識人だということですよね。
Posted by: むなぐるま | Aug 26, 2004 8:23:00 AM