むなぐるま

アメリカ在住の研究者(の卵)による日常観察・オピニオン系Blog

March 20, 2005

海外から見る「日本の保守派」の風景

竹島問題、また歴史教科書問題などをめぐって、保守系のブログが盛り上がっているのだが、今回は、日本の保守派には日本の外にはあまり味方がいない、という話をあえてしてみたい。

NHK・朝日問題の発端となったNHKの番組が放送されたとき、放送が政治的圧力を受けたのではないか、という疑惑はかなり早い時点からあった。それで、アメリカの日本研究の研究者の間で、そのような不当な圧力に抗議しましょう、ということで、署名運動が起こったことがあった。私のところにも回ってきたが、署名はしなかった。

その時の声明と署名はこちら。この数ヶ月のNHK・朝日問題をめぐる論争を受けて改めて見ると、釣りに引っかかった人達のリスト、という風情もあるが、ここに署名をしている人達を見ると、若手・ベテランを問わず、有力な研究者が名前を連ねている。この人達は、事実をチェックしたのかなあ、という疑問とは別に、「人民法廷」の意味とか、放送の編集における政治的圧力の意味とか考えて署名したのかなあ、と思うのだが、逆に言えば、このような文書に署名する大学教授・院生がこれだけいるということの意味は考えた方がいいと思う。

もう一つ、身近な体験から。
ある日本の近代史関係のイベントで、「従軍慰安婦」をめぐる映画を見たことがあった。韓国系アメリカ人制作のこの映画、「ドキュメンタリー」ではあるが、演技過剰気味の再現映像を多く交えていて、とても事実に基づいた公正なドキュメンタリーとはいえない代物だったのだが、これに、「つくる会」の、藤岡信勝教授と西尾幹二教授が登場する。発言自体は、日本でも主張されている内容と同じものだったのだが、ここではそれは問題にしない。むしろ、演出が問題だ。
 お二人が座っているのは、殺風景な、会議室のような部屋。お二人は、やや疲れ気味の表情なのだが、カメラは少し引いた固定アングルからツーショットを撮り続ける。プロフェッショナルな雰囲気は全くない。
 一人(どちらかは忘れた)のクロースアップ。汗をかいている。言葉が詰まり気味になる。
 このような映像で、「従軍慰安婦は『従軍』ではなく…。」とか、「彼らは売春婦で…」という発言を聞くと、一般人には歴史修正主義者とはこのような姿をしているのか、などと思う人も多いのではないかと思う。こんな映像を撮らせてしまうなんて、「つくる会」にはPR担当がいるのだろうか? と思ってしまった。

いわゆる歴史問題などの問題は、アメリカでも日本でも、出来れば関わりたくない種類の問題ではある。関わったら関わったでいろいろと面倒なことになるのは目に見えている。しかし、この手の問題を看過することにより、取り返しのつかない事態になることもある。たとえば、前に書いたように、『レイプ・オブ・南京』が出たときに、専門が日本の歴史家が批判出来なかったことによるダメージははかりしれないと思う。そういうとき、どう行動したらいいのだろうかと思ったりする。

このように、日本国内の言論と海外の日本研究における日本像のギャップを思うとき、心に引っかかっている一つの文章がある。
シカゴ大教授のノーマ・フィールドが著した『天皇の逝く国で』という本がある。昭和天皇が崩御した1989年に日本にいたフィールド氏が、本島長崎市長、夫が靖国神社に祀られることを拒否した妻、沖縄で日の丸を燃やしたスーパーマーケット店主などに話を聞いた書いた本だ。この本、実はアメリカの大学ではよく授業で使われていたりする。

この本で、本島市長に送られた手紙が多く紹介されているのだが、そのうちの一つ、ある神主が書いた「お決まりの反論」について、著者は次のように書いている。

冷静な論証の口調でありながら、議論の土俵をすりかえていく論法からすると、この筆者と議論するのは困難だろうと察せられる。天皇の開戦の宣言は忠実な立憲君主としての行為であるという彼の最初の主張はーーこれは完全に西洋近代の考え方に立っているーーそれに続く論点によってたちまち土台を掘りくずされてしまう。あとのほうの主張全体を支配しているのは、日本人たることが意味するものへの揺るぎない感覚なのだから。それでいてこの議論自体に、下部・上部構造というマルクス主義の語彙が援用されている。幾世代もの日本の思想家が身につけてきたとおり、日本を西洋近代から救出する努力それ自体が、西洋の道具、とりわけそれらを定式化するのに使われる哲学概念と言語によって、避けがたく汚染されている。 (『天皇の逝く国へ』p.248 )

この一文を読むと、私は途方に暮れてしまう。
 一見、この文章は、日本の保守派によくある、「議論のすり替え」に対する批判とも思える。確かに、日本の保守派の議論というのは、「国益」とか「人権」などという概念をその場の都合がいいときだけ援用することがある、という批判は免れないと思われるときがある。この点は、日本の保守派の言論を、日本の論壇の文脈から外に出したときに明らかになることが多い。歴史教科書問題に加え、最近議論になっている、外国人参政権の問題、竹島問題の保守側のトーキング・ポイントを見ると、全体として一貫しない意見の寄せ集めであることがある。それは国内では通用するが、一度日本の文脈から外に出したら、議論の一貫性を問われるだろう。その意味で、この批判は、日本の保守派の言説のひとつの有効な批判になっている、と私は思う。

しかし、「日本を西洋近代から救出する努力それ自体が、西洋の道具、とりわけそれらを定式化するのに使われる哲学概念と言語によって、避けがたく汚染されている」としたら、いったいどうしたらいいのだろうか。彼女の議論の論理的な帰結を考えたら、その「汚染」は、「日本を西洋近代から救出する努力」というより、それを含む日本近代の言論、ひいては「日本の近代」という体験そのものの宿命になりはしないのだろうか。また、もしそうだとしたら、「日本の近代」というのは、常に借り物でしかありえないのだろうか。いっそのこと、その「借り物」感を全肯定できればいいのに、という気もするのだが、ああ、それは出来ない気がする私は何なんだろう。そんなことを言ったら、誰の「近代」が「借り物」でない、と言えるのだろうか。また、日本の近代に語られた言葉の総体を想い、現在あるその英訳を想うとき、確かにそれは「借り物」的オーラを放出しているのだが、だからといって、その言葉の重みを無視する訳にはいかない気がする。映画 "MISHIMA" で、三島が、東大学生たちに向かって語っていた、「君たち、僕はもう、ここまで来たら意地だ」と言う言葉を思い出す。
 私は、フィールド氏の文章は正しいと思うが、また同時に、そのあまりの正しい言説を(そのあまりの正しさ故に?)認めたくない気持ちもある。私は、正統であり・確かである「西洋の近代」という基盤に立っている著者が、あいまいであやふやな基盤にある「日本の近代」を見下して、軽蔑しているのではないかと思うし、その軽蔑にどうしても反発してしまう。それゆえ、この本で軽くいなされている、論理的には圧倒的に不利ないち神主(というか、彼が代表するもの)の味方をしたい、と思ってしまう。とはいえ、アメリカの学会では、このような声の味方は少ない。この状況については、いろいろと根本的に考えていく余地があると思うのだが、別に短期的な解決があるわけではない。まあ、私はヘタレなので大きな声では応援できないが、小さな声で、こっそり応援を続けていきたいと思う。

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March 12, 2005

ライス国務長官、08年の大統領選出馬を否定せず

Washington Timesの独占インタビュー記事。インタビュー全文はこちら。(via Althouse
もちろん、むちゃくちゃ気の早い話なのだが、ライス国務長官、フランスやドイツなどでの受けもいいし、早くも2008年の大統領選に対する期待が幅広い層で高まっている。このロング・インタビューでは、大統領選でリトマス試験紙になる中絶問題について答えている。

ポイントとなる部分については、Althouseのエントリを参照して欲しいのだが、「私は深い宗教心を持っている」という反面、政府が中絶問題に介入することに関しては反対ということで、pro-choiceのスタンス。pro-choiceで、共和党の支持を得られるのか? と疑問視する人もあろうが、自分の宗教心に触れながら、政策的にはpro-choiceというようなバランス感覚は、実にアメリカに幅広く受け入れられそうなスタンスではある。少なくとも、自称穏健派のAlthouse教授のテストはパスしている。

あるアメリカ人の友だちに、「ライス国務長官が大統領に立候補するかもしれないってさ。どう思う?」と聞いたら、バリバリ民主党支持者の彼は、「そうだね、彼女ならアフリカン・アメリカン票を半分は取れるし、女性にもアピールできる。共和党にとっては理想的だよね」などと分析していた。政策とか人柄じゃなくて、票田や利益団体にどうアピールするかで考えるあたり、なんかアメリカ人が総カール・ローブ化しているのかなあ、と思ったのだった。

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March 11, 2005

保守とリベラル in 日本/Political Compassと日本のブロガー

例のPolitical Compassの件。
主な日本のブロガーについて、shibudqnさんがまとめて下さってます。GJ!

他に、私が気がついたブロガー関係で、メモ。以下、Economic / Social の順で。(ちなみに私は 0.50 / -2.21)

左右軸が、経済問題。(弱者救済<=>自由主義)

上下軸が、社会問題。国家・権威主義が上、リバタリアンが下。

○4分割の図で右下
svnseedsさん@ svnseeds' ghoti! 3.88 / -2.72

○右の真ん中
かんべえさん@溜池通信  3.88 / 1.03
shibudqnさん@DQN_Diary(+ +) 2.00 / 1.03
Tatsuさん@Silly Talk 3.88 / -0.62

○右上
マイクさん@保守思想 4.88 / 3.13

○左上
きぐつさん@きぐつのつぶやき(仮) -4.50 / 2.10

○左の真ん中
adoruk626さん@log -2.38 / 0.46
mumurさん@mumurブログ -3.88 / 0.21
社長さん@社長の覚え書き -3.38 / -0.10
Soredaさん@セカンド・カップ -5.50 / -0.46

○左下
草加耕助さん@旗旗 -5.00 / -5.64 (このテストを日本語に紹介した記事を書かれた方)
standpoint1989さん@小さな目で見る大きな世界 -1.75 / -3.95
Giraudさん@月ナル者 -2.63 / -3.90
らーさん@コリアン・ザ・サード -3.25 / - 2.00
やじゅんさん@世界ブログ -2.75 / -1.44
小倉秀夫さん@IT法のTop Front -2.13 / -2.72
おおやさん@おおやにき -2.13 / -1.90
JSFさん@週刊オブイェクト -1.88 / -2.31
稲葉振一郎さん -2.38 / -2.62
R30さん@R30: マーケティング社会時評 -1.50 / -3.49
id:kanryoさん@霞が関官僚日記 -3.63 / -2.00
山形さん -2.88 / -2.62

○下
kagamiさん@ロリコンファル 0.13 / -3.59
finalventさん@極東ブログ -0.25 / -3.03
むなぐるま 0.50 / -2.21

※訂正などがあったら教えて下さい。なお、これは私的メモであって、「日本のブロガー」全体を網羅的にカバーする意図はありませんのでご理解下さい。追加することはあるかもしれないけれども。

こうしてざっと見てみると、たしかに左下(経済的には弱者救済、社会的にはリバタリアン)という、いわゆる「リベラル」が多い。日本人は、アメリカでいわゆるところのリベラルが多いという傾向はうなずける。なんだ、みんなリベラルブロガーだったのか! みたいな。もちろん、政治思想の問題として日本における「リベラル」概念のねじれ、という問いは残る。
しかし、それ以外の人も多い。2ちゃんねるの「ネットウヨ」が多いことで有名な板でこのテストをしたら左下ばかりでみんなへこんだという話を聞いたが、ブロガーに限って言えば、それ以外の人もけっこういる。ブログの言論というのは多様というべきか、ブログは(日本で)境界的な立ち位置の人も発言しやすいメディアというべきか。

追記:shibudqnさんの、「ブログが炎上する構造の模式図」も面白い。

追記2:山形さんを追加。

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March 08, 2005

「結局ブッシュは正しかったのか?」(英インディペンデント紙)

時間がないのでメモするだけなのだが、これどうよ。
Was Bush right after all? (The Independent - UK)
Via Instapundit. レイノルズ教授、先日からレバノンのデモを詳しく追っている。というか、美人女性のデモ参加者の画像、最近多すぎ。(参考)ともあれ、イラク、パレスチナの選挙実施、パレスチナ情勢の交渉進展に続いて、この時期のシリアのレバノン撤退ということで、英メディアの風向きが変わってきているということか。 Instapunditの記事に貼ってある新聞1面のスキャン画像が誇らしげではある。
それから、これも。Springtime for Mid-East Democracy? (BBC)

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March 07, 2005

アメリカではBlogが選挙資金規制法の対象に

The coming crackdown on blogging (news.com)
記事は、現在連邦選挙委員会(FEC)の委員を務めるBradley Smithのインタビュー。ちょっと物々しいタイトルが付いているが、要するに、2002年に成立した選挙資金規制法(マケイン=ファインゴールド法)から、インターネットに関する例外条項を破棄する判決が出て、FECでも民主党員の委員が支持したことにより、Blogなどのインターネット・サイトにおける政治活動を「献金」または「政治活動」として規制するための準備が進んでいるらしい。このインタビューによると、選挙中に候補の発行した文章や素材を使うことはもちろん、選挙サイトにリンクを張ることも選挙資金規制の対象となるようだ。

 リンクを張るという行為は、支持を表明したり選挙運動を助けたりという意味だけでなく、反対したり時には「晒し」たりするという意味も持つこともあるわけだが、それも政治活動または献金と見なされるのだろうか。また、「ブロガー」が、ジャーナリストと同じ特権(報道関係者の例外規定)を得られるのかどうか、ということも争点の一つになっている。インターネットには様々なサイトが存在するから、まずそれをどう分類するかということが当然問題になる。ともあれ、もしネット上の政治言論が選挙資金規制法の対象になるとするならば、ネット言論の規制の第一歩と言ってもよく、当然ながらブロガーの関心も高い。(news.com記事へのトラックバックはこちら

関連記事:F.E.C. to Consider Internet Politicking (NYT) こちらの記事では「(一般人のブロガーなどは)心配することはない」という民主党の委員のコメントを載せているが…。

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February 26, 2005

若手官僚、留学後の退職多発

若手官僚、留学後の退職多発…費用返還ルール作り悩み (読売)

 入省8年未満の若手官僚を2年間、海外の大学院などに留学させる「行政官長期在外研究員制度」は、行政の国際化に対応する人材を育成する目的で、1966年に始まった。
 2004年は129人が派遣され、制度開始からの派遣者は1910人に達している。
 しかし、90年前後のバブル期のころから、留学後、数年以内に退職する官僚が増え始めた。人事院によると、98年から2002年までの5年間に派遣された506人のうち、2004年10月現在ですでに45人が辞めている。
 退職者の所属は総務省が11人で最も多く、経済産業省、農水省、国土交通省なども目立つ。外資系企業のヘッドハンティングを受けたり、家業を継いだりと、事情は様々だ。「バブル期は企業の引き抜きが多かったが、最近は『官僚に魅力を感じない』という理由も多い」(人事院関係者)という。

是非はともかく、こういう実態は多くの人が知っていた方がいいんじゃないかなあ。

そもそも若手官僚に海外留学をさせたりして、お金と時間をかけて人材を育てるというのは、その後も長期で勤めるという前提があってのことだが、若い世代の官僚にしては、国家公務員としての特権として受けるものは受けて、明文化されている義務を果たしたらさっさと辞めるというドライな感覚に変わってきているのだろう。そういうつもりだったら、雇う側も、留学先の斡旋をしたり制度的には優遇しても経費は自腹でするか、留学後に何年か勤務するという念書を書かせるとか(奨学金ではそういう制度はありますね)どんどん切り替えていかないと。また、終身雇用の前提が成り立っていないという問題についても、有為な人材は実力主義で中途採用できるようにするとかしていくことも必要だと思う。

官僚で米国の大学院に留学している人は何人か知っているが、最近は普通の留学生と変わらない感性の人が多いと思う。いい意味で実力主義だし、国というバックアップがなくても十分生き残っていけるというか。そういう優れた人材には是非官僚として残っていただきたいのだが、逆に、国家公務員をステップアップのための仕事の一つとして捉えているんだったら自腹で留学した方が楽なんじゃないのだろうか? いっぽう、留学を特権として捉えている人々の話もいくつか聞いた。毎週オペラ観に行ってましたとか。そういうのは私にしてみれば言語道断である。(私のように、民間の奨学金+自費で留学した者にとっては、こういう人達に対しては厳しい目を向けざるを得ない。)それに、官僚の皆さんも世の寒風にさらされる時があってもいいんじゃないの? 

