ブラック・クォーターバック
今年のスーパーボウルは、ニューイングランド・ペイトリオッツが24-21でフィラデルフィア・イーグルスを下した。
このペイトリオッツというチーム、強いというだけでなく、あらゆる意味で模範的といえる。スターらしいスターはQBのトム・ブレイディくらいで、あとは全国区では無名の選手ばかり。しかし、緻密に、かつ相手の意表をつくように練り上げられた智将ベリチェック・ヘッドコーチのゲームプランを確実にこなす。今年のプレーオフでも、1シーズンTD記録を塗り替えたペイトン・マニングを擁するコルツ、ランプレイで相手を蹂躙してきたスティーラースを、相手よりひとレベルスマートなプレイを見せて意外な大差で撃破した。カネや知名度を渇望する、昨今の子供じみたプロスポーツの世界にあって、「チーム」を第一に置くこの選手たちは、誰もが応援したくなるといっていい。9/11後初のスーパーボウルで、選手紹介で個人ごとではなく「ペイトリオッツ」として全員一度に登場、有利と目されていたラムズを最後のFGで破ったのも印象深かったが、あれから4年の間に3回優勝したことになる。
そんなペイトリオッツなのだが、私はイーグルスが勝てばいいのに、と密かに思っていた。それはQBのドノバン・マクナブの存在だ。
マクナブは、NFLでは数少ない黒人のクォーターバックである。アメリカン・フットボールというスポーツでは、それぞれのポジションごとに体型や運動能力などさまざまな適性が要求されるのだが、なぜか花形ポジションであるクォーターバック(QB)には白人が圧倒的に多い。他のポジションは白人・黒人・その他の人種が適度に混じっているのだが、NFLのレベルで黒人QBが目立つようになったのはほんのこの5年くらいのことだ。
別に、黒人がQBをしてはいけないという理由はないのに、なぜ黒人QBが少ないか。誰もはっきりとは言わないが、スキル・知性が要求されるポジションで、黒人には向かないというステレオタイプが昔はあり、今もそれが尾を引いている、ということはあるのだろう。今そのような偏見を口に出して言うアメリカ人はほとんどいないわけだが、では、なぜ黒人QBが増えないのかと考えると、子供時代の現場で黒人の子供がQBをしたがるような環境がいろいろな意味でできていない、という辺りに落ち着く。黒人の子供がQBでプレイしたがらないというのは、コーチの大人の側に偏見があるのだろうか? それとも、子供の「文化」のなかで、黒人とQBが結びつかない、ということか。はたまた、子供たちが目指すべき「ロールモデル」たるべき黒人QBがいないためか。ともあれ、QBが、アメフトというスポーツの中で突出して知性を要求するポジションであり、そこに黒人選手がいないというのはある意味恥ずかしいこととして捉えられている、という暗黙の了解があると思う。そんなこともあってか、最近は、マイケル・ヴィックやスティーブ・マクネアなど、黒人QBも目立つようになってきた。
さて、昨シーズン(2003年)10月のこと、保守系ラジオ・パーソナリティのラッシュ・リンボウが、マクナブについて、「彼が過大な評価を受けているのは、リーグが彼のような黒人QBに成功して欲しいという、社会的な意味での関心があるためだ」と発言し、論議を巻き起こした。マクナブはシーズン当初不調気味で、なかなか結果が出なかったころだった。マクナブはあえて反論しなかった。リンボウは結局ESPNのコメンテイター役を辞めることになった。(Slateに、「リンボウは正しい」というコラムが載っていた。ったく。)NFLが、潜在的に黒人QBが少ないことを恥ずかしく思っている、という意味では、リンボウの言うことは間違ってはいないと思う。しかし、現在のアメリカには、リンボウの言っていることは許されない、という空気がある。現に、彼の発言は容認されなかったわけだ。
