むなぐるま

アメリカ在住の研究者(の卵)による日常観察・オピニオン系Blog

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January 30, 2005

ニューヨークのアーティスト系日本人

How Q Found Her Groove (NYT)

今猛烈に時間がないのだが、ニューヨークに住むアーティスト志望の日本人についてのこの記事は面白いかも。New York Timesの日本関連記事で新鮮さを感じたのはずいぶん久しぶり。つーかこれはNew Yorkローカルの記事だね。イースト・ヴィレッジのあたりは今はこんなことになっているのか。NYUのあるあたり。
 やじゅんさんあたりにぜひコメントしてもらいたいところ、と振ってみる。
 この系統のブレイク寸前の日本人といえば、マンガ家のMisako Takashimaさんとか。(Misako Rocks!)アメリカ留学中にマンガを描きはじめて、昨今のマンガ人気に乗ってメジャー契約をゲットした。文学ではこの系統の元祖は多和田葉子さんかもしれない。誰も、自分なりの表現の方法を見つけてそれが地道に受け入れられているということだろうか。ま、私にとっては近そうで遠い世界かもしれない。

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January 29, 2005

充電中

 ご無沙汰しております。
 1月も、ブッシュ大統領の就任式、そして明日はイラク総選挙など、世界は激動ですね。
 私のほうも、ここ2、3週間ほど、リアルライフの方がかなり忙しくなって、ブログの更新のほうが遅れてしまっています。久しぶりにectoを立ち上げたら、プログラムのレイアウトがだいぶ変わったりしてて。ちょっと戸惑うような状態。今の時期、1年契約を重ねるアカデミックのjourneymanにとっては忙しい時期なのです。また、他にもいろいろと出来事がありまして、ネットのほうはお休みさせていただいています。「出来事」などというとなにか心配をかけそうですが、不幸な事故とかでは全然ないのでご心配なく。
 まあ、表題にも書きましたが、単なるお休みではなく、充電中とご理解いただければ、と。
 元のペースに戻るにはしばらくかかりそうですが、もう少しお待ちください。

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January 10, 2005

CBS、ラザーゲート報告書を公表・4人を解雇

ホワイトハウスは、国民に知られたくないニュースを金曜の夜から土曜の朝に発表することが多いといわれる。週末に新聞を読んだりニュースを見たりする人が少ないからだ。そして新しい週が始まる頃には騒ぎも落ち着いている、というわけだ。以前、ブッシュ大統領の軍歴疑惑が問題になっていた頃(ラザーゲートの前)、ホワイトハウスがブッシュ氏の空軍予備役時代の記録文書600ページあまりを金曜の夜に公表したことがあった。ホワイトハウス特派員がケーブルテレビの政治番組のホストに「週末休めなくなってしまったけど頑張って読みます」とか言っていたのをよく覚えている。

まあ、先週末そのルールを踏襲して大ニュースを流したのは政府でも政治家でもなく、離婚についての声明を公表したブラピとジェニファー・アニストンのマネジャーだったわけだが。

さて、月曜の今日、ラザーゲートに関するCBSの調査報告書が発表になり、同時に問題の番組の製作にあたったプロデューサーのメアリー・メイプスら4人が解雇された。
最新情報はratherbiased.comで読むことが出来る。

224ページにわたる報告書(pdf)の内容については、早速多くのブロガーが分析している(その多くはratherbiased.comからリンクされている)。私は読んで分析する時間はとてもないのだが、調査書のスタンスとしては「明らかな偏向はなかった」というところに落ち着いている模様だ。一方、ラザー氏が誤りのあったニュース記事を頑なに撤回しなかった点については批判している。

今日のCBS EVENING NEWSは、ラザー氏は「取材のため」欠勤。ボブ・シーファーが代行した模様。また、ラザー氏降板が決まっているEVENING NEWSの後継アンカーの発表が近いというニュースもある。CBSとしてはこの辺りで騒ぎを収めたいというところだろうか。

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January 06, 2005

アップルの新製品情報が大量流出?