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February 19, 2005

ハーバード大学の総長が「女性科学者」発言で窮地に

今頃になってマイアヒーがぐるぐる(挨拶) (参考

ハーバード大学総長のローレンス・サマーズが、自然科学の分野で活躍する女性が少ない理由について持論を展開したところ、強烈な反論にさらされている。この発言自体は1か月以上前のある学会での発言なのだが、つい数日前に大学側が圧力に負けて発言全文を公開、波紋が広がっている。
 リベラル系のAtriosは、「実際の発言は報道されていたのよりもずっと、ずっとひどいな」とコメント。リベラル・フェミニスト系のブロガーでは激怒している人も。一方、Andrew Sullivanは、彼が辞任したら大学という理想、研究の自由に対する脅威になる、と危惧している

 問題になっている部分を、オリジナルと私訳で引用しておく。

It is after all not the case that the role of women in science is the only example of a group that is significantly underrepresented in an important activity and whose underrepresentation contributes to a shortage of role models for others who are considering being in that group. To take a set of diverse examples, the data will, I am confident, reveal that Catholics are substantially underrepresented in investment banking, which is an enormously high-paying profession in our society; that white men are very substantially underrepresented in the National Basketball Association; and that Jews are very substantially underrepresented in farming and in agriculture. These are all phenomena in which one observes underrepresentation, and I think it's important to try to think systematically and clinically about the reasons for underrepresentation.

There are three broad hypotheses about the sources of the very substantial disparities that this conference's papers document and have been documented before with respect to the presence of women in high-end scientific professions. One is what I would call the-I'll explain each of these in a few moments and comment on how important I think they are-the first is what I call the high-powered job hypothesis. The second is what I would call different availability of aptitude at the high end, and the third is what I would call different socialization and patterns of discrimination in a search. And in my own view, their importance probably ranks in exactly the order that I just described.

科学界における女性の役割というのは、ある重要な役職において特定のグループの占める割合がかなり低いため、そのグループに属する人が目標と出来る人々(ロール・モデル)が少ない、というケースのたった一つにすぎない。いくつか例を挙げると、データが示すようにーーそういうデータがあると確信しているーー我々の社会では非常に年収の高い投資家という職業にはカトリックの人々が少ない。NBAには白人選手は少ない。ユダヤ人で農業に携わる人は少ない。このような、あるグループの割合が低い例があるわけで、その理由を系統的に、臨床的に考えることが重要なのだ。

最高レベルで活躍する科学者に女性が少ない原因について、この学会における論文、また過去の研究によると、大きく3つの仮説がある。それぞれについて順番に説明すると、まず、一つ目は「上級職仮説」[訳注:結婚して子供もいる女性は、高い時間や労力を要求する上級職に就きたがらないのではないか、という説]っである。第2には、高度な仕事に必要な適性の問題[訳注:生物学的その他の理由で、女性には科学に向いていないという説]、そして第3には、社会的な役割づけ、あるいは就職における差別など[訳注:要するに様々な社会的要因]などがある。そして、私見では、この3つの理由は今挙げた順に重要度が高いのだろうと考えている。

要するに、女性の社会進出【追記:特に学内での性別による差別をなくすこと】に責任をもつべきはずのハーバードの総長が、女性の科学者が少ないのは、社会的な差別の構造という理由よりは、まず女性がそのようなきつい仕事を求めないこと、また、生物学的に女性に科学は向いていないことという理由のほうが大きいのではないか、と発言しているわけである。

こういう発言が出てくると、とにかく男女平等の見地から、「生物学的な要因などと言うのは社会的な差別を正当化するもので認められない」という公式的な反論が出てくるのが目にみえるようなのだが、男女の性差、特に専門職などに対する適性などが、生物的な要因によるものか、社会的な要因によるものかというのは、アメリカでもはっきりした研究結果が出たわけではないのではないだろうか。こう書くとあちこちからいろいろ飛んで来そうなのだが、私はこの議論そのものについては専門外なのでどちらがどうと判断することはできないと言っておく。むしろ、この発言でサマーズ氏の首が危なくなるというのは、ちょっとどうかとは思う。この発言を見る限りでは、女性はどう頑張っても科学者になれないと言っているわけでもないし、差別的発言をしているわけでもない。大学という場所では、言論の自由、思想の自由というのは、左右構わず守られなければならない、という見地に立つと、これが「失言」と見なされて辞任に追い込まれるということになったら、アメリカの大学という場所も窮屈になると思う。

一方、ある職種において人種・性別によって割合が異なるということは事実としてあって、それが社会的にいろいろな意味合いを持ってくるというのは、アメリカにおいては見逃せない事実。私だって、「あなたは英語のネイティブ・スピーカーじゃないからアメリカでは大学で就職できません」とかいわれたらイヤだろう。特に、大学という場の特性もあって、むしろネイティブ・スピーカーじゃないことによって教育・研究に寄与できることもありますよ、と言いたくなる。そういう意味では、大学にいろんな人がいた方がいいわけで、女性の科学者には、ブラック・クォーターバック同様がんばれと言いたい。(そういえば、この前のNFLのオールスター・ゲームであるプロ・ボウルでは、NFCのQBがマクナブ、ヴィック、カルペッパーと3人とも黒人だった。3人で並んで撮った映像が印象的だった。

【追記】Washington Postの社説(2/19付け)では、サマーズ氏の発言を詳細に検討しながら、「この件でサマーズ氏が辞職に追い込まれたら研究の自由に対しての脅威となる」と結論づけている。また、過去のサマーズ氏の学内政治における発言(アフリカ系アメリカ人研究学部との対立、終身雇用制度の再検討、学内の反イスラエル運動に対しての発言)などを挙げ、過去に対立した教授がこの問題を通してサマーズ氏の首を狙っている可能性についても言及している。

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February 12, 2005

ハワード・ディーンがDNC委員長に選出

民主党全国委員会(DNC)の委員長に、去年の米大統領選で旋風を巻き起こしたハワード・ディーン元バーモント州知事が選出された。

Democrats Elect Howard Dean as Chairman (ABC News)
他の候補が既に撤退を表明していたため、今日の選出は形式上のことといえる。

DNCとは、党としての選挙戦略・資金集めを担う組織であり、議会・州知事の外にあって党の顔ともなる存在。ディーン氏は、大統領選のときにインターネットを用いた小口・草の根の新しい選挙資金集めの戦略を編み出して勢いのある選挙戦を戦ったのだが、早くからイラク戦争反対を打ち出したり、かなり思ったことをはっきり言う癖がありかならずしも安心できる候補ではないという印象があった。そこで、アイオワ党員集会後の例の絶叫演説がテレビで何度も流れて大統領候補として抹殺された。

これからの民主党の方向性を見る上で、彼がDNC委員長という要職についたことの意義は大きい。
先の大統領選を振り返って、民主党の戦略として、必ずしも中道寄りに歩み寄る必要はない、という声がちらほらと聞かれる。ケリー氏のように、戦略的に幅広い層にアピールしようとして、結局「意見をコロコロ変える」というイメージを払拭できないよりは、思ったことをはっきり言えばいいのではないか、と。ディーン氏選出は、その流れを民主党全体の意思として表明したように思う。

Althouseの最近の記事で、2008年の大統領選にウィスコンシン州選出上院議員のファインゴールド氏を大統領候補に推す、というのがあった。この記事では、ブッシュ大統領、クリントン前大統領、そしてシュワルツェネッガー知事の3人を挙げ、それぞれ政策的な立ち位置も生まれ育ちもだいぶ異なるが、だれも幅広い有権者に訴える力を持っているという。(過去2回の民主党の大統領候補、ゴア氏、ケリー氏には確かにこの資質が欠けていた。)ファインゴールド氏は、上院でただ一人愛国法に反対したりと、かなりリベラルな投票歴を持つのだが、確かに思ったことをはっきり言うし、言ったことは実行する。全国的には、選挙資金規制法のマケイン=ファインゴールド法の起草者としても知られているから、いい意味での知名度はある。アルトハウス教授は中道なのだが、彼ならケリー氏よりはましな大統領候補になるのでは、と言っている。ちなみに、教授は共和党側の候補ではコンディ・ライス国務長官を推しているのだが。ライス国務長官、就任してまだ間もないが、アメリカのブロガーたちの間の人気は上々だ。

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February 09, 2005

日本ではリベラルブロガーのハブはないのだろうか

NHK・朝日問題についてトラックバックを頂いた。

祭り、そして対話ということ(Silly Talk)
できるだけ多くの素材と、広い視野から語れるように(NHK番組編集問題・議論の交差点)

この1か月、猛烈に時間がなかった。今もあまりない。そういうわけで、NHK・朝日問題についてはあまりきちんと追うことが出来ていない。巡回するブログでも熱く語られているところがあったが、きちんと読んでいなかった。こうして少し距離を置いてみると、政治オタクかなにか(失礼)でもない限り、そういうあり方のほうが普通なのではないだろうかと思ったりする。その意味では、「議論の交差点」のようなまとめサイトはたいへん重宝する。管理人の方には、これからもご活躍を期待したい。

ざっと見出しを読んでみると、朝日を批判する保守側としては、朝日新聞の見解の矛盾を指摘する論証的な部分では、「鳴かぬなら 鳴いたと書いて すりあわせ」(@圏外からのひとこと)という対応ぶりという点でコンセンサスがあるようだ。いっぽう、最近は、慰安婦関係の集会の主催者と朝鮮総連の関係が明らかになり、こうしてこのタイミングで問題を蒸し返すこと自体に北朝鮮シンパの政治的意図があるのではと指摘されている。 この辺は、朝日新聞の過去の報道姿勢などをみて激しく既視感で、「またか」と思っていたのだが。また、「民間法廷」なるパフォーマンスに対する疑問を提起しているエントリも多い。こういうイベントはパフォーマンスであって、それ以上でもそれ以下でもないだろう。

いっぽう、安倍氏や中川氏の政治的圧力を指摘するリベラル側は、「議論の交差点」のまとめによると、

リベラル系ブログは、「政治とNHKの関係」に絞って議論する例が多いが、総じて事実関係の確認が甘く、限られた情報のみで結論を断定してしまうものもある。良心的な専門家の中に、「言論の自由」「政治的公平」の概念について突っ込んだ議論が見られる。

ということのようで、そのあたりの議論としては「数学屋のメガネ」の一連のエントリなどが目につく。あと、「おおやにき」の大屋さんが絡んだやりとりなどがある。

振り返ってみると、保守系の議論の流れは、ひとつひとつの記事をきちんと読み込んでいないにしても、見出しを見たり流し読みしたところでだいたい話の流れがつかめていたのに対して、リベラル系の議論はきちんとフォローできていなかったように思う。これはなぜだろうか。私自身、情報の取り方が偏っている、ということもあるだろうが、「議論の交差点」を見渡しても、リベラル系の議論のポイントがうまくまとまったサイトというのはないように思う。これは残念なことだ。このサイトを見渡すだけでも、たとえば放送法の「公平原則」について、現在規定されていることの法的議論、法哲学的な観点、またこのような法的規制の未来(アメリカでは「フェアネス・ドクトリン」は80年代に廃止され、さまざまな視点のニュース番組が乱立する状況になっている)など、じっくり考えてみたい問題は多い。(たとえば、13Hz!のこのエントリでは公平原則の将来について論じている。)また、政治の言論に対する「圧力」という問題は、じつに微妙な部分を含んでいて、事実関係の洗い出し以上の議論が必要、というような議論には考えさせられるものがある。(そういう議論に納得できるか、という問題とは別に、安倍氏の事件当初の発言などを見ると、議論がそっちの方向に向かった場合の危険性を十分認識しているとは言えると思う。)

トラックバックを頂いた「Silly Talk」の記事のコメント欄で、左翼にしっかりした論客がいない事が問題だ、というのがあったが、論客がいない、というよりは、論点を簡潔にまとめたりする編集技術とか、レトリックを備えたハブサイトがないのではないだろうか。それに比べて、保守系のサイトは、そういう編集技術に優れたサイトが多いという印象がある。また、リベラル系のサイトを読むと、重要な論点はそこにはあると思うのだが、意外と「感性」とか「センス」とかに依拠した議論が目立つ。リベラル系の人達は自分の感性に合わない議論は拒絶しているのかなあ、という印象がある。これは、個々のサイトというよりは私のおおざっぱな印象なのだが。

アメリカ政治の問題について、リベラル系の動向を知ろうと思ったら、The Nationのサイトを見るとか、ブログではKos, Atrios, Talking Points Memoをざっと読むとかの方法がある。日本の場合はどうだろうか? 

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December 28, 2004

Amazon.comでインド洋津波救援金を受付

アメリカ赤十字社がamazon.comのオンライン決済を利用してインド洋津波の救援金を受け付けています。(via instapundit) このサイトで面白いのは、救援金総額がリアルタイムで表示されること。今のところ、1時間に10万ドルくらいづつ増えている模様。
日本の方はこちらから。(via: kagamiさん

今回の事件は想像を絶するレートで死者数が増大しており、これからも伝染病・水の汚染などによる二次災害が懸念されています。アメリカでも、ニュース番組などでその被害の大きさが連日伝えられています。何か出来ることは…と考えさせられます。

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December 25, 2004

The Hookie Awards

拙ブログも今日をもって20万PVを達成致しました。読者の皆さんにはこの場を借りて御礼申し上げます。
4月にTypepadに移転してからの累計ですので、総アクセス数ではR30さんのところとほぼ同規模と言うことになりますか。

さて。

Op-Ed Columnist: The Hookie Awards (NYT)
NYT コラムニストのデーヴィッド・ブルックスが、「2004年に書かれた最も重要なエッセイ」を独断で選んで自分で創った賞 "The Hookie Awards" を贈っています。個々のエッセイには目を通していないのですが、ブルックスのコラムのほうをご紹介。散人先生が「無断転載」しているファローズのエッセイもこの賞の受賞エッセイです。ブルックスらしく、社会における Public intellectual の役割などを力説しておりますが、アメリカの政治・経済・文化エッセイを読むと、「反知性主義の国」というレッテルがいかに表層的なものかを感じさせます。

【追記 12/27】第二弾が出ました。「冬休みの宿題」ということで。

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December 15, 2004

ネオコン・クリストルのラムズフェルド批判

今日のワシントン・ポストのオピニオン欄に、ネオコン系雑誌 "The Weekly Standard" 主幹のビル・クリストルがラムズフェルド国防長官を名指しで批判している。
The Defense Secretary We Have (Wash Post)
イラク戦争の遂行上の諸問題はともかく、その大義については100%支持してきたクリストルからの批判ということで、その内容というよりはネオコン論客の動向として興味深い。早速、ケーブルTVの政治番組の "Hardball" でも特集を組むようだ。

ラムズフェルド氏は、先週、クウェートを訪問したときに現地の兵隊から「装甲車の装甲が足りない」と直接質問を受けたことで批判の矢面に立った。この場面、テレビで何度も放送されたのだが、質問の後に聴衆の軍人たちから拍手が起こったり、彼の解答が「軍人とは手元にある装備で戦うものだ」と、事実上「文句言わずに黙って仕事しろ」という内容だったりして、現在の現地の兵隊たちの不満表明という意味では、非常に象徴的でわかりやすい映像だった。

で、クリストル氏の論点だが、装備や備品の不足、地上兵力の不足など、この戦争にかかわる失政についてラムズフェルド氏がまったく責任を取らない、という一言にまとめられる。上の問答のラムズフェルド氏の言葉を引きながら、計画遂行について陸軍にまかせっきりで、失敗については責任を取らないという態度が、言葉の端々にまで表れている、という。