この発言を聞いて、最初はマクナブのような境遇を身近に感じることができなかった。黒人というのは大変なものだな、と。しかし、今この発言を思い返してみると、複雑な思いにとらわれる。まず、リンボウの発言を聞いて、カチンとくるものがある。リンボウなんて、そもそもラジオDJとして売り込むために保守路線を始め、その後にブレイクしたという、要するに商売のための言説をする人だから、そういう立場でマクナブの挑戦に水を差すというのも気に入らない。また、前に比べて、マクナブのような立場の人間に対する共感も自分の中に芽生えてきていると思う。自分の好きなことをやっていたら、いつのまにか見えない壁にぶつかる。誰かが、「お前になんか出来るわけがない」と思っている。しかし、アメリカって、自由で差別のない国だったんじゃないのか。そうなったら尚更、そういう偏見を持っている奴らを見返してやりたい。また、自ら成功することが、後から続く人々に「奴らは間違っている」ということを身をもって示したいーーという気持ち。
アメリカという社会は、自由という建前はあるが、見えない差別のようなものを感じることは絶対にある。それを打ち破るには、自ら圧倒的な実力で相手の間違いを示してやるしかない、ということは感じる。そういう見えない壁を感じるとき、「ならば絶対勝ってやる」と思う、そういうこともある。人気TVホストのオプラ・ウィンフリーが、あるとき現国務長官のコンドリーザ・ライスをゲストに迎えていたとき、「結局、差別を打ち破るのは実力ですよね」と語っていたのを思い出す。アメリカという国でも、「これはこの人にはできないだろう」という先入観がないわけではない。しかし、それを一度実力でやってみせると、皆が諸手をあげて認めてくれるというのもまたアメリカ的なありかたである。黒人にはQBが出来ないという偏見を打ち破るには、結局誰かがやって見せるのが一番なのだ。
このような考え方は実にアメリカ的で、自分もだいぶ染まってしまったのかな、と思ったりもする。しかし、どうせアメリカという土俵でやっているのだから、まず認められてやろうじゃないの、とチャレンジする気持ちを肯定したいとも思う。そのことが、日本人であることをやめることにはつながらないと思うのだ。人種を意識しすぎるのもおかしいが、いっぺん、実力でぐうの音も出ないくらいに勝ってみたい、とも思うのだ。一方で、このような原理原則を世界中にまき散らすアメリカ人のうさん臭さに気がついていないわけではない。しかし、アメリカ社会の、実力さえあれば認めてもらえる、という側面は、アメリカ社会で生きている以上意識するし、それを利用しない手はない。当事者にとっては、生き残るか死ぬだけだ。(今年のスーパーボウルのハーフタイムでポール・マッカートニーが歌ったように、"LIVE AND LET DIE" なのだ。)それはアメリカで生きている以上、仕方ないことだ。
日曜日のスーパーボウルに戻る。
この4年ほど、マクナブ率いるイーグルスは、「スーパーボウル候補」と目されながら、今一歩の結果が続いた。そして、今年とうとうたどり着いたスーパーボウル。マクナブはこの試合に勝てば、優勝チームQBとして歴史に名を残すことになる。
しかし、日曜のマクナブは今ひとつさえなかった。獲得ヤードは357ヤード、また3TDと立派な結果も出したが、インターセプト3回は痛かった。また、土壇場で10点ビハインドの場面、2回スコアしなければいけない状況で、もたもたとして時間をロスしていた。ベンチで座っているときの表情もさえなかった。マクナブの体調がおかしかったというレポートがあるが、さもありなんという出来だった。ともあれ、マクナブとイーグルスがチャンピオンとなるのは来年以降にお預けとなった。
マクナブにはぜひいつかスーパーボウルQBになってほしいと願う。
【追記 2/9/05】表現を少し改めました。
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Tracked on Feb 11, 2005 3:12:24 PM
Comments
<<黒人にはQBが出来ないという偏見を打ち破るには、結局誰かがやって見せるのが一番なのだ。
すでにWashington RedskinsのDoug Williamsが黒人QBとしてスーパーボウルで勝ってます。1980年代のRedskins黄金期にワシントンにいたので覚えています。