Apple Sues Think Secret (MacRumors)

久しぶりにMacの話題を。
アップルが新製品を発表するMacworld Expoがいよいよ来週に迫り、ここにきて期待が高まっている。それも、アップルが今週、フライング気味にサーバXServe G5と純正液晶モニタCinema Displayのアップデートを発表。これらのアップデートは、新製品が少ない年ならMacworldで発表するレベルの製品だから、今年のMacworldでは新製品が大量に発表されるのでは、という期待感が高まっている。

そのなか、Think SecretというMac情報サイトが、「信頼できる筋」からの情報として、次から次へと今回のMacworldで発表されるという新製品情報を公表している。Think Secretによると、次のような新製品が発表されるという。(私は内部情報を持っていないし、このニュースの真偽を検証することも不可能なのでそのつもりでお読み下さい

  • モニタなし廉価版 iMac … 1.25GHz, 256MB RAM, DVD/CD-RW Combo Drive で$500 を切った値段で登場。「首なしiMac」というニックネームがすでに付いている。
  • Productivity Suite iWork  … MS Officeのようなビジネスソフト。ワープロソフト Pages、プレゼンソフト Keynote 2などを含むといわれる
  • フラッシュベース iPod  … 小型でフラッシュメモリ搭載のiPod。1GBの容量で $150
  • iLife '05  … iDVD などのアップデート
  • GarageBand 2 の素材パック Jam Pack 4

このニュースが正しいとすると、なかなかのラインナップである。さて、普通はこういう噂話はMacworldなどの前にいくつも流れたりして、どれが本当かとわくわくしながら公式発表を待つのが普通なのだが、今年は、この時点でアップル社がThink Secretを企業秘密の漏洩を理由に提訴することになった。この訴訟の結果がどうなるかは想像もつかないが、まあアップルが怒っているということは上の情報のかなりが正しい情報なのではないかというのは予想がつく。
 長期的には、廉価版 iMacやら iWorkなどにより、Macのシェアが上がってくれればいいのだが。今のアップル、iPodが大成功しているぶん、Macのアイデンティティが希薄になっているような気がする。Macも何とか頑張ってほしいものだと思う。

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January 04, 2005

新年に:(2)「土着の情報提供者」としての在米日本人研究者

さて、私が以前日本のあるフェローシップに応募したときのこと。結局落選だったのだが、落選の知らせに同封されていた小冊子に、審査委員長による講評が載っていた。この講評で、海外での若手日本人研究者について直接言及した部分があり、私としては日本の研究者が私のような海外の日本人研究者をどう見ているかがよくわかり、腹立たしくも納得したものだった。この講評について少し紹介してみたい。(私が匿名で書いている以上、この講評および著者への直接言及は避けておくが、著者は某超一流国立大学の、一般にも名の知れた教授である。)

この著者は、海外の、特にアメリカの大学の博士課程在学者による申請書が「よく書けている」と指摘する。(カギ括弧は講評の著者。)それは、必ずしも悪いことはないのではないのだが、おそらく、アメリカの大学の博士課程の研究計画書を引き写しているのだろう、と推測するのだが、それにより、「申請書・報告書文化」の弱い国々(それは日本も含むのだろう)の申請書が見劣りするという現象がある、と指摘する。

そこで、著者は、「その研究の成果である論文は誰に向かって書かれるのであろうか」と問う。著者の修辞的疑問を平たく言い直すならば、要するにアメリカの日本人研究者は、日本の学会にその成果を還元するのではなく、アメリカの学会を補完するだけなのではないか、というのだ。そこで、著者は次のように言う。日本やアジア出身の留学生は、博士号取得が第一の目的なのだから、言語や歴史体験などのアドバンテージを生かせる日本・アジア関係のトピックを選ぶ。また、指導する学科のほうでも、ネイティブの知識を利用し、欧米人の知識を補う研究テーマが選ばれているのではないか。しかし、そのような研究は、結局研究先進国と開発途上国の格差を広げることにはならないのか。また、そもそも欧米の大学に留学することを選んだのは、研究環境やいままでの研究の蓄積などの理由はあろうが、日本やアジアの研究をするならなぜ欧米に留学するのか。

著者は結論をぼかしているのだが、あえてはっきり書くと、だから、(研究発展途上国である)日本の財団の研究資金は日本やアジアで学ぶ学生や研究者に与えられるべきだということなのだろう。研究先進国であるアメリカ・欧州の学生・研究者は恵まれた環境の受益者なのだから、我慢しろ、と。

該当の基金が、日本やアジアの学生・研究者の支援を重点的にすべきと考えるのはわかるし、それがその基金の方針なら部外者の私が口出しするいわれはない。しかし、この講評に表れている見解について、いくつか反論したい点がある。