また、現在のイラクの混迷の原因は、戦闘が終結した時点で十分な兵力をつぎ込んで治安安定をしなかったからだ、と批判している。このての批判は、イラク戦争開始から懐疑的だった、たとえばハワード・ディーンのような人たちではなく、戦争自体には賛成していたジョー・リーバーマンなどからよく聞かれたものだが、クリストル氏のような立場の人が軍事思考の根本的な差異をこのような形ではっきり提示しているというのは興味深い。(ちなみに、リーバーマン氏は現政権2期目の本土防衛長官や国連大使に名前が挙がっているが、本人は拒否しているらしい。)戦闘が終わったころは、ハイテク兵器を駆使して最小限の兵力でミッションを遂行するラムズフェルド氏のドクトリンが賞賛されていたのだが、今振り返ると、戦後の混乱はその辺りの根本的な軍事思考の違いから出て来ているということだろう。ともあれ、ラムズフェルド氏の味方はホワイトハウスの外にはほとんどいないということを感じさせる。

さて、そのホワイトハウスだが、民間人に与える最高の栄誉である「自由勲章」を、

  • 9/11についての情報を断片的に得ていながら阻止できず、イラクの大量破壊兵器疑惑について「スラムダンクですよ(間違いない)」と言ったテネット前CIA長官
  • イラク戦後、「兵隊は足りていますよ」と言い続けたフランクス前中央軍司令官
  • イラク戦後統治の責任者であるブレマー行政官

の3人に与えると発表。揃いも揃って、現在のイラク情勢に責任のある人々を選んだ。テネット氏はイラク戦争の諜報活動失敗の責任を取らされたと思っていたのだが、結局そうでもないらしい。クビにできないとしても、何も最高の勲章を与えなくても、と思うのだが、現政権は、失政したら責任を取らせるという思考とはまったく別のロジックで動いているらしい。これがあと4年続くと思うと少々うんざりという気もしてくるのだが、上下院も共和党が握っている現在、民主党の動向よりも、共和党内が分裂するかどうかが鍵になってくる。その意味でも今日のクリストル氏の発言が注目を集めているのだろう。

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November 30, 2004

国連アナン事務総長と有名ブロガー

国連アナン事務総長退任まであと二手(極東ブログ)

石油プログラムの汚職事件に絡んでアナン事務総長の立場がかなりやばいという話。スキャンダルが辞任に値するところまできていることに異論はないのだが、このWSJの記事の著者が、ラザーゲートで旗振り役を演じた有名ブログ instapundit.comのブロガー、グレン・レイノルズ教授というのは頭に入れておいたほうがいいかもしれない。彼は国連のOil-for-Food program についてはかなり執拗に追っかけていた。ラザーゲートとの共通点は、ある意味、イラク戦争の裏ネタでアメリカの大手メディアに乗りにくい話題と言うことといえるだおるか。

ここでチェコのハベル元大統領の名前が出てくるのは、ウクライナ情勢でポーランドやチェコなど旧東欧諸国の対応にスポットが当たっているということと関係がある。ワレサ議長は「民主化」の名の下にユシチェンコ派を支持しながら「しかしこのことは(他国の介入ではなく)あなたたち国民が成し遂げなければならない」という微妙なメッセージを送り、ハベル氏は再三野党候補を支持する人々を応援する声明を出したりしている。レイノルズ氏のような人には、このケースも、イラク戦争でアメリカ支持にまわった「新しいヨーロッパ」諸国と、事なかれ主義で腐敗している国連やフランスという対比が見えるのだろう。この記事では「ハベルを国連総長に!」という声が聞こえる、とあるが、instapundit.com 系の右派ブログが中心だと思う。この数日のinstapundit.com ではこの話題を扱うブログへのリンクが張られていた。ここにもブロガー対大手メディアの対決の余波が見えるということか。しかし、レイノルズ教授は言ってしまえばいちブロガーであり、つい最近までは大手メディアへの露出は少なかったが、先日は英ガーディアンのサイトで米大統領選コラムを連載したり、今回はWSJのOp-Ed登場と、だんだんメジャーになってきた。

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November 26, 2004

ウクライナ情勢〜革命はブログに記録される

"The revolution will be blogged." というのはandrewsullivan.comのトップページに掲げてあるあった言葉なのだが、現在のウクライナ情勢でも数多くのブログが詳細なレポートを発信している。英語圏のブログで見つけた関連のブログをいくつか記しておく。
Europhobia: ここ数日の出来事をほぼライブで伝えている。事態の進展がよくわかる。
Le Sabot Post-Moderne, TulipGirl, Neeka's Backlog: キエフからのレポート。デモのフォトログも。
A fistful of Europe: まとめ記事。リンクも多い。

これらのブログを読む限りでは、野党候補のユシチェンコ氏への支持の熱気が伝わってくる。例えば、上にあげた "TulipGirl" に載っている、著者の友人からの手紙:

"Quite recently I didn't believe that my people able to resist to violence and humiliation. 2 month ago I guessed that I live in the worst country in the world. I was oppressed when I could not see a dignity in my fellow citizens, that I could not see the willingness to freedom and happiness in them. I considered that there is no passionaries in my country, and even when they appear all the rest start make propaganda: "they just have nothing to do" or "they just want to take the power". And for me there was obviously the main difference between Ukrainians who says "What can I do?..." and for example Americans who says "Just do it!" I hated that strong negative feeling rising in me every time when I saw alcoholics or drug addict urinating at doorway, when I saw students who are timid to reject an extortion of theirs corrupted professors, when I saw animal obedience of journalists and governmental administrators to theirs masters who even does not paid them enough.

November, 22 I started to be really proud of my co-citizens. Now I can see that them are not passive mammals who want just to dig comfortable burrow, to generate they own posterity and to finish life in poverty, pretending that there is no another way. Since November, 22 there was not a crowd on the main square of my country. It is the PEOPLE. It is the NATION. Love, faith and hope filled up a whole space of capitol of my country and warm these people who spend the nights on the frost snowing street instead to lie down on the sofa and watching the "pocket" TV channels and chewing sausage…

And now I know for sure that there are a lot of us. But we are not only the force able to be the opposition to a criminals and cads. It can not be enough for me, I think. We are the people in the most exalted and humane sense of this word. And not only number turns us to be the force, but exactly these LOVE, FAITH and HOPE which live in everybody now.

Ukrainians, I am happy that I was so wrong about you before!"

キエフのデモの参加者を読んでみると、冷戦終結後に見られた「民主化」デモと同じような雰囲気が伝わってくる。現地情勢の背景について私はよく知らないのだが、チェコ元大統領のハベル氏がデモ参加者にエールを送った(参考)ことが一つのバロメーターにはなっていると思う。また、ウクライナの地政的な位置づけから、この情勢をロシア・EU・米国などの外交的な駆け引きのなかで捉えることももちろん重要だろう。(極東ブログの記事はそのようなスタンスで書かれている。)しかし、ワシントン・ポストの社説では、ロシアと西側のウクライナへの影響力をめぐる綱引きという見方を「大きな歪曲」としている。人々が厳寒のキエフの夜に4日連続でデモに参加したのは、自由なマスコミや民主的に選ばれた政府のためであると。(さらに、この社説では、民主化と言うことで筋を通すならば西側はプーチン氏と袂を分かつべき、と書いているのが興味深い。)地政的な情勢を前提にしつつも、民主的なプロセスという視点に立ってあえてスタンスを取っている。たとえば朝日新聞はこういう社説を書くような新聞を目指したらいいのではないだろうか。また、ハベル氏の発言を紹介しているinstapunditの読者からは「ハベル氏を国連総長に!」という声が上がっているのも面白い。レイノルズ教授は国連のoil-for-foodプログラムの国連腐敗疑惑については徹底的にフォローしてきた。つまりは、アメリカで国連に不信感を抱き、イラク戦争を支持するような層は、このような時こそ国連が仕事をすべき、と考えているということだろう。イラク戦争以来、「民主化」「自由」という言葉も、アメリカの国益の隠れ蓑になっているという側面に焦点が当たっているが、それはそれ、これはこれと考えられないだろうか。

もちろん、ブログだけを読んで客観的な情勢把握ができるわけでもない。特に、英語で発信するブロガーは現地の米国人や親米的なウクライナ人(またはその声を代弁する人々)だから、情報が偏っている可能性はある。また、現地のブロガーの多くはユシチェンコ支持に回った国の西側にあるキエフから書いているようで、ヤヌコビッチ氏の地元のドネツクでは氏が根強い支持を得ているという報道(BBC)もある。しかし、現在のキエフの情勢のように、マスコミは与党のコントロール化にあったのが、ストライキやボイコットにより野党側の声を伝え始めている、という情勢の中で、このように現地の人の声が聞けるというのは興味深い。また、民主化支持の署名活動なども始まっており、これらのブログはそれらの活動の広報・宣伝に一役買っているようだ。英語圏のニュースソースでは例えばBBCなどがかなり包括的に情勢を伝えているが、ブログも独自のニュースソースとして他のメディアでは得られない情報を発信していることは確かだと思う。

ふと思うのだが、日本人が英語で発信しているブログがいくつあるのかな、とは思う。現在キエフで起こっていることが東京で起こるとは考えにくいが、たとえば何か国際的に関心を呼ぶ事件があった場合、地元の視点から英語で発信するということは、かけがえのない価値があると思うのだ。日本のブログの現在をめぐる状況に関して、私自身も含めてそれこそ超どうでもいい議論が続いているが、日本のブログ(というか、日本のメディア全体)が英語圏、あるいは他の言語圏のメディアに開いていないというのがひとつの大きな課題だと思う。それは、英語などで手に入る情報が日本語のメディアに流れないということもそうだし、日本語圏から英語圏に発信することが少ないということでもある。どちらにせよ、英語がデファクトの世界公用語である以上、そこに流れている情報、あるいはそこに通底する価値観の体系のようなものに日本語の世界をどうつなげていくか、というのはとても重要な課題だと思う。

【追記 11/30】"The revolution will be blogged" という言葉は、前はandrewsullivan.com のトップページに載っていましたが、現在は別の言葉が出ています。今載っている "Freedom means freedom for everyone." というのは、チェイニー副大統領のゲイの権利擁護発言の言葉ですね。

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November 23, 2004

ダン・ラザー、3月に「CBSイブニング・ニュース」降板へ

Rather to leave anchor desk in March (CNN)

 今日、ラザー氏自身が3月をもって「CBSイブニング・ニュース」を降板することを表明。これからは『60ミニッツ』(日曜・水曜版両方)の特派員としての役割に集中するとのこと。後任は未定。
 ラザー氏からはメモ疑惑(ラザーゲート)についての言及はなしだが、他のメディアは当然ながらその関係についていろいろと言及することだろう。メモ疑惑についての調査結果の発表も間もなくありそうだ、ということ。
 一つの区切りなのだが、「パジャマハディン」ことブロガーたちとの関係では、もう勝負はついていたという気がする。でも、メモ疑惑で問題になった『60ミニッツ』のほうは辞めない、というのは、これはスキャンダルの責任を取っての降板、ということではないのだろうか。ラザー氏が平気な顔をして『60ミニッツ』に登場したとき、ああ何も変わってないんだな、という実感がわくことだろう。
 『60ミニッツ』の報道は、リベラル偏向などの批判もあったが、私は調査ジャーナリズムの模範の一つと思っていたので、はやくそちらの方の信頼を回復してもらいたいと思う。しかし、『60ミニッツ』の面子もお年寄りが多い。アンディ・ルーニーとか、最近はお小言を聴いているような印象しか受けない。チャーリー・ローズあたりを中心に据えて世代交代しないと。

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November 05, 2004

「政治的資本」

ブッシュ大統領が再選が決まって初めての番記者との記者会見。「すべての人々に手をさしのべます。あなた達記者も含めて」と冗談を飛ばすなど、余裕と自信に満ちた会見
 日本のメディアでは、「国民に団結呼びかけ」(読売)「対テロ戦争を最優先」(朝日)などの見出しが付いているようだが、アメリカのメディアで一番注目を集めたのは、「私はこの選挙で政治的資本(political capital)を稼いだ。それをこれから使うつもりだ」("I earned capital in the campaign, political capital. And now I intend to spend it.")というフレーズ。

このフレーズにより、大統領は、この選挙によって国民の信任と負託を得たという認識を示し、大胆に公約を果たすと約束した、と解釈されている。今回の選挙は接戦だったが、純粋な票数で過半数を得られず、最高裁のアシストもあって選出された2000年のときと比べ、今回はケリー氏に300万票の差をつけて、1988年以来初めて総投票数の過半数を得た大統領となった。いま国民が分裂しているという現状を鑑み、国民の団結を優先して中道・穏健な政策を優先して実行していくというチョイスもある。しかし、今日の記者会見は、「選挙で信任を受けたんだから、今まで通り自分流でやりますよ」という宣言、という理解をされている。
 昨日の「私的総括」では、ケリー氏支持のリベラル派から歩み寄る必要について書いた。それについてコメント欄で、「では逆はどうか」、つまり現在の分裂状態の責任は保守側にもあるのではないかという意見をいただいた。それはまったくその通り。特に、現大統領は、一度決めたら頑固に意見を変えないし、自分の世界観に合わない現状は無視する。また、彼を支持する人々も、何かあると「リベラル・メディアの陰謀」と言うだけで、建設的な議論にならないことが多い。これからの4年間は、上下両院も最高裁も共和党多数で、権力のチェックがない。だからこそ、ブッシュ氏にも謙虚さが求められるのだが、リベラル系ブログなどでは今日の様子を見てすでに悲観視している見方も出てきている。「国の団結を優先して穏健な政策を」という見方自体が現実離れしている、ということか。どちらにせよ、民主党としては厳しい現状に追い込まれた。これをきっかけに民主党は自己改革できるのか、どうか。そのへんの議論もすでに始まっている。ケリー氏支持者の間では「これから」を議論している人が半分、がっくりきている人が半分という感じ。

 昨日の「総括」に補足。アメリカ人はなぜブッシュ氏に投票したのか、についての記事をご紹介しておく。資料的価値が高い記事だと思う。

Why did you vote for Bush? (BBC)
英国BBCで、アメリカの人々に問いかけた結果を発表。ブッシュ大統領の「信仰」に反応しているものもあるが、マイケル・ムーアやハリウッド、リベラルなメディア、そしてヨーロッパの世論に反発して決めた、というのも多い。今のアメリカ人のムードをよく表しているかもしれない。昨日のエントリでは「福音派」を悪魔化するのはやめよう、と書いたが、敬虔なクリスチャンがアメリカには多いのだな、という印象は受ける。それがどれだけ政治組織化されるか、というのはまた別の問題だが。

GOP Won With Accent on Rural and Traditional (Washington Post)
オハイオ州での選挙運動についてのリポート。共和党では、激戦州などを中心に11州で「同性の結婚を禁止する決議」を住民投票にかけた。もちろん、マサチューセッツで同性婚を認知するという州最高裁の決定に反発してのものだが、このような保守系の市民が反応しやすい議決を住民投票にかけることにより、「この決議に投票しましょう」と呼びかけたという。そして、住民投票が目的で投票場に足を運んだ人々がついでにブッシュ氏に投票する、という作戦だったらしい。ケリー氏もオハイオでは相当頑張ったが、及ばなかった、ということ。
 しかし、共和党の、保守から中道のアメリカ人の道徳的危機感に訴えるという戦術は、メディアではほとんどノーマークだった。私自身、こういう動きに気づいていなかったのは盲点だった。しかし、だからといってアメリカの大部分の人々を極右扱いすることへの疑問は変わらないが。

最後に、面白かったコラムから。ふたつの対照的な視点。
Two Nations Under God (Tom Friedman - NYT)
America's Shifting Reality (George Will - WaPo)