QBのポジションは最高のアスリートを求めるポジションではなく、逆に動けない、走れないQBが目と腕を使うしかないアスリートに向いていると。Doug WilliamsはそのようなQBであったと。優勝の次の年は引退に追い込まれた老兵といった存在だったけど、腕と目は最高だったと。
確かに、プロのレベルで黒人QBは沢山いない。でも他のポジションで白人が沢山いないと言えるところも結構ある。(WR、S、Cなど)どちらかと言うと"Pure Athlete"のポジションに黒人アスリートが多いと思います。
マイク
PS - リンボウさんの番組は1989年から良くラジオで聞いていました。今でもネット経由で聞いています。”そもそもラジオDJとして売り込むために保守路線を始め、その後にブレイクしたという”ではないと思いますよ。1984年に今のフォーマットでサクラメントではじめ、1988年にEIBを設立して全国的にNYで開始。保守路線で番組ができないと言われたのを苦にせずに、成功を収めたのでは? AMラジオにそれまで無かったビジネスモデル、番組を無料でラジオ局に提供して、地元ラジオの宣伝売上の一部と全国宣伝の売上で収入とするモデルが成功を収めたと。
Posted by: MikeRossTky | Feb 9, 2005 7:37:23 AM
ご指摘ありがとうございます。NFLの歴史についてはよく知りませんで…。そういう意味では、黒人QBがスーパーボウルで勝っても初めての快挙というわけではないわけですね。まあ、マクナブは前のようなこともあったので余計に自らの価値を証明して欲しいと思うわけですが。
リンボウについては、カリフォルニアで保守系トーク・パーソナリティとしてブレイクする前、音楽DJをやっていた時はノンポリで、知人の証言ではむしろリベラルだった、ということを読んだことがあります。元のテクストが見つかるか、ちょっと探してみます。
Posted by: むなぐるま | Feb 9, 2005 8:24:57 AM
かつて邦銀のNY拠点で働いた経験のある中年男です。
ダグ・ウィリアムスの件は先を越されてしまいましたが、NFLについては私からも一言。
80年代後半から90年代前半を代表するQBとしてヒューストン・オイラーズ(現テネシー・タイタンズ)のウォーレン・ムーンをあげることができます。WRを4人揃えたラン&シュートオフェンスで華麗にパスを通す勇姿にしびれたファンは多かったと思います。
また、イーグルスには90年代にはランドール・カニンガムという黒人QBがいました。足が速く、パスよりランで稼ぐQBとして有名でした。マクナブやヴィックが出てくる前に未踏の地を拓いた彼らこそ賞賛されるべき先駆者と言えるでしょう。
スポーツに限らず、有色人種が本格的に活躍しだすのは1965年の公民権法施行後と認識していますから、これからもアメリカの政官財に加え、エンタテイメントの分野でも司令塔の役割を担う人たちの多様化が更に進むのではないかと思います。
Posted by: 真野 | Feb 9, 2005 9:29:18 AM
>真野さん
ご指摘の通りですね。ムーンは私がアメリカに来た頃はベテランでしたが、オイラーズのパス中心のオフェンスを一人で背負っているという印象でした。ちょっと調べてみるとすごい数字を残してますね。カニンガムはイーグルスの一昔前の、今よりちょっと明るいグリーンのユニフォームが印象に残っています。
カニンガムについては次のSlateの記事がよくまとめてありますね。本編ではSlateの記事をくさしましたがこちらはいい記事です。
http://slate.msn.com/?id=2070146
Posted by: むなぐるま | Feb 9, 2005 11:44:25 AM
はじめまして、黒人にQBが少ないのは、視力の関係もあるんだそうです。
白人は虹彩が少なく、光に極度に弱いですが、その光への弱さをアイブラックスティック?などでカバーすると、
普段光の所為で使えない視力が発揮されるらしいです。
有色人種は虹彩が多いので飛行機乗りなどには向かないとも言われていることからも、多少の関係はありそうです。
混血が進んでいるとはいえ、虹彩の多い遺伝子のほうが優勢ですし・・・・・・。
Posted by: ニチ | Feb 15, 2005 2:30:54 PM