切込隊長氏と「ネットは新聞を殺すのかblog」の湯川氏の間での、ブログによる論評、ジャーナリズムについての議論を読んだ。切込氏の最近のエントリには、ブログ界隈を盛り上げていこうという気概が感じられて読んでいてとても面白いのだが、この議論も、切込氏の問題意識が感じられた。お二人の議論については、湯川氏の最近のエントリで総括されておられるように、湯川氏が「『参加型ジャーナリズム』という遠い未来の夢」を語る一方、隊長は「実体験に基づく現実論を説いている」というところだろう。お二人のエントリを読みながら議論・論壇・オピニオン系のブログのあり方についていろいろ考えさせられたので、性懲りもなくまた自分の考えを書いてみる。
私としては、前に「論壇系ブログ」についていくつかエントリを書いており(参照1、2)そちらも参考にしていただきたいのだが、最近、ブログをやめようと思っていることなどもあり、当時とは若干考えが変わっている。なるべく具体的にいくつかコメントしたいと思う。
○ブログが将来的にジャーナリズムに「融合」したり、それを「補完」したりするかどうか、ということについての将来展望について、それが5年先であれ50年先であれ、机上の空論ではあまり意味がない。むしろ、今現在、自分がブログ(広く言えばインターネット)を、紙メディアや放送メディア(TV、ラジオなど)に代わるニュース源として使っているかどうか、また、どんな情報を求めているか、また、書き手は他のメディアにない情報を発信できているか、ということを自問自答することが必要だと思う。その意味で、切込氏の具体的な数字(2ちゃんねるはTVの視聴率に換算すると1.6%程度)というのはメディアの規模を知る上で有益な指標なのだが、いっぽうで、インターネットというメディアの特徴を捉えれば、ニッチマーケットになりうるかもしれない。とにかく、ブログの書き手が総体的に面白い読み物を提供するようになり、人々がブログに注目するような状況にならない限り、この辺りの議論は無意味だと思う。その意味では、ブログ・ジャーナリズムをやりたい人は、そのへんのメタ的議論よりも、ブログ自体を盛り上げることが必要だろう。
○で、誰がそんな「面白い読み物」を提供するか、ということだが、そこで結局、切込氏の言う、「利得のないところに情報は流れてこない」という問題に行き着く。現状では、いい書き手がブログで書くという必然性がほとんどないのが大きな問題だと思う。私は、自分でもpolitical junkie属性があるのは認めるが、結局、ブログは、専門外の課外活動以外の何者でもない。目的としては、まあ時事ネタに絡めたコラムを書く練習と、そうでなければいろんな世の中の動きについて意見を言いたいという欲求を満たすという程度のものが大部分で、自分の専門領域との重なりは少ない。だから、ブログにそこまでは自分の時間と労力を投資できないし、本業が忙しくなればブログはやめる。その点、政治学やジャーナリズムの大学院生などが、もっともっとブログに本気で参戦すれば面白くなるのに、とは思う。
○また、送り手のコストの問題として、転送量増加というのも意外な障害である。具体的に、私が現在使っているTypepadで、現在のPlusプランでは1か月3GBの制限があるのだが、拙ブログの現状では2000Hit/日くらいで、このキャップの80%くらいになってしまう。Proレベルにアップグレードすれば5GBまでキャップが増えるが、それもこのまま成長していけばすぐだろう。ココログなどでは転送量制限がないということなので、つくづく失敗したと思っている。また、自前のサーバーでやっても同じ問題に行き着くだろう。社会的な影響力をもつためには少なくとも平均10000Hit/日くらいのアクセス数を目指さなければならないと思うが、そのレベルのヒット数を目指すならば、転送量コストを回収できる仕組みがなければ続けていくのは難しい。拙ブログと言えば、このままではまずいので、このまま店じまいするか、移転するかなのだが、移転するとなると労力が必要だし、移転後はしばらく続けなきゃまずいだろうし、ということで現在は消極的な現状維持で問題を先送りしている。
(そんなわけで、現在引っ越し先を検討しています。今のところ、ココログかエキサイトがいいかなと思っていますが。)
○ブログは広告媒体としてどうなのか、というマーケティング調査を見てみたい。アメリカのブログに特化した広告業者 Blogads.comでは、ブログユーザーへの調査結果を公表していて、ブログの読者は「教養が非常に高く、ネット利用率が高く、社会的影響力もあり、高収入」であるとまとめている。この調査を見てわかるのは、アメリカのブログの読者は政治など特化した情報を求めてブログを読んでいるので、広告主としては、ターゲットをピンポイントに絞って広告を出せること。また、同じブログを毎日読む人が多いので、繰り返し効果が高いことなど、ある種の広告には有利な条件もある。それに、若くてコンピューターを使いこなせる専門職の人が多いという結果もあり、例えば新しいインターネット・ビジネスを始めたい人などには格好の広告媒体と言えるという。
日本の場合は、例えばエキサイトのブログニュースなどを覗いてみると、ブログの読者はもう少し若く、もう少しサブカル志向が強いような印象がある。この辺りのマーケティング調査の結果が出れば、日本のブログは広告媒体として熟成してきているか、判断がつくような気がする。
○アメリカでは、グループ・ブログがけっこう盛んである。ネタ的には何でもありの Metafilter が有名だが、政治系では Volokh Conspiracy やOxblogなどが有名。最近のAndrewsullivan.comでは、In the Agoraというできたてのグループ・ブログが紹介されていた。グループ・サイトは更新度も上がるし、ある特定の問題系について関心を持っている人々への求心力も強まると思う。ブログの社会的影響力を強めるためには、そんな試みもあってもいいのではないだろうか。
○最後に、「情報」の定義だが、切込氏は「一次情報」にこだわり過ぎかな、とは思う。むしろ、今の時代、ある専門家だけが持っているインサイダー情報をいかに手に入れるか、ではなく、現在目の前にあるあふれる情報をどう読み、どう選別するか、のテクニックを現実のことがらを通して伝える、というニーズもあると思う。もちろん、一次情報を仕入れなくてもいいから楽というわけではない。「読みのテクニック」にも超一流から初心者まであるのだから。
私の短いブログ歴を振り返って、自分が一番書いて充実感があったもの、あるいは一番反響があったものは、そういうコラム的な内容のものだったと思う。そのような目的には、ある元記事にリンクし、自分の分析を書くというブログのフォーマットは適していると思う。また、ブログのいいところは、時間の経過とともに書いたものが蓄積されていくこと。その蓄積から伝わる、そのコラムの書き手の世界観や方法論というものもあるだろう。
私の結論としては、もう少しいろんな分野の専門家が参入したらブログも盛り上がるかな、というのと、現在のようにコスト回収の仕組みがない状態ではせっかく参入した人も長続きしないかな、という矛盾した二つの印象が共存している状態。それは今のこのブログの状態にも反映されている。