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October 29, 2004

自国の歴史の「切り離し」を生きること

連続と切断、内なる歴史をどうするか。」(fenestrae)

fenestraeさんのブログで私の南京事件についてのエントリについてコメントを頂いた。そこからリンクされている「過ぎ去ろうとしない過去」のエントリなども含めて、特に欧州における史観論争についての歴史的経緯が精確に提示されていて、勉強になった。(私もブログとはいえもう少し緻密に書こうかと反省している。)あまり時間がないので簡単になってしまうが、これらのエントリを読んで思ったことを書きたいと思う。【註:少しあわてて書いたので、後で読み直して修正するかもしれません。まあ、はやくお返事したかったから、ということでご寛恕を。】

まず、歴史問題の扱いについて北米と欧州は区別して考えるべきというのは、おっしゃる通りだと思う。ドイツのシュレーダー首相が昨夏ワルシャワでした演説というのは、確かに日本の対中国の関係やアメリカの対ベトナムに置き換えて想像してみると、かなり踏み込んだ発言ではあると思う。日本の対外関係を日米関係中心に見ることに関しては注意すべきだと私も思っているので、その点については訂正します。

で、「欧米の「戦争責任」論を日本がそのまま受け入れることは、そのような欧米の算段をも一緒に受け入れることだから、そのこと自体も十分に検討する必要があると思う。欧米と日本にギャップがあるとしても、すべて欧米に合わせる必要はないのではないだろうか。」という私の発言についてだが、ここでアメリカとヨーロッパ(fenestraeさんの例では仏独)とを切り離して考えると、
1) (アメリカ)日米関係において「戦争責任」論がアメリカのナショナリズム的な言説にからめ取られてしまうという問題
については、これは主にアメリカの学会・メディア、そして日本側がこれにどう関わるかという問題で、私が前のエントリでも指摘した問題はまだ残ると思う。さて、
2) (仏独)仏独の立てている「過去の清算」についての基準に日本が合わせる必要があるのか。そこに算段はないのか。
という問題については、別の問題なのだが、fenestraeさんの文章を読んで考えさせられたので少し書いてみたい。

fenestraeさんの論考では、この問題について、

ここまでは、戦争で他国を占領し被害を与えた当事国の旧敵国との関係を念頭に置い書いてきた。が、実のところは、日本の戦争犯罪の問題、戦争に至るあるいは戦争中の体制のありかたやその中での日本人の行動についての評価、自らの過去を現在われわれがどう評価するかという問題は、むしろ他者との関係よりも自らの問題として考えるべきだと基本的には思っている。

と述べ、さらに、id:jounoさんの

「戦争の主体として大日本帝国を、現在の日本国家のアイデンティティから批判的に他者として切り離し、その連続性を断つということが問われているのだろう」

という意見に賛同しておられる。私も、南京事件の日本国内の事実論争は、たしかにこの「切り離し」をできるかどうかについての代理戦争なのではないかという意味では賛成する。
 しかし、ここで、この「切り離し」をあらゆる犠牲を伴っても強い意志を持って推し進めていくかどうか、という点には議論の余地があるように思われる。言い換えれば、「このような断絶を思想的、制度的に選択することは、民族的、文化的、倫理的な連続性と矛盾するものではない」ということについて、果してそうなのか。fenestraeさんはこの二つを両立することの難しさを認識しつつも、これを断固として機能させていく意志をもつかどうか、が判断基準になると考えていると思われる。一方、日本の保守派の人々にとっては、たとえば大日本帝国を断罪し、現在の日本国家のアイデンティティから切り離すことによって失われるものは大きすぎるから譲れないのだ、と考えているのだと思う。

この意味で、fenestraeさんがデリダの赦しについての文章を引かれているのは面白い。デリダのように、過去の言論の枠組を批判しながらもユニバーサルな言説の共通了解事項を仮定し、またなければ求めていこうという考え方と、そのような「共通了解事項」にまぎれこむ、「多様性」を抑圧するものを批判する考え方が対比されている。デリダの文章が手元にないので読んでから検討したいのだが、少なくともデリダを援用する者、また、後者の立場からポストコロニアリズムの批評家などを援用する者の間では立場の違いがある。fenestraeさんの文章を読んで、私の中ではこのあたりの問題のありかが鮮明になった。たぶん、fenestraeさんと私の立場のちがいはここにあるのだと思う。

ここからは印象批評なのだが、この「切り離し」ができるかどうか、という問題には、多分に個人差があるような気がする。というか、「日本人」の中にも、いろいろな存在のありかたが共存しているというのが実態だと思う。日本人全体に「切り離し」を求める人々は、もうすでに切り離しができてしまっているのではないかと思う。いっぽう、私はどちらかというと、この「切り離し」という事態を実際にやろうとすると自分の生活世界が根本的に変わってしまう、と考える人に共感してしまう。これは理論と言うよりは感情的なものなので仕方ない。こう書くと私があたかも時代遅れの歴史修正主義者のように思われてしまうとしたらそれは残念なことだ。

たとえばこう考えてみてはどうか。「戦前的なもの」というのは、単に思念的なものではなく、われわれの生活世界の行動とか習慣に深く根ざしている。たとえば、唱歌を聴いたらほっとする、とか、正月はやっぱり神社で初詣したい、とか。この文脈で、「戦前的なもの」との「切り離し」というのをどこまで考えるのか。別の視点から言えば、そうした日常の習慣に「政治的なもの」が食い込んでいるとしたら、それを完全に抜き去ったままで「生活」が成り立つのか。また、今までと同じとはいわなくても、新しい世界に生きる喜びが「喪失」感覚を上回るようなことができるのか。これは決して頭の中での史観問題ではない。「切り離し」を断固行うべき、と考える人々は、もしこの「切り離し」が起こった後の世界を具体的に想像できるような仕事をしてほしいと思う。

一方、決定的な「切り離し」を行わずに倫理的な立場を取ることは可能なのだろうか。私には、その可能性も考え尽くされていないように思う。そのためには、結局ヨーロッパの思想のあり方も批判して、ヨーロッパも変わらなければいけないと思う。つまり、ヨーロッパ生まれの社会思想が、一度その歴史から切断されなければいけないと考えている。

もうひとつ。このテの議論をすると、どうしても同じ意見の人々の意見を好んで聴き、違う意見の人を敵視しがちなのだが、二つの立場に共通点がなくても、その間をつなぐ言葉を創る努力は惜しんではならない思う。なんだか考えがまとまらないのだが、矛盾のなかで生きることを可能にするのはやはり言葉だけなのだから、対話が困難な状況でも対話のチャンネルは開いていたいと思う。これは自分自身への覚え書き。

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September 28, 2004

都会が地方を養っているアメリカ

アメリカ政府の財政と政治の関係について。
Red States Feed at Federal Trough, Blue States Supply the Feed
(TaxProf Blog; via Andrewsullivan.com)
前回の選挙でブッシュ氏を支持した州("Red State")は予算を多く受け取り、前回ゴア氏を支持した州("Blue State")はその逆だという。

連邦政府の予算割り当てが多い州(納めた税金1ドル当たりー太字はブッシュ氏を支持した州)

1. D.C. ($6.17)
2.
North Dakota ($2.03)
3. New Mexico ($1.89)
4.
Mississippi ($1.84)
5.
Alaska ($1.82)
6.
West Virginia ($1.74)
7.
Montana ($1.64)
8.
Alabama ($1.61)
9.
South Dakota ($1.59)
10.
Arkansas ($1.53)

連邦政府の予算割り当てが少ない州(納めた税金1ドル当たりー太字はゴア氏を支持した州)

1.
New Jersey ($0.62)
2.
Connecticut ($0.64)
3. New Hampshire ($0.68)
4. Nevada ($0.73)
5.
Illinois ($0.77)
6.
Minnesota ($0.77)
7. Colorado ($0.79)
8.
Massachusetts ($0.79)
9.
California ($0.81)
10.
New York ($0.81)

このデータ、もちろんブッシュ氏が自分の支持層に手厚い保護をしているという選挙対策的な理由もあるだろうが、それ以上に、都会対地方という構図もあるのではないかいう指摘がある。現在の政権は財政赤字が増加する一方で、伝統的に財政引き締めを支持するアメリカの保守政治とは相容れないといわれているが、じっさいにその支出の利益を受けているのは経済的に弱い田舎であって、そのツケを払わされているのが都市住民ということなのだ。だから、ブッシュ氏がいくら支出を増やしても自らの支持層からは文句が出ない。

さて、こうしてみると、この2、3年の共和党の政策は、日本のかつての自民党に似てきたのではないかといえる。地方を保護する予算を手厚くして地盤とする。財政均衡などにはあまり関心がない。一方、都会からは税金の持ち出しとなり比較的冷遇される。この構図を支えているのは、都市の一票が比較的軽くなると言う「一票の格差の不公正」である。アメリカの大統領選は単純多数決ではなく選挙人制だし、アメリカの上院(下院よりも多くの権限を持っている)では、議員はカリフォルニア州からメイン州まで各州二人ずつという、一票の格差という意味ではかなり極端な制度になっている。また、この制度を変えるための憲法改正には議会の2/3の賛成が必要だから、上院を通過するはずがない。

このような制度は、地方の発言力を強くするためであるといわれる。このしくみについては、はっきりソースがないのだが、ジェファーソン以来、都市住民というのはあまり政治判断という意味では信用できず、むしろ地に足のついた地方の住民が長期的に正しい判断をするという、ある意味保守的な原理に基づいたものだと聞いたことがある。都市住民と地方住民のどちらが正しい政治判断を下すかという原則論はともかく、とにかく現在のブッシュ氏のリベラルな財政政策は選挙力学的に理にかなったものといえるし、現代アメリカ政治のイデオロギーを考える意味でも面白い。

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September 24, 2004

古賀潤一郎議員辞職

古賀潤議員が辞職願、学歴詐称問題で引責(読売)
このブログでも、古賀氏の学歴詐称疑惑が問題になっていたときにはいくつか関連エントリを書いた。(ここここ)ま、多少アメリカの大学のしくみを知っている人ならば、彼の言い訳は余りにも無理があるというのは明らかだったので、少し調べて書いたのだが、この事件からブログの世界に入ったと言っても過言ではない。という訳で、記念のエントリ。
 振り返って思うに、このブログ、学歴詐称とか、捏造とか、そういうテーマに反応することが多いと思う。柄谷行人氏が、検閲について、「裁判」とか「検閲」という言葉にすこしも興奮をおぼえない日本の文学者は不審に思える、と書いたことがあったが(「検閲と近代・日本・文学」)、「捏造」という言葉にもそういう魔力はあるような気がする。まあ、高尚な興味とはとても言えないのだが…。

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アメリカも注目するオーストラリア総選挙

ワシントン・ポスト紙の保守系コラムニスト、チャールズ・クラウトハマー氏が、今日(9月24日)のコラム "The Art of Losing Friends"でオーストラリアの総選挙について触れている。オーストラリアの総選挙は10月9日と、アメリカの大統領選が大詰めにさしかかってきたころで、アメリカの選挙にも影響を及ぼしそうな微妙な日付なのだが、アメリカがこの選挙に注目する理由は他にもある。クラウトハマー氏のコラムに沿って見てみよう。

クラウトハマー氏のコラムは、まず、過去100年間アメリカが戦った戦争で、常にアメリカの側で兵力を送って戦ったのはイギリスでもフランスでもなくオーストラリアだと指摘している。9・11テロの後も、もちろんオーストラリアはアフガン戦争、イラク戦争の両方で戦力を派遣している。しかし、ブッシュ大統領を支持してきたハワード首相の支持率はこのところ下降気味。先ほどあった党首討論会も手伝って、最新の世論調査では労働党のレイサム党首にわずかに後れをとっている。(ロイター

アメリカにとって問題なのは、レイサム氏は、選挙に勝った場合はイラクから撤兵することを公言していることである。過去の経緯を考えると、オーストラリアが撤兵するということの象徴的な意味は大きい。また、現場の兵隊の指揮も下がるだろう。ケリー氏とブッシュ氏のどちらが大統領になるとしても、イラク情勢が難しくなるのは間違いないだろう。

テロ組織もこの選挙に注目している。9月9日のジャカルタでの爆弾テロは豪大使館前で起こった。党首討論会の3日前というタイミングを考えると、スペインの総選挙前に列車同時爆破テロが起こったのと同じ状況である。スペインのテロは総選挙に影響を与えたが、オーストラリアの総選挙でも、テロの後にブッシュ氏を支持した現政権が不利になりつつある。もしハワード首相が退陣となると、またしてもテロの後にブッシュ氏を支持した政権が退陣することとなる。

ここまでの、オーストラリア首相選がもつ意味という意味では、あまり異論はないと思う。しかし、ここからクラウトハマー氏は、ケリー氏がオーストラリアの総選挙を政争の道具にしていると批判する。ケリー陣営は、豪メディアのインタビューに答えて、「ハワード政権がアメリカの政策を支持したために、オーストラリアは国際テロリストの大きな標的となった」(9/18)と発言し、また、オーストラリアでのテロの脅威は豪政府のブッシュ政権支持のために増大したか、と聞かれて「そういわざるを得ない」と答えた、という。(9/16)アメリカの最大の同盟国の一つをこのような形で軽視するのはまずいのではないか、とクラウトハマー氏は言っている。また、ケリー氏は「大統領になったらもっと多くの国にイラク再建に参加を呼びかける」というが、アフガン戦争、イラク戦争のときの同盟国だったイギリスのブレア首相やオーストラリアのハワード首相には冷たくし、アメリカを裏切ったフランスやドイツの参加を期待するケリー氏の姿勢を批判している。

以上、クラウトハマー氏のコラムの紹介。ここからは私見。
クラウトハマー氏の論調は一貫してタカ派だが、徹底したリアリストだともいえる。ともかくこのコラムの投げかけているケリー氏の外交の矛盾というのは、けっこう深刻な気がする。ケリー氏は「同盟国を大事にする」と言うが、これ以上ない同盟国のオーストラリアの現政権にはけっこう冷たいというのはどうなのか。また、もしハワード首相が退陣してオーストラリアがイラクから撤兵したら、イラクに派兵できる国がまた一つ減ることになる。ケリー氏は、イラク復興のためにもっと多くの国々を巻き込むの負担を要請する、と言っているが、どんどん状態が悪化する現在のイラクに喜んで派兵しようと言う国はないと思うのだが、どうするつもりなのだろうか。最近のケリー氏の言動を見ていると、選挙に勝つためならとにかく何でも言っておく、という姿勢が見える。特に外交、軍事ではけっこう近視眼でものを言っている気がする。これはもし勝った場合に世界が相当混乱する気がする。
 一方、ブッシュ大統領の外交は結構わかりやすい。同盟国は厚遇し、裏切り者は干す。ドイツも在独米軍撤退などでダメージを受けている。一方、日米関係がこれだけうまくいっているのは近年まれにみることである。
 まあ、そもそもハワード氏が米国支持で政治的リスクを負ってしまうのはブッシュ大統領の世界的不人気、ということが大前提にあるわけだが…。

それから、日本では、よく「アメリカの二大政党制では、政権交代しても外交・軍事政策はほぼ変わらない」といわれるが、今回の荒れた選挙戦ではそのルールも破られつつある、ということなのかもしれない。

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September 22, 2004

メモ疑惑:民主党とCBSの関係は?