まず、アメリカの大学における日本の研究者について、認識がすこし違っているという気がする。多くの日本人留学生は、日本で奨学金を取るのでなければ、大学から直接得られる奨学金で生計を立てるしかない。学生ビザではアルバイトも限られる。また、アメリカ外で研究・調査をする場合、アメリカ国籍・永住権がなければ、フルブライトなどの大手奨学金の資格もないから、海外で調査する場合に非常に困難な事態になる。該当の基金にも、そのようにアメリカのシステムからあぶれたアメリカの大学所属の日本人やアジア諸国の学生が多数応募しているのだろう。この著者の考えに従えば、そのような学生たちはこのような基金を受け取るべきではないということになる。しかし、そのような多くの研究者(特に、言語のハンデのある人文・社会科学系)の多くは、かなり切りつめた生活を送っている。

しかし、もっと大きな問題は、アメリカ在住の日本人・アジア人研究者が、native informant、つまり、「土着の情報提供者」としてしか仕事をしていない、という大きなところでの認識である。アメリカ在住の日本人研究者は、基本的にアメリカ人研究者の問題意識ーそこにはアメリカ中心的な見方もあるだろうーを素直に受け入れ、現地の生のデータを提供するだけなのだと。わかりやすくいうと、植民地の主人に仕えて、部族の情報を教える土人ということか。一昔前の人類学では、そうした「土着の情報提供者」を利用した研究の問題点について理論的な考察がなされたが、この教授の見解を意地悪に解釈すれば、日本の大学の部族のリーダーとしては、裏切り者には金を出せないよ、とでも言えるのかもしれない。

さて。私は、この見解は心情的には非常によくわかる。むしろ共感すらする。
アメリカで研究する[アメリカ人の]日本研究者を見ていると、自分の文化中心の世界観が鼻につくことがしばしばある。[だから、アメリカ人研究者の問題意識のみが学会で中心的に扱われ、日本人研究者に「土着の情報提供者」的なあり方を強要しているという事情に対して苛立ちを感じることは多い。]そういう[アメリカ人研究者の]連中に限って、フルブライトやら国際交流基金やらの奨学金で月ン十万円ももらって[日本で]優雅な留学生活をしている。(ま、そう見えるのには私の僻みもあるだろうが。)そのうえ、書いた論文も首をひねらざるを得ないものも少なくない。それこそ先進国と途上国の差が広がるばかりである。

[追記:私もアメリカ人の研究者の友人が多いから、この点については必ずしも一般化できるとは考えていないが、アメリカ人の日本研究者が、(日本の)国費による日本留学について既得権益のように考えている点については否定できないと思う。ついでに言うと、地方自治体や公立中学・高校で英語のネイティブスピーカーを受け入れている JET Program は、将来日本に関心を持つ欧米人を増やす意味で意義はあると思うが、あんなに給料を高くしている必要はあるのだろうか。オーストラリアなどで日本語を教える日本人はボランティア同然で教えているのに、日本で英語を教える米国人・オーストラリア人などが、住宅・食事付きで月に数十万円の手当をもらっているのは過剰ではないか?]

しかし、そのような現実に反発して、アメリカで勉強している学生・研究者への支援を閉ざしてしまうのはどうだろうか。むしろ、日本の言語・文化・歴史を体で知っていて、なおかつ欧米の学会におけるコミュニケーション能力を持つ人材を育成すべきではないのだろうか。その意味で、この教授の態度は日本の最高学府の教授にしては少々大人げないという気がする。(それとも、日本の学会を「アジアの盟主」として位置づけるという政治的な意図があるのだろうか。)そのような感情的な反発のため、アメリカの学会の望ましくない現状を変革する芽を摘んでしまっているとは考えないのだろうか。

実際、アメリカのアジア関係学会を見ると、日本学・日本研究における日本人の割合はかなり低い。たとえば中国学・中国研究をみると、ネイティブ中国人(本土系・台湾系・その他)の率が比較的高いのに比べると、日本学はまだまだだ。アメリカの学会でネイティブの割合が増えると、基本的な言葉の解釈などにおけるレベルが上がるし、何よりアメリカ中心の見方が中和される効果があるように思う。日本人研究者がnative informantに甘んじている現状を本当に変えたいんだったら、何より日本人の研究者がアメリカなどの学会でもっと発言する必要があるのだ。

また、この教授は、日本のような研究「途上国」を支援することにより、研究「先進国」に対抗すべき、と考えているようだが、この文章をみるに、英語で発言することの意義を過小評価しているように思う。たとえばアメリカの学会において、もちろん日本研究の専門家は日本語文献を読めるのだが、それ以外の人々にとっては、英語で書かれていなければ書かれていないに等しい。また、日本在住の日本人研究者(とくに日本研究)で、英語で発表できるだけの英語力を持った人を多く知らない。高校時代に英語ができなかったから国文科を選んだ人がおおいのかどうかは知らないが、英語で発表し、議論出来る人はまれだ。通訳を通せばいいのでは、という人は、自ら通訳を通して外国人研究者の発表を聞いてみると良い。通訳を通せば時間が2倍かかるし、なにより日本語を話せる人とは伝わり方が断然違う。ニュース番組でも、アメリカ人の識者の意見よりは日本語堪能な外国人タレントの御説の方が重宝されるではないか。

