アニメ・舞姫
アニメ・舞姫レビュー (uso8oo)
愛・蔵太の気ままな日記経由。テキストサイト的に秀逸な「アニメ・舞姫」の読み解き。
鴎外の「舞姫」は、私もアメリカ人学生向けの日本文学の授業で使ったりするのだが、確かに話の筋だけ見たらバッドエンドで終わるギャルゲーと思われても仕方ないかもしれない。事実、アメリカ人の学生からの反応をみると、「ガールフレンドを妊娠させて逃げるなんて豊太郎はひどい人ですね」というようなリアクションがあることはある。問題は、逃げるどころか、優柔不断で、自分でなにも決断しないままでいて、結局人を恨んだりするところなんだけれど。これで「エリスを捨てる!」と自分で決めたんなら、その理由はどうであれまだ勇気があるといえると思うのだが。
まあ、「舞姫」は、伝統的な価値観や国家への義務・忠誠心によって規定された自我と、ベルリンの自由な空気に触れて目覚めつつあった「まことの我」が、話のプロットだけでなく文体のレベルでもせめぎあっている作品、として読めば面白いと思いますけどね。しかし、西洋と日本、公と私の二つの価値観の相克に生きた明治人、というような歴史的・作家論的な読み方は、明治という時代に共感やつながりを覚えない人達にはあまり説得力のない読みになってしまっているというのは確かかも。(アメリカ人とか、最近の若い日本人とか。)
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Comments
こんばんわ、むなぐるまさん。
鴎外の「舞姫」のアニメもあるのですね。見てみたい!
アメリカの学生さんに伝統的な縛りと近代的・都市的な自由な自我の間の葛藤を分かってもらうのは難しいと思います。
今でも日本では、保守的な地域や家を中心に、いろんな時期からの伝統が人々の体と心を縛っており、自由な新しいものを拒否することが多いように思います。
それにしても、文学の「舞姫」でも理解してもらうのが難しいのなら、文楽の「曽根崎心中」なんて宇宙人の話に思えるでしょうね! 以前TVニュースが言っていたのですが、フランス公演では好評だったそうですが。
伝統とか国・家への忠誠と自由な個人主義との狭間の揺れ・惑いというのは、ヨーロッパならともかくアメリカ人にはちんぷんかんぷんなのでしょうか?
Posted by: ぱれいしあ | Feb 7, 2005 8:56:32 AM
>ぱれいしあさん
いま忠臣蔵を教えているんですが、まあ、こういう作品のどの辺がアメリカ人にわかりにくいのか、というのを探るのは楽しいですよね。ともあれ、「舞姫」がわかりにくい、というのは、けっこう示唆に富むと思うのですよ。「なぜこの作品を高校で教えてるのかな」ということも含めて。
Posted by: むなぐるま | Feb 7, 2005 11:01:51 PM