月曜日にCBSとダン・ラザー氏がメモの扱いについて誤りを認め、独立調査機関による調査を決めてから、焦点はこの件に絡んでCBSとケリー選挙本部が連絡を取っていたかどうかに移っている。この事件、大手メディアでは特にワシントン・ポストが頑張っているのだが、今日のこの記事(登録必要)によると、今のところ、事実関係として当事者が認めているのは、 ○「60ミニッツ」プロデューサーのメアリー・メイプスが、ケリー陣営のジョー・ロックハート(クリントン政権で大統領報道官を務めた)に、メモを提供したビル・バーケット氏に電話するよう依頼した。その時に、メイプス氏は、バーケット氏のことを「CBSを助けてくれている人」と呼び、「60ミニッツ」の番組のストーリーについても言及した。 ○ロックハート氏はバーケット氏を誰か知らないまま、彼に電話をかけ、短時間話した。「60ミニッツ」の番組については話さなかった。 ○バーケット氏は、元上院議員でケリー氏の友人のマックス・クリーランド氏とも電話で話した。

メイプス氏は、メモの提供とメイプス氏がバーケット氏をケリー陣営に紹介したことについて、取引があったことについては否定している。ケリー陣営も、ロックハート氏に事情を聞き、特に問題はなかったという認識を示している。一方、ブッシュ陣営は、バーケット氏のメモとCBSの番組はケリー陣営の選挙運動と連動していたのではないかと追及している。

この問題については、もう少しはっきりするまで様子を見たい。CBSがメモが捏造と認めるかどうか、というのは比較的わかりやすいが、この捏造メモとケリー陣営が関係していたか、となると、事情は複雑になってくる。ブッシュ陣営は、この件を当然ケリー氏攻撃の材料にしてくるが、彼らの言うことを鵜呑みにすることはできない。ブッシュ陣営だって、あの「高速艇退役軍人の会」なるグループとの関係には怪しいものがある。情報が限られている現在の段階では、踏み込むのはフェアではないだろう。

さて、このメモ疑惑、「ジャーナリズムは、自らの先入観に合ったストーリーを造るためには事実を見る目も曇るか?」という問題をはらんでいるだけに、日本の大手マスコミは扱いに慎重になるだろうと思っていたら、予想通り、News 23の報道ではコメントなしでスルーだったようだ。(さぬきうどんさん、情報提供ありがとうございます。)このブログでも、メモ事件について書いて以来アクセス数が激増している。新聞・TVなどの大手マスコミにとって、都合の悪いニュースは飛ばしていればいい時代は終わった。

追記:Slate.comから、ダン・ラザー氏の奇行録とも言うべき記事。タフというイメージは昔からあったが、単に攻撃的な人柄なのかもしれないと思わせる、数々の奇行。名キャスター、ウォルター・クロンカイトの後釜にはなったが、結局クロンカイト氏にはなれなかったラザー氏、という人物像が浮かび上がってくる。

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September 20, 2004

ブッシュ氏再選なら来年イラク撤退?

イラク情勢だが、ボブ・ノーヴァックのコラムが話題になっている。ブッシュ政権内部で、準備ができていてもいなくても選挙後の来年イラク撤退、というシナリオが描かれている、というもの。ノーヴァックは、今夏、「イラクがニジェールからウラニウムを買い入れようとしている」という大統領発言を批判したジョセフ・ウィルソン氏の妻がCIAエージェントだとコラムに暴露して、大統領近辺から意図的なリークを受けたのではないかという疑惑の渦中にあった人。どちらにせよ、大統領のインナーサークルに特別のコネクションを持っているといわれている。その人の、この発言はどう読むべきだろうか? 支持層への意味深なメッセージか? 怪しい発言に変わりがないが、「現状維持」一本槍のブッシュ氏の表向きの発言と逆なだけに、気にはなる。

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August 24, 2004

フィッシャー氏強制退去へ

ワシントン・ポスト紙によると、日本の入管はフィッシャー氏の政治難民申請を棄却、退去強制令を発行した模様。
Japan Rejects Fischer's Refugee Bid (Washington Post)
朝日新聞は、
元チェス王者に退去強制令 救う会が執行停止求め抗告中 (asahi.com)
という見出しの付け方をしているが、ワシントン・ポスト紙の記事によると、フィッシャー氏の弁護士は「フィッシャー氏は最終的には強制退去させられるだろう」と通告されているというから、この抗告も時間稼ぎ以外の意味はないのではないだろうか。無効のパスポートを持って出国しようとした人物を拘束しない法的理由は今のところ見あたらないのだから。しかし、朝日新聞としてはこの問題も、国家が個人を不当に抑圧した事件の一つに過ぎないのだろう。

この事件については前にも書いたが、別に日本政府が積極的にアメリカに加担してフィッシャー氏を捕まえた、という証拠はいまのところないような気がする。パスポートを無効にしたのは米国で、その情報が日本の入管に伝わっただけ。ただ、ジェンキンス氏の司法取引が進行中の現在、日本政府としては下手に動けないタイミングであることは確か。日本政府にはジェンキンス氏の身分の保証はしっかりやってもらわなければ困る。それに比較して、フィッシャー氏の件はアメリカの問題である。日本が責められるいわれはないと思う。彼に同情はするが。
 この事件については、興味をなくしてしまった。
 フィッシャー氏について久しぶりに調べているときに見つけたページ。日本の若い人の、フィッシャー氏とジェンキンス氏の事件に関する意見。こういうものを読んだ時にぴったりのアスキーアートがある。
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August 19, 2004

読んでからよ〜く考えてみたい文章

最近読んで、少し引っかかった文章を二つ。

サッカー・アジア杯「反日」スタジアムの深層心理 王敏氏に聞く(毎日)
大統領は大韓民国を恥ずべき国にするつもりか(朝鮮日報・社説)

前者は、中国でアジアカップの最中に起こった反日行動について、日本在住の中国人教授(専門は「日中比較研究」)が説明している記事。後者は、韓国の一連の「過去史真相究明」(「反日法」)についてついに野党議長が辞任する事態になったことに関する社説。日本人としてこれを読んで、考えてみてもあまり結論が出ないので、読み直してもう一度考え直したいと思った。というわけで、このエントリは結論らしきものがないまま見切り発車で書いている。
まず、前者の記事。インタビューを受けているこの学者、少しくせ者だと思った。この記事の「意図」としては、あの事件にかかわっている中国人をヒューマナイズする、つまり同じ人間として、どうしてああいう事態になったのかを想像してみよう、ということなのだろう。でも、この記事を読んで納得する人はいるのだろうか。まず、「中国で行われているのは愛国平和教育であって、決して反日教育ではありません」と言って、これは「自強教育」という、「一人一人が己を磨いて国家を強くするという思想」伝統なのだという。「自分を強くしなければ再び同じ目に遭うかもしれない」から、近代史の侵略の歴史を強調するのだということだ。でも、はっきり言ってそれはやはり歪んだナショナリズムなのではないだろうか。日本の幕末では、「攘夷」もあったが「開国」もあった。自国への誇りを他国との協調に結びつける考え方があった。やっぱり、このグローバル化の時代に「攘夷」をたきつけている中共の政府、というのはおかしいんじゃないかと思う。
 一番気になるのは、この人の説明は、読めば読むほどはぐらされたような気分になるということ。この人が言いたくても言えないことが何か、を補いながら読む必要がある気がする。その「言いたくても言えない」最大の部分は、中共政府の国家の方向性に庶民は口を出せない、言論の自由もない、という冷たい現実なんじゃないかなあ、と思う。この記事の結びで、教授は「私たちは互いに知っているようで、実は『知ってるつもり』の知識なんですね。そろそろ等身大で認め合う時だと思います」とか言っているが、でも、中国には政治言論の自由がないという壁にぶち当たったら、その後の対話が続かないんじゃないか、という気がする。
 対話の相手の立場を「想像」せよ、というのはよく言われる。それは正しい姿勢だと私は思う。しかし、この記事を読む限り、中国相手にはそのプロセスは非常にやっかいな気がしてくる。なんとも不愉快な文章だ。

前者の記事が異教徒に対する護教文書という趣がするのに対して、後者は韓国人の韓国人による自己批判である。こういう記事が出てくること自体、韓国は言論の自由がある民主主義の国、ということで、多少希望がある気がする。また、こんな記事がさまざまな反日記事とともに日本語に訳されて日本人がほぼリアルタイムに読んでいる、ということはすごいことなのではないかと思う。
 「反日法」を巡る動きはnews_from_japanのakiさんが詳しく書いておられる。(ここここ)akiさんの記事の通り、最近の一連の動きは「現在の価値観で過去を糾弾する」、民主主義国家とは思えないような愚かな行動である。また、私は韓国の現在の政治についてよく知らないのだが、政争の匂いがぷんぷんする。歴史を一時の政局のために使って、この後絶対取り返しのつかないことになる、とも思う。
 この朝鮮日報の社説は、題名で「大統領は大韓民国を恥ずべき国にするつもりか」と言う通り、この問題の核心についてはっきり批判している。過去を振り返れば誰もが現在の価値観では間違いとされることをしているし、それをことさら取り上げたらだれもが犯罪人の息子・娘になってしまう。そんなことをしたら自国に誇りが持てないし、他国の恥ではないか、と。こう書いてみると、日本の「新しい歴史教科書をつくる会」が左翼の歴史観を「自虐史観」として批判したのと相似形であることに気がつく。次のような箇所は、お決まりの反日レトリックはともあれ、論説委員が自分の感情に素直に、なおかつ知恵を絞りに絞って書いた文章なのだろうと思う。

 日本による植民地統治下において外国に亡命せずこの地で暮らしながら日帝の激しい弾圧を全力で克服し、解放後には左右の流血を伴う衝突と韓国戦争を経験しながら韓国のどの家庭も傷のないところはないと言っても過言ではない。父子間に、兄弟間に、親戚間に「抗日と親日」「親共と反共」が混在してきたのであり、数百万の小説を書けるくらい気が遠くなるような無数の素材がどの家庭にもある。 
 
 今日の大韓民国は私たちの祖先がそうした悲しみと痛みを胸にしまい込み、これ以上他人の圧政下で生きることはよそう、私たちも他人がうらやむように生きてみようと気を引き締め閉じていた目を見開き臥薪嘗胆の思いで積み立ててきた記念塔だ。その涙に濡れた記念塔をこの国の大統領とその追従者たち、そして政略に政略で対抗しようという野党がともに打ち壊そうと乗り出しているのである。 
 
 先進国の隊列に約10年ほど入った後、再び滑り落ち、再度入り込んだと思いきやまた落ちることを繰り返している今、そしてアジアが米国、中国、日本の力関係により再編され、その中で力のない国の運命がどう裁断されるかわからない状況で、この国の大統領と政権与党、さらに今や野党までが挙って国家的自害行為に乗り出しているのである。
戦争とは、善悪では割り切れない複雑なものだということが実感をもって語られている。今の「反日法」の愚かさを端的に表していると思う。さて、この文章は次のように結ばれている。
この民族全体の加害者だった隣国の日本が、被害者たちが国権を失ってから100年後に起こしているこの一連の騒動を見守りながら私たちをどのような目で眺め、私たちをどう評価しているかに思いを巡らし冷や汗をかかない韓国民−政権勢力の一部を除く−がどこにいようか
ここまできて、問いがこちらの方に飛んで来ている。はて、どうしたらいいものだろうか。

乱暴を承知で二つの文章の共通点を挙げるならば、中国や韓国のような「反日」が国是の国で、どちらも「反日」が行き過ぎたことを認めている、ということである。それも、アジアカップの暴動やら「反日法」の大騒ぎを見つめる日本の視線を気にしながら、それを「変」だと感じている日本人が正しいことを(暗に)認めている。それは中韓の現状を考えてみれば大したことなのではないだろうか。他の国なら当たり前なのかも知れないが。
 さて、この当たりから始めれば何か実りある対話が出来そうな気もするのだが、少し考えてみるとやっぱり厄介な気がする。彼らに「日本の戦争を《絶対悪》とする思考の根本を見直してみませんか」と言ってみたい気もするのだが、それを日本人の側から言うのは、やはり傲慢なのだろうか。書きながら考えてみたのだが、結局結論が出ないのだった。
 アメリカの大学で「日本研究」をしていると、韓国人、中国人の知り合いも多い。アメリカの大学院に来ても反日に凝り固まっている中国人学生もいるが、私の知っている中国人には親日の人もいる。何とか話が出来たらなあ、と思うのだが。やっぱり対話はできないのだろうか。皆さんはどう思いますか。

追記:8月20日、論旨は変えずに多少表現を改めました。

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August 13, 2004

丸山真男:インタビュー捏造事件

アサヒ・コムの美濃口担氏のコラム、丸山真男:インタビュー捏造事件をSoredaさん@はてながとりあげている。(Soredaさんは、ボビー・フィッシャーの件も根気強く追っておられるので、この事件の情報を求めて拙サイトに来られた方はこちらのサイトも訪問されてはどうだろうか。)
 イタリア人ジャーナリストのティツィアーノ・テルツァーニが最近亡くなったが、この人が「シュピーゲル」1990年10月22日号で丸山真男へのインタビューを捏造していたというのだ。
 事件の経過について、美濃口氏コラムはこうまとめている。

ドイツ統一の1990年初頭、丸山真男にインタビューを申し込み、断れたテルツァーニ記者は、「さて、これはインタビューの申し込みではないのですが、、、」と油断させて、日本での勤務を終える前に是非会って話したい、という願望を手紙にしるす。その後、丸山真男の弟子といっしょに、4月のはじめ頃に丸山宅を訪れて話をすることに成功する。

3週間後、テルツァーニ記者は、復元した訪問時の会話と追加質問を丸山氏に送り、質問に書式で回答してくれるように依頼する。この手紙の中で、できあがったテキストを承諾なしに発表しないことが強調されていたこともあって、読んだ丸山氏のほうは、記者の厚顔無恥に腹を立てると同時に、病気がちであったこともあって、返事しなかった。秋も深まる11月になって、丸山氏は友人から「シュピーゲル」誌に自分とのインタビューが掲載されていると知らされて、びっくり仰天する。

このテルツァーニ記者の仕事について私はよく知らないのだが、この人、今年になって「反戦の手紙」という本を出版したらしい。かつては記者として進歩派知識人の親玉・丸山真男にインタビューして、現在は反戦本、というのは、典型的な左翼だと思うのだが、この事件で問題なのは、そうした欧米の左翼的なインテリが日本のような国の文化とどのように接するか、という点にある。この辺について、(アサヒ・コムのコラムにしては珍しく?)美濃口氏はけっこう切り口鋭く分析してくれているので、コラムから再度引用しよう。
欧米には過激なイスラム教脅威論者がいる。「反戦の手紙」は非暴力を説き、一見このイスラム教脅威論と対立する。この本にイスラム過激主義の若者を「別の惑星の住人に思えた」とあるが、とすると、シュピーゲル元記者とイスラム教脅威論者との相違はちいさい。(彼は自分がガンを患っているから脅威を感じなくて、戦争に反対しているだけではないのかとさえ思えてくる)。

 昔、テルツァーニ記者の東京発信記事が私にいやだったのは、日本人が「別の惑星の住人」のように扱われていたからである。この人が、自分と長時間話してくれた病がちの老学者・丸山真男の好意をあっさり踏みにじることができたのも、非西欧社会に対するこの見方と無関係でない。

欧米メディアの日本関係記事を長いこと読んでいる者として、こういう違和感はよくわかる気がする。記者が、自分の生まれ育った価値観とは理解できない現象に遭遇するとき、その価値観をとにかく理解しようと努力するのではなくて、あっさり「別の惑星の住人」と割り切ってあきらめてしまう。それでも、特に「地球市民」とか信じている左翼系の記者の場合、だからといって無視してばかりはいられないので、西洋人にはわかりやすい丸山氏のような進歩的知識人とか、市民系運動家などに注目したりする。日本人がみんな丸山氏のような考え方をしたら、民主的で、平和で、平等な世界になるのに、という考え方なのだろう。でも、そこには、そこに生きている日本人の生活とかに対するリスペクトが決定的に欠けているのではないか、と思わざるを得ないことが多い。そういう、どこかで見くびった態度というのが、こういう事件にちらりと現れたりする。アメリカで日本研究に関わっている一人として言うと、残念ながら、こういう姿勢は日本に関わる学者・コメンテイターにも時々見られる。日本人や日本のテクストを読むとき、そこにあるものを観察しようと言うのではなく、自分の議論に都合のいいものだけ引っ張ってこよう、という姿勢だ。
 こう考えてみると、「日本人人質」事件で、「日本ではお上には逆らえない」と日本を前近代社会のように描いたニューヨーク・タイムス紙の記事やら、「日本にも新世代育つ」とか言って人質を持ち上げたル・モンドの論説などと根っこは同じというか、変わっていないことに気がつく。あのとき左翼・リベラルの人々は「人質に感謝しましょう」とか言ったり「世界の論調は…」とか言っていたが、その背後にある、欧米の非西洋の文化に対する差別感覚にもっと気がついた方がいいと思う。だからといって欧米を敵視するのではなく、冷めた目で見ましょうと言うことなのだが。

