むなぐるま

アメリカ在住の研究者(の卵)による日常観察・オピニオン系Blog

« ブロガーが作家デビュー | Main | CBSの調査リポートが出てこない件 »

December 16, 2004

切込隊長というカオスモス

切込隊長ゴーログの木村剛氏に絡んでいる件について。私は金融業界について詳しくないので、エントリの詳細についてはコメントできないし、正直言ってどれだけ「やばい」話なのかというのは、非常に感覚的にしかつかめないところである。しかし、現在日本のブログ界隈で非常に大きな存在である二人のバトルということで、日本のブログの歴史に残る事件になるのでは、というように考えられている。この論争について内容をすっ飛ばして論評するのは一面的なのはわかっているが、ブログのあり方についていろいろ考えるところもあるのでコメントする。(一連の流れについてはArtifactのエントリによくまとめられている。)

まず、切込隊長というのは、書き手としては希有な存在だということは言えるだろう。現実感覚、守備範囲の広さ、スピード感、そしてある種の動物的な生々しさをすべて備えている。この世には頭のいい人がいるものだなあ、と感嘆せざるをえないし、文章の天使が微笑んでいるという気もする。だから、金融の話とかまったくわからなくても、とにかく読ませるものがある。たとえば、今の日本の作家でこういう勢いを感じさせるのは町田康くらいじゃないだろうか。いっぽう、そのスピード感ゆえに、危うさのようなものも感じさせる。どこかtipping pointがあって、そこを越えたらどうなるんだろうと心配させる、というか。しかし、今のところ、ブログが続いていると言うことは、tipping pointを越えていないということなのだろう。だから、金融のことは知らなくても、そんなある種の才能を目の当たりにしているという感覚があって、彼のブログをつい読みふけってしまう人というのは多いと思う。

彼のブログに関して言えば、コメント欄が面白い。個々のエントリに、2ちゃんねると同じような雰囲気のコメントが何百とつく。そういうカオスをすべて飲み込める、というのは感心する。ブログが大きくなってくると、当然ノイズが増えてくるのだが、ブロガーにはそういうノイズをすべて受け入れるタイプと、自分の文章が同じサイトで批判されるというのが耐えきれなくて、徹底的に論破するかコメント欄を閉鎖するかのどちらかになってしまうタイプと大きく2種類あると思うが、切込隊長はもちろん前者のほうで、しかも、そのエネルギーを取り込んで自分のエントリの力にしていく、という広がりがある。2ちゃんねる的なものを取り込んで、一個人の意見という領域を越えて小宇宙のような感じさえうける。

そこで思い出したのが、カオスモス (Chaosmos) という言葉。これは、ウンベルト・エーコがジェームス・ジョイスの『ユリシーズ』について書いたのタイトルにある言葉なのだが、切込隊長の文章を総体としてみると、『ユリシーズ』が20世紀初頭のダブリンの社会を、人間社会のカオスはそのままにひとつの小宇宙として結晶させたようなものを感じさせる。たとえば、切込隊長BLOGの過去ログを保存して、100年後の人が読むとしたら、2004年の日本のある一つのサブカル世界をひとつの小宇宙としてつかめるのでは、という気がする。しかし、この場合、その小宇宙的な広がりを保証しているのは、エントリ+掲示板という形のフォーマットというのが興味深い。というわけで、切込氏の書き手としての活動に期待している。(まあ、こうしてこのブログを文学として読んでしまうところに私の限界があるわけだが。)

さて、最近の木村剛氏関連のエントリなのだが、文学的な価値はさておき、情報ソースとしてのブログとしてはいまいち機能していないんじゃないかという気はする。何かすごいことが起こっているのはわかるが、遠巻きに見ているしかないという雰囲気がある。ひとつには、かなり暴露的な内容を含んだエントリが2度も書き換えられたということがある。紙メディアと違い、ネットは書き換え・訂正が簡単にできるのだが、それが落とし穴でもあると私は思う。ネット論争ではこの手の書き換えは日常茶飯事だが、普通のメディアに慣れている人には、この手の書き換えがあると事件の流れが追いにくいし、また、ネットではただでさえ得難いメディアとしての信用も失いやすいのではないかと思う。よほどの有名人でもない限り、筆者は一度活字にしたら責任を持つ、というところで自分の言葉の重み(信用)を支えるしかないと思う。もちろん、ネット論争のベテランの切込氏は、様々なテクニックを駆使しつつ議論を絶妙に操っているとは思うのだが、一般メディアしか知らない人にはなかなかついて行けない。

それに、一つのエントリにさまざまな問題点が混在しているため、ひとつひとつの論点の検証ではなく、「切込隊長BLOG対ゴーログ」というサイト間の対決という構図になってしまっている。それはそれで面白いのだが、この形では、情報リソースとしてのブログの利点を生かせないのではないだろうか。たとえば、ラザーゲートの場合、数え切れないほどのブロガーがCBSの報道の検証に参加したのだが、個々のエントリでは、かなり局地的な問題を論じている。それが、ブログのネットワークの中で高速で伝播し、検証され、総括されていくというプロセスで、マスメディアの内部の検証機構を完全にやっつけたという過程があった。しかし、この論争では、ソースが切込氏の取材と言うことで切込氏が独走しているということと、一つ一つのエントリに含まれる問題が多すぎることがあって、他のブロガーが論争に参加しにくい構造があると思う。一つのエントリに一つの問題だけ扱い、またそのエントリは訂正しないというような方法でいけば、ブログ界隈全体の検証能力をフルに活用できるのでは、という気がする。

しかし、前に書いたように、切込氏の意図はそういうところにはないのだろう。だから、私のような者は、何かすごいことが起こっていると思いながら遠巻きに見守るしかないということなのだ。

|

TrackBack

Listed below are links to weblogs that reference 切込隊長というカオスモス:

» 木村剛氏 vs 切込隊長氏のBLOG上の争い from おとこのおばさん
両者のエントリは、ARTIFACTをご覧いただくとしましょう。 木偶の妄言(brotherjinさん)に書かれているように、木村氏が、切込隊長氏ブログを「ペー... [Read More]

Tracked on Dec 16, 2004 8:32:58 PM

Comments

(2006年5月 むなぐるま管理人からの受託により保管)

ウェブログ図書館 http://library.jienology.com/