長くなったが、日本で研究に携わる方にとって、このエントリが海外在住の日本人の立場について少しでも考えるきっかけになれば、と思う。海外の日本人研究者は、自分が好きでやっているのだから、別に支援しなくても、という先入観がある気がする。しかし、仕方ない事情で海外に残っている研究者も多い。海外で研究キャリアを始めてしまうと、日本の閉鎖的な大学システムに入り込むのは難しい。一方、海外ではいつまでも外国人扱いで、異文化や生活苦からくるストレスなどに耐えねばならないのである。また、博士号を取るなどの個人的な利益だけでなく、学会のコミュニケーションなどに生きる人材になろうとか、それなりの公義に立って研鑽している研究者もいる。日本の財団は、もう少しそのような日本人研究者を支援する手段を考えるべきなのではないのだろうか。具体的には、国際交流基金や文部科学省の奨学金に付帯する国籍条項をなくし、海外大学所属の日本人研究者にも研究内容によっては門戸を開くべきではないのだろうか、と思う。また、日本の大学人にも、日本の研究成果を世界に発信するということの意味についてもう少し考えてみて欲しい、とも思う。

…この件については、このブログを始めてからいつかは書きたいと思っていたのでとりあえずは満足している。
 これで、ブログに書きたいと思っていたことはすべて書いたかなという気すらする。まあ、このブログを将来的にどうするかはまだ決めていないが、このエントリが一つの区切りにはなるだろう。

【追記 1/11】 一か所、誤解を招く表現があったので加筆しました。

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新年に:(1)第一の祖国への片想い

皆様、明けましておめでとうございます。私がこのブログを始めてちょうど1年になりました。このブログをやっていて良かったと思うのは、私が日頃思っていることを発信する場を与えられたこと、そしてこのブログを通して多くの人々に出会えたことです。ご愛読感謝します。

さて、この数日、新学期の授業の準備や大きな研究発表の準備などをしていて、とてもブログのほうにまとまった時間がとれない状況が続いている。この状態は今月いっぱい続くと思う。
 そんなわけで、新年早々盛況なブログ界隈で静観を決めこんでいたのだが、ひとつだけどうしてもコメントしておきたいエントリがあった。

第2の祖国(小さな目で見る大きな世界)

このブログ、前にも紹介した通り、standpoint1989さんが豊富な知識・見識を背景に歴史・文明論・時事評論などを展開しておられる。「おまえのいうことには賛成はしないが面白くはある」と評されることが多いそうだが(私も含めて・笑)、それは氏の文章の質の高さを裏付けているとも言える。意見が同じ人を説得するのはたやすいが、意見が違う人をも先入観を越えて読ませ、説得させられる(説得させられかける)ということは、文章の力に寄るところが多いからだ。
 しかし、このエントリについては、特に「世界各国に散らばっているブロガー」について向けられたものであり、その一人としてお答えしたいと思う。

standpoint1989さんの論旨は本エントリを読んで頂くのがよいが、主張を簡単にまとめると、海外在住の日本人は、住んでいる国の「一般的な考え方」に影響されるあまり、日本の国益というような視点が欠けてしまうのではないか、ということになろうか。

私の最初のリアクションは、正直、「またか」というものだった。海外在住の日本人は、アイデンティティを失い、要するにその国の考えにかぶれてしまっている、という見方は、ひとつのステレオタイプとしてある。私自身アメリカで長期滞在を始める前にはそう考えていたから、それはわからないでもない。しかし、当事者から見れば、このような見方を海外在住の日本人にあてはめるのは安易だと思わざるをえない。このような発言が出てくるシチュエーションを考えると、内容はほとんど関係ないのでは、と思うこともある。それは、一度このような枠の中で見られてしまうと、はめられた方はなかなか抜け出せないやっかいさがある、ということでもある。いつもはシャープな論理展開をするstandpoint1989さんなのだが、このエントリに関して言えば、前半でエピソード的に紹介される海外在住者の現実と、後半で勧められている「国益」中心の考え方の議論とがどうもしっかりと接続しない。