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August 12, 2004

夏休みモード

といっても仕事しているわけですが。これからも米共和党大会については民主党大会と同様追っかけたいと思っています。
 このページの右側にElectoral Vote Predictor へのバナーつきリンクを張りました。このサイトは、各州ごとの世論調査を元に現在の「選挙人数」に基づく情勢を調べているサイト。ご存じの通り、アメリカの大統領は各州ごとに集計し、州の勝者が選挙人を総取りし、その選挙人の合計数によって大統領が決まる制度なので、全国の世論調査の数字はあまり意味がないので、この数字の方が現状をよく表していると言えるでしょう。普通は民主党大会後に民主党の候補の支持者が上がるのに今回は上がらなかったとか言われていますが、このサイトによると、ケリー氏優勢は変わらないようです。また、本サイトのほうの地図も面白い。いわゆる激戦区のうち、共和党に傾いているのはオハイオくらい。でも、フロリダ州ともう一つ大きめの州がブッシュ氏に傾くと逆転するので予断は許さない、といったところです。
 また、メモのところにも書きましたが、緑風香Weblogの管理人の方のお兄さんと、脱北者が持ってきた北朝鮮にいるとされる日本人の写真が「同一人物の可能性が極めて高い」と専門家によって鑑定されました。拉致問題は、帰国された数人の方々や政府認定の方々だけでなく、拉致の疑いの高い「特定失踪者」の問題でもあります。緑風香さんの言葉を引用しておきます。

 政府が認める拉致被害者だけが拉致被害者では決してありません。それは、拉致被害者のほんの一部です。おそらく、数百名はいるとわたしは思っています。
なぜなら、私は、兄が拉致されたなどとはつい2年前まで思いもしなかったし、おそらくまだまだ届け出ていない方々が大勢いると思われるからです。実際、先日の署名中に複数の人から「うちの家族ももしや拉致かも・・・・」という相談を受け、失踪情況から拉致の可能性大と思いました。私の兄の報道をご覧になって、もしやと思われる方がもっともっと届け出てくれることを期待しています。拉致の「とてつもない実態」の扉が開きつつあります。兄の1枚の写真を契機に、もう一度徹底的な日本側の国内外調査を期待します。

そして、北朝鮮で隔離拘束されているであろう拉致被害者すべての身の安全を早急に確保するべきです。拉致そのものの「もみ消し」を絶対にさせてはならないと・・・

日朝協議の結果に注目しましょう。

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August 07, 2004

アジアカップ

 アジアカップでは日本が優勝できてよかった。純粋にサッカーという観点から見れば、あれだけの「アウェー」環境でしっかり勝てたのはよかったのではないだろうか。また、引き続きアジア・チャンピオンになったことで、来年のコンフェデ杯の出場権を獲得したのが大きい。選手たちにはおめでとうと言いたい。
 今回は中国の反日ブーイングが話題になったが、日本人は基本的にはクールに観察していればいいのではないだろうか。この件で困るのは、観衆の無法な行動が世界中に知れてしまった中国の方である。「民度が低い」という言葉は私は嫌いだ。例えば「日本人は民度が低い」と言ったところで、建設的な批判をしているような気にはならない。しかし、試合後も暴動が起こったなどというニュースが世界に流れて損するのは中国だろう。このままでは、4年後の五輪も、外国人の観光客は相当慎重になるのではないだろうか。(今年のアテネ・オリンピックも、開始一ヶ月前の時点で半数ほどのチケットが売れ残っていると聞く。)五輪チケットが大量に売れ残るような事態になったら中国は相当困るだろう。
 しかし、中共の政府はどうするんだろうか。これだけの暴力のエネルギーがある国民に向けられている事態を容認することになったら、日中関係というより近代的な政府のあり方として大変な問題だと思うのだが。この点だけは注視する必要があるかもしれない。

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July 26, 2004

"Kobayashi is the man!!"

先日、ESPNのスポーツ討論番組 "Pardon the Interruption" を見ていたら、「マイナースポーツの王者の中で真の王者は誰か」というネタをやっていた。この番組、ワシントン・ポスト紙のベテランコラムニストのトニーとマイクがその時の旬のスポーツの話題について議論する番組なのだが、テレビ向けの小気味よい展開と、二人の息のあった会話がけっこう楽しい番組。
そこで出てきたマイナースポーツの王者たちなのだが、

●ランス・アームストロング(自転車/ツール・ド・フランス)
●ミヒャエル・シューマッハー(F1)
●アニカ・ソレンスタム(女子プロゴルフ)
●トニー・ホーク(スケートボード)
●クリス・マネーメイカー(ポーカー/去年のポーカー世界選手権王者)
●バスフィッシングの王者(名前忘れた)
●ケン・ジェニングス(クイズ番組Jeopardy! 38回勝ち抜け王者)
小林尊(ホットドッグ早食い)

このリストに、シューマッハーやらランスに並んで、あのホットドッグ早食いの小林クンが出てきてびっくり。このトピックはランスのツール6連覇をふまえたもので、彼の偉業は他のいわゆるマイナー・スポーツと比べてどこに位置するか、というのを(面白半分)議論しているわけで、ランスの6連覇は個人スポーツ史上最高の偉業だとか、シューマッハーは年収8000万ドルだよ、とかそういう話をしている。しかし、小林クンの番になると、二人のベテラン・コラムニストが急にエキサイトし始めた。トニーは開口一番、"Kobayashi is the man!"と言う。これは、2ちゃんねる風に訳すと「小林は神」という感じ。これ以上ない形容なのだ。さらに、
「この前の早食い選手権でも12分で53個半を食べて、優勝した」
「小林は今までホットドッグ早食いで一度しか負けたことがない。それはクマと対決したときだ」("Man Vs. Beast" という、人間と動物があらゆる種目で対決するアメリカの特番に出演したときのこと)
「アニカはクマとゴルフ対決したとか言えないもんな」
などの発言が続出。
 最後に、これらのアスリートをランク付けするときになって、ゲスト出演していたマイアミのダンは小林尊をランスやシューマッハーをさしおいて1位にした。レギュラーのトニーは「さすがにそれは…」と言って、ランス、シューマッハーに次ぐ3位にしたが、ダンには「小林を一位にしろ!」といじめられていた。
 まあ、冗談半分なランキングで、二人とも小林尊がシューマッハーより上と思っているわけはないだろうが、改めて小林クンがアメリカン・カルチャーに浸透している事実を目の当たりにしたのでした。

それから、このリストにも登場のケン・ジェニングス。アメリカNo. 1の正統派クイズ番組 "Jeopardy!" で、38回連続勝ち抜けしてこの夏のテレビの話題を独占している。獲得賞金は130万ドル余り(約1億4000万円)。ワシントン・ポストまで一面記事にしたりしている。週5回放送の番組は夏休みに入るので、この続きは9月から、ということらしい。この話題も面白いのだが、TVの話題はまあこれくらいにしておこう。

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July 24, 2004

2004年夏・アメリカのビザ事情

今日はアサヒ・コムの記事にコメント。あまりひどい記事ではないですよ。まあ、記者がニュースの本質をつかんでいる跡も見えないわけですが。
ビザ申請はまず指紋から 在日米大使館 (asahi.com 7月21日)

米国大使館は20日、テロ対策の一環としてビザ申請者からバイオメトリックス(生体認証)技術を使って電子的に指紋を読み取る新しい出入国管理システムを導入した。
 米連邦捜査局(FBI)の犯歴データベースなどと照合、面接にすすめるかどうか、7〜8分で結果が出る。対象となるのは留学生、研究者、ジャーナリストなど。90日以内の商用や観光目的の渡航者は必要ない。従来3週間ほどかかったビザ発給が2日に短縮されるという

このアサヒ・コムの記事だけでは、短すぎていいニュースなのか悪いニュースなのかよくわからない。アメリカの入国管理は、9/11以後どんどん厳しくなっている。テロ犯人が学生ビザで入国し、ビザ失効後も不法滞在を続けていたことから、最初は学生ビザの取り締まりがとくに厳しかったのだが、最近は他のビザにも影響が出てきている。そういう流れの中、この夏にいくつかビザ申請の手続きが変わっている。その詳細は在日本米国大使館のウェブサイトのビザサービスのページを見ればわかるが、この全体像の中でとらえないとこの記事はよくわからない。
 まず第一に、アメリカ国務省の政策により、今後発行されるすべての情報に生体情報を取り入れることが義務づけられることになった。アサヒ・コムの記事はこの政策の一環である。この政策により、ビザと本人の生体情報が入管で確認されることになり、今までより確実な身分証明が行われることになる。もちろん、指紋を採られるということにはどうしても不快感が伴う。でも、指紋を採られるのと、たとえば眼の光彩をスキャンするのと、パスポートを身分証明証をいつも持ち歩くのと、どう違うのかを考えると、あまり違いないような気がする。まあ、この心理的な印象は人により意見の分かれるところだろう。また、政府が個人の動きを逐一記録しているのが気に入らない、という向きもあろう。が、今回の措置はパスポート偽造しようとしている人でもなければ実質的な変化がないような気がする。アメリカはすでに機械で読み込み可能なパスポートを義務づけていて、パスポートの出入国の動きはすでにきっちり記録されているし、データの情報化も進んでいる。そういう意味では、アメリカ政府が自分の出入国記録を握っているのがいやだという人は、アメリカに入国しないほうがいい、というような状態になっている。もちろん、今回のボビー・フィッシャーの事件を見れば、アメリカの同盟国も情報交換しているから同じことだろう。結局、今住んでいる国から出ないくらいしか方策はない。
 この件に関連して、米国内からのビザ更新サービスが廃止された。ジャーナリスト、学者などはアメリカ国内からビザの更新が出来なくなった。米国大使館のページによると、これは、新規ビザを生体情報を取り入れた新しいものにするための措置だと説明している。私はもう学生ビザではないので学生ビザの事情に疎いのだが、去年には学生ビザはすでに国内での更新は出来なくなっていたのではないだろうか。これは、私のように労働ビザを更新しなければならない者にとっては、面倒が又一つ増えたことになる。しかし、ここで効いてくるのが、上の生体情報取り入れによるビザ審査手続きの短縮化である。大使館ウェブサイトによると、いままではアメリカの大使館でビザ申し込みをすると6週間かかったのが、現在は1週間程度で処理できている、ということだ。今まで、私のように労働ビザをアメリカ国内で取得した人は、一度国外に出ると入国ビザの申請をしなければならず、短期帰国が事実上不可能になっていたのだが、電子化によって手続きが短縮するのなら、それも実現可能になる。更新ごとに帰国するのは面倒だが、一時帰国(短期滞在)自体が出来るようになったのはプラスという見方も出来る。
 さらに米国大使館のビザサービスのページを見てみると、学生ビザの取得には$100の手数料がかかるようになったとか、9月には観光旅行者を含むすべての入国者から生体情報を取りますよ、とか、ある意味不愉快なニュースが並んでいる。とくに入国管理については、9/11以降、正直言って外国人は歓迎されていないよな、ということを肌身に感じるように感じることが多くなった。しかし、だからといって、アメリカが外国人をあからさまに締め出すまでにはまだ至っていない。外国で暮らしているとこの辺りの問題には非常にナーバスになったりするのだが、ここは合理的に考える必要があるというか、合理的に考える訓練をしなければいけないと自分に言い聞かせている。だいたい、入管で引っかかるようなことをしていなければ、時間とお金はかかってもいつかはビザが手にはいるのだ。特に、日本人は心配する必要はないと思う。それは、私の周囲にいる本土中国人の学生や学者たちが今まで通り生活している(ように見える)ことからもわかる。アメリカとの外交関係で言えば、中国との関係の方がやばいはずなのだが。(折に触れて、本土中国人の留学生は、日本人の学生に比べてしぶといというか、生命力があると感じることが多いのだが、それはまた別の機会に。)確かに、ビザの手続きに1、2ヶ月かかったり、ビザ更新の度にバカにならない手数料を取られたり、ビザ関係でストレスがたまることは多い。しかし、こういう時に浮かび上がってくるのは、なぜ自分は留学/海外生活しているのか、外国人としての不便な暮らしを強いられながら自分が得ているものは何か、というような実存的な問題だったりする。

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July 21, 2004

ボビー・フィッシャー:リンク集

ボビー・フィッシャー氏の件は、氏がアメリカに強制送還されるまで大きな動きはないと思われるのですが、ここでいくつか興味深い記事にリンクを張っておきます。

Fischer's Price By Garry Kasparov (Wall Street Journal)
コンピューターと対戦したチェス世界チャンピオンとして有名なカスパロフ氏が、フィッシャー氏の生涯についてウォール・ストリート・ジャーナルのオピニオン欄に寄稿しています。念のため書いておくと、WSJは保守系なので、政治的な裏読みができなくもない記事。この記事で何と言っても注目なのは、同じチェス名人として、カスパロフ氏がフィッシャー氏のチェスをどう評価しているかというところ。何でも彼は6巻本のチェスの歴史を書いているところで、ちょうどフィッシャー氏の棋譜を研究していたところだったとか。カスパロフ氏はこう書いています。

Despite his short stay at the top there is little to debate about the chess of Bobby Fischer. He changed the game in a way that hadn't been seen since the late 19th century. The gap between Mr. Fischer and his contemporaries was the largest ever. He singlehandedly revitalized a game that had been stagnating under the control of the Communists of the Soviet sports hierarchy.
カスパロフ氏の眼を信じるならば、彼のチェスは、掛け値なしに革命的だったと言うことでしょう。フィッシャー氏は天才として名声を博し、表舞台に出ていたのはほんの数年だったのに、これだけの評価。そして、文字通り「世紀の一戦」となった、ソ連のチャンピオンたちとの試合。やはり、20世紀の巨人の一人と言うことになるのでしょう。カスパロフは彼の晩年の奇行ぶりについてはあまり同情していませんが、やはり、「フィッシャーは、チェス界に残した偉大な功績と、彼の永遠なるゲームによって記憶されるに値する」と書いています。また、この事件の報道で、天才がチェスをプレーしたら気が狂ってしまうという誤解が生まれたら困る、とも書いています。この事件は、「繊細な精神が、天職を捨てるとどうなるか」ということの例なのだ、と。

 例えば、天才音楽家や天才作家が日本国内に潜んでいたが、アメリカ政府に協力して日本の入管が逮捕してしまったら、一国民としてどういう立場を取るか。人類の遺産への功績をどう評価するか、という問題がここにはあります。やりきれない気持ちにはなりますが…。でも、私はやっぱり日本政府の立場を支持すると思います。(前の私の記事を参照。)フィッシャー氏の件の件に関わりなく、ジェンキンス氏が訴追される可能性ももちろんあるわけですが。

●上の記事をWSJの許可を得て転載しているのはチェス関係のサイトchessbase.comなのですが、このサイトではフィッシャー事件をかなり詳しく追ってます。

●chessbase.comで見つけた記事。なぜユーゴでチェスの試合をしただけで指名手配されるのか、という問題を詳しく調べています。何でも、彼が違反したのは国会で定められた国法ではなく、「大統領命令」とのこと。この「大統領命令」は大統領のサイン一つで発行するものの、他国との条約(この場合は旧ユーゴへの経済制裁)に基づいた大統領命令は、国法よりも上に位置するものだとか。これはどうなんでしょうか。法的解釈はともかく、単なる法律違反と言うよりは大統領の権威への直接的な反抗という面が強くなるのだとこの記事は論じています。どこかで見たフィッシャー氏のユーゴでの試合前の記者会見の映像では、この大統領命令に基づいた手紙につばを吐いていましたから、なおさら、です。その上でのあの9/11後の発言ですから、今のアメリカの雰囲気では情状酌量を得るのは難しいでしょう。

●AP電、ロイター電以外の記事を探していたんですが、この記事(San Jose Mercury News, 登録必要)ではベイエリアのファンの反応をレポート。けっこう冷たいです。

Alan Kirshner, who runs the Success Chess school in Fremont, said he's received e-mails with smiley faces about Fischer's arrest.

``Everyone respects his chess. No one respects him,'' Kirshner said.

Stanford chemistry Professor Richard Zare, a longtime faculty sponsor of the university's student chess club, said Fischer's virulent anti-Americanism and anti-Semitism make him ``the type of person you might not want to get trapped in an elevator with.''

But Zare still marvels at Fischer's intricate understanding of chess and ability to quickly see how moving any piece in any direction could affect who wins the game.

追記 (July 21, 2004): タイトルを変更しました。

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July 19, 2004

【ワシントン・ポスト】対イラン政策の分かれ道 — 次はイラン?

ワシントン・ポストの記事から。
U.S. Faces a Crossroads on Iran Policy (July 19, 2004、登録必要)
この記事、次のように始まる。

The Bush administration is under mounting pressure to take action to deal with Iran -- and end the drift that has characterized U.S. policy for more than three years.
いままでまったく不在だった対イラン戦略をきちんと立てましょう、というプレッシャーに現政権がさらされているという記事なのだが、"to take action to deal with Iran" という言葉の意味を考えると、要するに、肚を決めてかかりなさい、と迫られている情勢のようだ。例えるならば、9/11後のアフガン戦争が終わった頃に、「対イラク戦略を立てましょう」と言っていた状況と似たような状況らしい。このエントリには少しセンセーショナルなタイトルを付けたが、それほど的外れでもないと思う。
と言うわけで、この記事はアメリカ政治のゆくえに興味のある方は必読なのだが、少し解説。

まず、「対イラン戦略」を考えなければならないとされる背景には、イランとアルカイダの関係があるとされる。先日終わった9/11調査委員会の最終報告が木曜日に発表されるが、イランは、テロ犯人19人のうち8人をアフガニスタンから通過させていた疑いが持たれている。それも、イランを通過したという証拠が残らないように、入国スタンプを押さないと言うことで、イラン政府がどこまでテロに協力していたかが問われている。現CIA長官(代理)は、そういう証拠はないと言っているが、イラン政府は否定していないらしい。(また、ネオコン系・National Reviewの記事によると、ロンドンのアラブ系新聞、Asharq Al-Awsatは、ビンラーディンの組織のメンバーなど300人以上の指名手配テロリストがイラクに潜伏しているとリポートしているらしい。)もちろん、イランの核開発疑惑もある。

ワシントン・ポストの記事に戻ると、今日19日、シンクタンクの外交問題評議会はイラン外交に関するレポートを発表し、米・イラン関係の正常化、つまり外交による諸問題の解決を求めている。このレポートにはロバート・ゲイツやブレジンスキーなど、米政権の元外交顧問が入っている。また、イラク戦争でも反対に回ったブッシュ(父)政権のときの国家安全顧問のスコウクロフトもイランに対しての強攻策に反対している。

一方、議会の方はすでにイランに対して何らかの手を打つための法案に取りかかっていて、下院の方はイランの核開発を止めるために政府が「すべての適切な手段」を使うことを許可する決議を376-3で採択している。(この決議の用語は、イラク戦争前に武力行使を許可した議会決議と似ているとこの記事は指摘している。)また、上院では同様の決議案を夏休み明けの9月に上程するらしい。イランは「悪の枢軸」の一国なのだが、現政権の今までのイラン政策は、場当たり的で一貫性がないものだった。しかし、ここで包括的な対イラン戦略を打ち出すよう、プレッシャーがかかりつつある。

という記事なのだが、今のところ、ブッシュ政権は、選挙前に対イラン戦略を打ち出すことはしないといっているらしい。その一方で、上の記事に見るようなネオコン系の人々は、早く手を打ったほうがいい、と、政権交代(Regime Change)を含む強硬策を推進しようという気運を高めている。このワシントン・ポストにリンクしているアンドリュー・サリバンのブログでも、イスラム・テロリストとの戦いに勝つためにはイランを民主化しなければいけないと思う、と書いている。サリバンは、この「イラク問題」はこの秋の選挙の論点の一つにすべきで、両候補がきちんと自分の立場を主張すべきだといっている。まあ、サリバンもすぐに武力行使を、と言っているわけではないのだが、「イランの民主化」は必要、というのは、イラク戦争前のネオコンの発想に似ている。

この件、今のところ、選挙後まで持ち越しという見通しらしいが、まだどうなるかわからない。今週から始まる両党大会で「イラン」という単語が出てきたら、このことだと思っていい。また、サリバンが言うように大統領選の討論会でこの問題が出るかどうかもわからない。でも、このワシントン・ポストの記事の書き方だと、山場だ、という感じはする。注視しておくべき問題だろう。

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追記:フィッシャー氏とジェンキンス氏

先日のボビー・フィッシャー氏拘束のニュースの続き。finalventさんが書いていた、「バーター」について。
The strange journey of Sgt. Jenkins (Christian Science Monitor)
この記事は、ジェンキンス氏日本入国についてのニュース記事。よくまとまった記事で、この事件が米国でどう見られているかを知る意味で役に立つと思うのだが、次のような一節がある。

Meanwhile, in the middle of the Jenkins brouhaha, Japanese authorities last week arrested American chess maestro and mystery man Bobby Fischer, who had been eluding US officials since 1992. Mr. Fischer played Russian Boris Spassky in the former Yugoslavia, re-gaining his crown as the world's No. 1 player. But the trip violated US sanctions against Belgrade over its aggression in Bosnia.

As of this writing, Fischer was waiting in a Tokyo airport detention center for extradition to the US for using an illegal passport. His arrest is seen by some as a possible goodwill gesture by Japan as it lobbies the US for leniency in the Jenkins case.

つまり、この記事は、ボビー・フィッシャー氏の拘束は「親善の意思表示」と見られている、としている。AP電では
Fischer was detained Tuesday in Japan, in a move that showed the Japanese are willing to cooperate in going after U.S. fugitives while still making the case on leniency for Jenkins.
こちらの方がもう少しわかりやすい。要するに、日本は、ジェンキンス氏のケースは特例であって、他の場合はアメリカの指名手配犯の捜査に協力しますよ、という姿勢を示した、ということになる。これだけでは、実際にこの二つの事件に関連があったかどうかはわからない。しかし、米国メディアがこの二つの事件を関連づけて報じているということは同じくらい重要である。結論だけ言うと、フィッシャー氏の第三国亡命、あるいは日本への釈放はなくなった。ジェンキンス氏のケースが進行中の今、日本がもう一人アメリカの指名手配犯を逃がしたら、日本はアメリカ当局に協力しない亡命天国というイメージを与えてしまう。メディアはそう報ずるだろう。こうなったらアメリカ当局はフィッシャー氏、ジェンキンス氏の両方の身柄を求めてくるだろう。ジェンキンス氏のゲームを続けなければならない日本政府(ジェンキンス氏の身分についてはっきりした法的保証がまだないということは、CSMの記事にも書いてある)としては、このようなリスクは取り得ない。フィッシャー氏は、本当に不運というか、悪い場所に悪いタイミングで居合わせたとしか言いようがないが、仕方ない。最初の拘束の動機やいきさつがどうであれ、こういう展開になってしまった以上、私は日本政府がフィッシャー氏を米国政府に引き渡しすることを支持せざるを得ない。この問題についてはもう少し考えてみたいが、私は、世界中のチェスファンを敵に回すことになっても、ジェンキンス氏が日本で曽我さんや二人の娘さんと住めるようになることを支持すると思う。

註:最初は前エントリの追記としていましたが、別エントリにしました。

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July 17, 2004

ボビー・フィッシャーの拘束について

チェス前世界王者のボビー・フィッシャー氏が成田空港で拘束された。この話、ニュースで読んだときはさらっと読み流してしまったのだが、極東ブログの記事に触発されて調べてみると、いろいろと裏がある話らしい。英語が読める方には、このThe Atlantic Online の記事がよくまとめてある(少々長い)が、少し古いし、日本での事情はわかりにくい。ニュースの概略は極東ブログのほうを読んで頂くとして、感想だけ書く。(私こそフィッシャー氏について書く任はないわけですが)
あのボビー・フィッシャー氏が、大っぴらに反米、反ユダヤの発言をしているとは知らなかった。ネット上の「公式サイト」で9/11のインタビューを聴いたのだが、これでは表舞台には出られないだろう。アメリカでも、ヨーロッパでも。彼自身もユダヤ人なのだが、こういうメンタリティは珍しくはない。

いままで日本にいることはアメリカ当局は知っていたはずなのだが、今の時期に拘束されるというのは、何かあるのだろうか。ここからは陰謀論めくのだが、フィッシャー氏は有名人だし、こうなってはある意味大物の思想犯だから、現政権が見せしめとして拘束したということもあるのかもしれない。(フィッシャー氏がユーゴスラビアで試合をしたのはブッシュ父が大統領の時だった。)あれだけの反米発言をしたのだったら、今の常識的には言い訳できないだろうけれど、一方、アメリカ内外に自分の言論のために自分の身分が拘束されると思って恐怖を感じている人は多いのではないのだろうか。アメリカに住んでいる外国人としてはそれは人ごとではない。

それとは別に、日本政府というか入管はそんな米国に意図的に協力したのだろうか。finalventさんが示唆しているように、現在日本で流れているニュースと直接関係するようなバーターが成立しているのだろうか。もし、日本がアメリカの言う通りに動いているとしたら、何ともやりきれない気持ちにはなる。しかし、たとえその(現実にはありえないと思えるような)危惧が事実だったとしても、自国民の生命はあらゆる手段をつかって守るという日本政府の姿勢は仕方ないというか、むしろ賞賛すべきことだと私は思う。逆に、フィッシャー氏が日本に外国人として住んでいて、こういう運命になった過程を見ていると、外国人として海外に居留するというのはなんと心細いことだろうかと改めて思う。

彼の狂気は、finalventさんが書いているように、何か人を「狂わせる」というか、苛立たせるものがある。彼の「公式サイト」、多分日本での支援者が作っているんだろうが、見ていると切ない気持ちになってくる。(何でE-mailをプリントアウトして、画像スキャンしてHPに載せなきゃならないの? 日本での支援者とはどんな人だったのか、彼とはどういう関係だったのだろうか。)さらに、チェスでの天才ぶりとの対比、また、彼の人生が冷戦の最前線で国際政治に巻き込まれたことなどを考えると、彼の狂気は世界の歯車仕掛けの核心にふれているのではないか、狂っているのは自分の方ではないか、と思わせるものがある。我々凡人は鈍感だから気付かずに生きていけるが、天才だからこそ感じてしまった何か、というか。彼には文学でしか扱えないような狂気の世界に近いものを感じる。そう考えると心が深く揺り動かされる。でも、別の見方をしてみれば、日常を生きている我々にとっては、この手の狂気はごくありふれたものでもある。とくに、この手の狂気は、周りの人々を不幸にする。世界は曲がっているかも知れないのだが、そういう世界に生きているわれわれには、そういう不幸からどう立ち上がるかとか、それが無理ならどこに希望を見つけていくかということに興味があるのではないだろうか。例えば、映画 "A Beautiful Mind" のエンディングは文学的には感心しないけれど、日常を生きている自分としてはそれも認めたいと思う。それが、彼の狂気の闇に蓋をすることであっても。とにかく、この事件にはいろいろと考えさせられたのでした。

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July 14, 2004

『華氏911』リンク集

『華氏911』についてだが、前のエントリから自分の考えはあまり変わっていない。現在のアメリカを写すスケッチとしては面白い素材がたくさん入っているから、それだけでも見る価値はある。(映画評をいくつか読むと「映画の一番説得力のある場面は、ムーアが素材そのものに語らせているところ」という意見が多かったが、その通りだと思う。)また、マイケル・ムーアという人物自体、保守とリベラルで真っ二つに分裂した今のアメリカをよく表していると思う。ただ、この映画を「事実」と思ってしまう人というのは、反ブッシュに凝り固まって物事が見えなくなっている人か、日頃よっぽどニュースを見たり、新聞を読んだり、ものごとを考えたりということをしない人だと思う。日本でも話題になると思うので、少し距離を置いて観察してみて下さい。(特に、朝日系のメディアが絶対大騒ぎするだろうから。)
また、日本人の視点から見たら、ムーアのアメリカ中心的な視点も鼻につくと思う。例えば、「有志連合 (coaltion of the willing)」には、パラオ、コスタリカ、アイスランドなど、ろくに軍隊もない国も入っていますよ、という場面があるのだが、そこでのパラオの紹介の仕方なんて、「ちびくろサンボ」真っ青の、ステレオタイプ丸出しの表現の仕方だった。こんなの、アメリカ黒人やらヒスパニック相手には訴訟が怖くて絶対やれないだろうが、外国人だったら平気なのだ。こういうのには日本人はもっと怒ってもいいと思う。
 それから、マイケル・ムーアは、いつもその時思ってることをあまり考えずに言う人だから、結構ぼろも出ている。このSalonの記事によると、9/11テロが起こった直後、彼はこう言ったらしい。

Am I being asked to believe that this guy who sleeps in a tent in a desert has been training pilots to fly our most modern, sophisticated jumbo jets with such pinpoint accuracy that they are able to hit these three targets without anyone wondering why these planes were so far off path?
これはオサマ・ビンラーディンを犯人扱いした政府発表を疑問視しているわけだが、実際この通りだったのは周知の通り。映画を見たら、この人がジャーナリストとしてはけっこういい加減だということは納得してもらえると思う。

さて、この映画についてのアメリカの論調をまとめようと思ったのだが、なかなか読み応えのある批評がいくつかあるので、面白い記事へのリンクと紹介にとどめておく。
 ちなみに、あるトピックについての英語のニュースを検索するのに、最も手軽なのがGoogle News。ここで検索すると、世界中のあらゆる新聞、雑誌、ネットマガジンから関連記事を見つけることが出来る。ただ、ヒット数が多すぎるのが難点。こういう時役に立つのが、Slate.comのサイト内検索。そもそもSlate自体が結構読み応えのあるサイトなのだが、このサイトでは毎週各新聞・雑誌の記事をダイジェストしながら紹介するコーナーがあるので、ムーアの映画のような話題性の高いトピックの場合は、主要メディアへのリンク集としても使える。『華氏911』でも
Michael Moore Returns
Moore Politicizing
の2つの記事がヒット。アメリカ国内メディアでの反応が大まかにつかめてとても便利。以下は、このサイトで紹介されている記事とこのサイト独自のコラムを中心にまとめた。

まずは、メジャー新聞・雑誌の映画評。
FILM REVIEW; Unruly Scorn Leaves Room For Restraint, But Not a Lot (New York Times)
'Fahrenheit 9/11': Connecting With a Hard Left (Washington Post)
A First Look at "Fahrenheit 9/11" (Time)
Eviction Notice (Village Voice)
Fahrenheit 9/11 (Roger Ebert - Chicago Sun TImes)
けっこう好意的なものが多いのは、映画評論家の人達に民主党支持者が多いから?

"Fahrenheit 9/11": Nay! (Salon.com)
Proper Propaganda (Slate)
この二つは内容のある批評。興味のある方は一読を。特に後者は私の印象に近いかも。

Libel Suit 9/11 (Slate)
ムーアが「この映画を貶す奴は名誉毀損で訴えてやるぜ!」と評論家たちをテレビ・新聞などのコメントで公然と脅しているという話。この記事では、「マイケル・ムーアは事実を曲解している」といった程度では名誉毀損にならないと言うことはああいう映画を作った本人が一番よく知っている、と書いていますが。また、ムーアを「百万長者のハリウッドの有名人」と考えれば彼の行動パターンが理解できるというのも、重要な視点かも。名誉毀損と言えば、
Unfairenheit 9/11: The lies of Michael Moore. (Christopher Hitchins - Slate)
この著者がムーアとのテレビでの公開討論を申し込んでいるらしい。ムーアはテレビ出演は自分の思い通りの構成にならないものは出演しないらしく、実現の確率は低いが。ともかく、ヒッチンスはムーアとは犬猿の仲。この批評も実に辛辣。興味のある方はぜひ一読を。特に、次の箇所なんか、英語で知識人がけんかを売るときの見本みたいな文章です。

To describe this film as dishonest and demagogic would almost be to promote those terms to the level of respectability. To describe this film as a piece of crap would be to run the risk of a discourse that would never again rise above the excremental. To describe it as an exercise in facile crowd-pleasing would be too obvious. Fahrenheit 9/11 is a sinister exercise in moral frivolity, crudely disguised as an exercise in seriousness. It is also a spectacle of abject political cowardice masking itself as a demonstration of "dissenting" bravery.
ムーアはヒッチンスを名誉毀損で訴えるのだろうか?