standpoint1989さんは、例として、アメリカ在住の日本人で「アメリカ的な宗教原理を背景とした保守主義」に共感を覚える人、というのを挙げている。これは私のブログのことを指しておられるのかな、と想像する。(そうでなければ失礼)確かに、私は一連の米大統領選に関するエントリで、「宗教右翼」の影響力というのが、メディアで喧伝されているほどに大きくないというポイントを強調した。町山氏とのやりとりもその辺りが焦点にはなった。しかし、それは、「宗教右翼」に共感を覚えているというわけではない。むしろ、私はアメリカのクリスチャンには違和感を覚える。(内村鑑三の『余は如何にして基督教徒となりしか』を読めばわかるが、日本人であることと、アメリカのクリスチャンの内実には本質的に相容れないものがあると思う。)

では、なぜ、日本人の多くの先入観に反してそんなエントリを書いたかというと、まず、日本のマスコミでは、アメリカの大統領選挙に関して、アメリカの庶民の実態について冷めたところで分析しようとした記事がなかなか見られなかったこと。日本のマスコミは、基本的に反ブッシュの色眼鏡で現象を見ている記事が多く、これでは現実的な視点がみられないと思ったのだった。「国益」ということでいうならば、ブッシュ氏が51%の得票率を得るアメリカ合衆国という国の実態を冷静に見つめるということこそ、現実的であり、国益にかなった判断をするための基礎的な資料となるのではないだろうか。その点で、もし私のブログが住んでいる国の「一般的な考え方」に影響されているとするなら、町山氏のブログも、いわゆる民主党支持者のtalking pointsを受け売りした記事が多かったように思う。その意味では、町山氏のブログこそ住んでいる国の「一般的な考え方」を反映したものではなかったか。私がそれに対して実際に「宗教右翼」がこの選挙を左右したのかどうかを検討することの何が悪いのか、という気がする。

もうひとつ、大統領選以来しきりに強調した「対話」ということなのだが、他の国籍・社会・文化の人々に「異質なもの」を見るならば、その人々たちと共通の基盤を見つけ、対話の言語を切り開いていくことがいっそう重要になってくると思われる。北朝鮮の指導者たちは「対話」が成り立つかどうかのぎりぎりのところにあると思うが、日本にとってアメリカは良くも悪くももっとも重要な外交相手ではないのか。対話の空気が希薄になりつつある現在だからこそ、誰かが共通の基盤を探る作業をしなければならないと思う。それは誰かがしなければいけないことだからだ。

海外に長く住んでいると、日本への思いというのはなかなかわかってもらえないことが多い。アメリカに住んでいると言うだけで、どうせ好きでやっているんだろうとか、物質的に豊かな暮らしに慣れてしまったのだろうとか思われているのだろう。それは、こちらで知り合った日本人に限らず、家族や友人にもそう思われているのかもしれない。しかし、それは必ずしも正しくない。まず、日本社会は、私のように海外で教育した者は「アウトサイダー」扱いだから、この時点で日本社会に復帰することには余計なエネルギーを費やすことになると思う。また、私なりにアメリカでニッチというか、なすべきことを見いだしつつある、ということもある。たとえば日本の研究者がアメリカに来て、言葉の問題と言うよりは文化・学問の習慣の問題で浮いてしまうような状況を何度も見て、そのような現状をここからでも変えられれば、と思っている。それは、私がこれから仕事をしていく上で根幹となりうるものだ。しかし、そのような現実、また想いは日本に住んでいる人にはなかなか伝わらない。

私のアメリカ生活も長くなった。現地の多くの人々にお世話になったし、私のアメリカが「第二の祖国」になりつつある、ということは否定しない。しかし、私にとっては、「第二の祖国」が「第一の祖国」(こなれない言い方だが)に取って代わったわけではないし、それはこれからも変わらないと思う。しかし、「第一の祖国」への想いは片想いなのかなと思うことは多い。一見「第二の祖国」を抱えていそうな人に出会ったら、その人の「第一の祖国」への想いに想像力を働かせてみてほしいと思う。その「第二の祖国」という、派手で大げさな看板の背後にあるものを。

この点について、私の専門に関わることでこれだけは言っておきたいということがあるのだが、これはエントリを改めて書く。

【追記】このエントリをアップした直後にstandpoint1989さんのところに新しいエントリが。ちょうどすれ違いで妙なシンクロニシティだなと思うのだが、読んでみると我が意を得たりという気がした。このエントリに書かれている内容は杞憂なのかもしれないということを記しておく。

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(2006年5月 むなぐるま管理人からの受託により保管)

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