Under the Hot Lights (Newsweek)
著者はニューズウィークの政治コラムニスト。この映画の事実関係に関する検証記事。この映画を見て「本当?」と思った人は一読を。まとめると、映画に出てくるサウジ王家との関係やら、軍事産業との癒着などは、この人に言わせれば、まあよくあることで、違法行為といえるほどではない、となるでしょうか。例えば、ブッシュ政権との癒着が取りざたされるカーライル・グループのスポークスマンによると、傘下のユナイテッド・ディフェンス社は110億ドルのロケット・システムの契約を取っていたが、ブッシュ政権によってキャンセルされて大損している、とか。でも、アメリカ政府とロビイストの関係をそもそも知らない人にはムーアの言っていることはショックかも。まあ嘘ではないわけだから。でも、民主党が政権を取ったからと言ってロビイストがいなくなるわけではなく、別のロビイストが政権に近づくだけなのだが。

Movies: European Idol (Newsweek International)
ムーアがヨーロッパで人気があることに関するルポ。

Fahrenheit 9/11: Crying, Laughing, Shouting at the Screen (The Village Voice)
ニューヨークで『華氏911』を見た人の反応。ニューヨークはもともと反ブッシュの人達が多いので、みんなこの映画をほめまくってます。だからといって(南部・中西部に多い)ブッシュ支持者がこの映画を見て意見を変えるとは思えないけどね。というか、ブッシュ支持者はそもそもこの映画を見ないか、見ても保守系コメンテーターの意見をラジオかFox News で聴いて相殺するでしょう。

'Fahrenheit 9/11' is bell tolling for many mainstream journalists (San Francisco Chronicle)
映画に負けず、プロのジャーナリストもがんばれよ、というコラム。

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July 12, 2004

参議院選挙メモ

民主党が躍進といいますが、日本の雰囲気がわからないのでコメントは控えます。いずれにせよ、衆院解散がなければ三年後の参院選まで選挙がないとのことなので、小泉首相はひきつづき自民党をぶっ壊すように。(笑)それから、民主党は、安全保障・外交などの最低限の了解事項を確認して安心して政権交代ができるようにして欲しい。それにしても、特に比例で労組やらマイノリティ系の候補やらが多く当選してるのは、何なんだろう。(参考:hima2908さんのブログ)マイノリティ系候補を立てること自体には反対しないが、外国人参政権など国家の根幹に関わる問題で足かせになるような人を選んでいなければいいのだが。
irregular expressionの分析記事。なるほど、今回の民主党の議席の上積みは、3年前の「小泉人気」の時の浮動票なんだ。納得。

セカンド・カップの川上直子さんの選挙雑感。なるほどと思ったのは次の分析。

ただ、そうはいっても、ではどうして[自民党は]この凋落でもここまで善戦できているのかといえば、誰でも知っている通りの創価学会様様状態が一方にあり、他方には、隠れたアジェンダたる「日本」問題があるからだろう。まったく気づかず「従来通り」の人が基礎票だとしても。つまり、この前小沢氏が苦衷を表明していたような永住権保持者の地方参政権に象徴されるような、というか、ぶっちゃけ朝鮮問題というべきだろう問題によって、いいやオレはこっちを選択するという人が古層と新層に渡って存在する。しかし、だとしたらこれって結構スパイラルだと思う。
 他方、民主はといえば、小泉的手法+半分創価学会じゃんか、で、もうこんな自民は間違いだ、となって流れた地方票によって成立している部分と、従来からの都市部反自民票で成立している。つまりここは実は、アンチの吹きだまり。そして伸びない理由は、上のぶっちゃけ問題が底流にあってより都市民的なところで人が離れているってことだろう。そして、実はこっちもスパイラル的。
今回の選挙で「民主党にはちょっとまだ任せられない」と思った人の不安感を一言で言うと、この「日本問題」ということになるんだろうと思う。少なくとも私はそうだった。一方、自民党に入れたくないという人の、いわゆる抵抗勢力の昔ながらの政治手法にあきれる気持ちには共感できる。福井であの官房副長官が再選とか、あの郵便局のおじさんが復活とか、私も正直うんざりする。で、川上氏がいうように、この不安定な現状は当分ほどけないだろうと思う。
 こういう、両方の党が互いのアンチとしてしか存在意義がないねじれ状態は解消されるのだろうか。両方の党の間に、ポジティブな対立軸ができることが第一。それから、上にも書いたが、民主党には、基本的な外交・安全保障政策の上で自民党とある程度の共通了解を持ってもらわないと。アメリカではケリー候補が「テロとの戦争」継続を表明したし、イラク戦争批判は本選挙の綱領に載らないという。また、ブッシュ大統領とイラク戦争を進めた今のイギリスの政権は労働党だというのも、日本の常識で考えてみるとすごい。
 と、ここまで書いてみて、川上氏の言う「日本問題」と、私が「外交・安全保障政策の共通了解」と考えるものは、実は重なる部分が多いのではないかと思う。すなわち、対北朝鮮政策やら外国人参政権のような「日本問題」のために民主党に入れられないと思っている人にとっては、「日本問題」にくくられるような問題の多くは国家の基本に関わる問題だから、妥協の余地はないと考えているのではないだろうか。言い換えると、左翼やカタカナサヨクの人達にとっては「日本問題」は「偏狭なナショナリズム」の現れであり、日本が他国に比べても突出している問題なのだが、保守の人達にとっては、「日本問題」には、むしろ国際社会の大部分のスタンダードであり、最低限のラインと考える問題が多く含まれているのではないだろうか。もし民主党がそれらの「最低限の共通了解」の問題の多くに(民主党なりでもいいから)まともな解答が与えられないとしたら、保守の人達は民主党にはなかなか投票できないから、「日本問題」が対立軸であり続けると思う。それは私にはすごく不毛なことに思える。いっぽう、「日本問題」には、正当な政策上の差異になりうる問題も含まれている。どこまでが「最低限の共通了解」で、どこからが「正当な政策上の差異」なのかを見極めるのが、このねじれを解消する鍵かも知れない。

追記:goriさん@irregular expressionの「人生いろいろ」発言にまつわる偏向報道の記事は必見。古賀センセイの件でもそうだったが、民主党は、自民党を批判しても自分にすぐ返ってくるんだよな。だから批判するなと言うのでなく、自分の立場もわきまえず批判を繰り返す無責任さが問われているのを民主党のセンセイたちは気付いているのだろうか。

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July 08, 2004

拉致問題と今回の選挙

前のエントリに書いたように、訪問者の方々に誰に投票しろという気持ちは毛頭ないのだが、私としては、今回の選挙は拉致問題一本で候補を決めた。
拉致問題は、大局的な国際情勢から見れば「突き詰めれば別段とびきり重要な問題ではない」という見方もある。(参照)確かにそれはそうなのだが、「拉致問題を風化させない」という意思表示をするチョイスもあると思う。拉致問題は「重要な問題ではない」から、すべてを大局的に判断して政治家を選んだ方がいいという考え方はもちろん正しいと思う。だが、だからといって「拉致問題」一本で候補を決めるのがおかしいと恥じる必要もないと思うのだ。

今回の選挙は参議院選挙だし、政権交代に直接影響しないから、海外に報道される選挙結果としては「現状維持」となるかもしれない。しかし、たとえば増元さんのような候補が当選したとしたら、「日本の国民は拉致問題の解決に向けて強い意思表示をした」というメッセージが世界に発信できるのではないかと思う。特に、ああいう微妙な小泉訪朝の後だからこそ、そういう意思表示を世界(とくに北朝鮮)に向けて出すことは、今後の交渉にも影響してくる。だいたい、イラク戦争、自衛隊派兵、北朝鮮情勢などの国際問題では、日本に与えられたオプションは、いかに不本意だとしても基本的には「アメリカと協力してやっていく」しかない。(あたかも他のオプションがあるような幻想を振りまいている民主党は、やっぱり政権を取る用意は出来ていないと言わざるを得ない。)そんな中で、国民から拉致問題の解決に向けて強い意思表示を引き続きしていくことは、ささやかながら意味のある行動だと思う。

拉致被害者の家族の方が「国は何もしてくれなかった」と言うとき、その責任は、政治家だけでなく、そういう政治家を選び続けた有権者にもある。その責任を、おそばせながらも少しでも果たしたいという気持ちで、海外からも一票を投じたいと私は思っている。

(もちろん、増元さんは東京選挙区の候補なので、海外からは投票できないのだが、そういう基準で候補を選んだ、ということです)

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「一票の重み」を感じるとき

今朝、在外投票の投票用紙が届いた。日本での投票日が近づいてきて、そろそろいくら速達で送っても間に合わないかと思って、やきもきしながら待っていたのだが、今朝になって速達で配達に来た。早速、郵便局に向かう。前から決めてあった候補者の名前を書き、投票用紙を2つの大小の封筒に順に入れる。投票用紙は日本の投票締め切り、すなわち日曜日の午後8時までに選管に着かなければ無効となってしまう。微妙なタイミングだが、とにかく出来るだけのことはしようと思い、FedEx の一番早いサービスで送ることにする。午前中のうちに投票用紙は最寄りの空港へ向かう。何とか期日までに着いてほしいと願う。
私は「在外投票」はこれで3回目なのだが、今回から領事館での投票と郵便投票が選べるようになり、だいぶ楽になった。(参照:外務省の在外投票サイト)しかし、私の住んでいるところから領事館は遠いので、今回も今まで通り郵送で投票することにした。

それにしても、この郵送投票も意外とお金がかかっている。まず、初めての場合、領事館で「在外選挙人証」の手続きをすると、日本の選挙管理委員会から手元に選挙人証が送られてくる。これがないと投票できない。私の今回の場合は、この選挙人証がすでに手元にあるのだが、選挙期日が近づくと、日本の選管から投票用紙の申込書が送られてくる(1)ので、この申込書と選挙人証を一緒にして日本の選管に送り返す(2)。すると、投票用紙が速達で返ってくる(3)。それから、送られてきた投票用紙を選管に送って(4)、投票日前に投票用紙が届けば完了となる。短期間で書類が日本と居住地(私の場合米国)を2往復するわけで、そのうち、(2)から(4)は短期間の間のやりとりなので、速達を使うことになる。私の場合、今回は少しケチって(2)を普通のエアメールにしたおかげで、投票用紙到着がぎりぎりになってしまった。やはり(2)から(4)は速達にするのが安全だ。領事館で投票すると(2)から(4)がワンステップでできるのだが、やはり投票用紙は全部まとめて日本に速達で送り、そこから各地の選管に速達で送っているようなので、これもお金がかかっている。一票当たり、郵便料金だけで30ドルから、下手すると70ドルくらいかかっているのではないだろうか。

このような手間もお金もかかるプロセスを実際にやってみると、とにかく一票を投ずることの重さを実感させられる。もちろん、インターネット投票などが出来るようになれば、この辺の経費が節約できるのだろうが、今のところは、これだけの手間をかけても、投票が出来ることに対しての驚きやうれしさの気持ちが先行する。住んでいるのは米国だが、やっぱり国籍は日本人なんだなあと実感する。将来、万が一アメリカ国内の治安・政情が悪化したり、日米関係が悪化したりしたとき、自分の身柄を保証してくれるのは(究極的には)日本の国家なのだから。一方、納税や年金の支払いなど、日本国民としての義務は海外にいてもついてまわる。投票によって、政治に参加するということは、自分にとってはそうした国家との関係を確認する儀式のような気がしている。

ここの訪問者の方に私の意見を押しつけるつもりはないのですが、棄権だけはしないで下さいね。一票の権利を行使しましょう。

ところで、一票の重みといえば、永住外国人に地方参政権を与えるかどうかがまた論争になっているようだ。私としては、まだやってるのという感じがする。この問題は5年ほど前にも法案が出たのだが、この法案は通したら面倒なことになるとその時思った。これこそ、政治の根幹に関わる大事な問題。この問題を論ずる上で、「外国人が大勢帰化してきたら乗っ取られるのでは」と心配する向きがあるが、基本的に移民国家ではない日本では、移民政策を大きく変更しない限り、大きな問題にはならないと思う。この問題は、結局、何やかや言っても日韓の二国間問題である。「永住外国人」という制度自体が、戦後に日本に残った在日の人達のためにつくられた特例的な制度なのだから、この問題は、在日の人達の「日本国籍を取らないまま日本の政治に参加したい」という感情に配慮して彼らに参政権を与えるかどうか、ということが中心にあるのだ。そこで、もし現状のまま参政権を与えたら、それは戦後の特殊な状況で生まれた「永住外国人」制度を恒久化することになる。(「三国人」ではないが)法的に「日本人」ではない、第三のカテゴリーを次の世代まで残すことになる。それは後々面倒なことになると思う。平和なうちはいいけれど、もし戦争やら何やらで個人が国家を必要とするようなシチュエーションになった場合、そのような第三のカテゴリーの人達の運命を国家は面倒を見るのだろうか、と想像をふくらませざるを得ない。そのような中途半端なカテゴリーをつくって結局法的差別を裏付けるようなことになったら、在日の人達にとっても本意ではないのではないだろうか。究極的には、もし在日の人たちが、一人の国家の構成員として政治に参加したいんだったら、国民としての権利を(差別なく)すべて受け、また国民の義務もすべて引き受けること、つまり帰化するしかないのではないかと思う。(この問題について考えを整理するのにすごく役に立った記事を紹介しておきます。)ともあれ、そのような根本的なことを考えずに韓国の大使に外国人参政権を約束しちゃう民主党は、やっぱりまだ政権を取る用意はできていないと言わざるを得ない。

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June 26, 2004

古賀センセイの夏休み:再掲

日本の政治の話題。
通常国会はつい先日終了したが、古賀潤一郎議員は約束通りペパーダイン大学へ夏期講座を履修に行くのだろうか。

拙サイトの過去ログから。(トラックバックもいただいてます。)
古賀議員の学歴詐称問題
ペパーダイン大学の夏期講座:古賀センセイの夏休み

 ペパーダイン大学の夏期講座(第III期)は7月6日に始まる。まあ、まだ申し込み手続きをしていなかったら、今から申し込んでも遅いとは思うが。
 「古い話を今更」と言われる向きもあるかも知れないが、政治家は言葉が命である。卒業していなかったことを謝罪するのではなく、「夏休みに単位を取ります」と有権者に約束したのだったら、しっかり単位を取るべきである。古賀氏は自分の言葉に責任を取ってほしいものだ。また、古賀氏は民主党を離党して無所属になっているが、こういうことをあいまいにするのは民主党全体の体質だといえる。自民党の腐敗を責められたものではない。

参考:Pepperdine Summer School

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June 22, 2004

雑感

●おおや先生が早野透の「ポリティカにっぽん」の最新作を分析(つうか、分解)してます(おおやにき:イヤなものがイヤだということ)。早野サン、本当にダメダメですな。ところで、どなたか、朝日系の人々が感じている「米軍占領下の自衛隊イラク派遣」と「自衛隊の(国連安保理決議に基づく)多国籍軍参加」の根本的な差異を教えて頂けないでしょうか。たとえば民主党は国連決議があったらOKって言ってましたよね? それとも、「イラクはやばくなってきたからオリよう」っていう話なんですか? 

●aozora blogのtenさんという方のエッセイがいいですね。(鴎外はいたジャイアント馬場さんにパンを横取りされた話
aozora blogは方向性が見えないが、もっとこういうエッセイを載せてくれればいいのに。

●マイケル・ムーアの "Fahrenheit 9/11" の全米公開が今週の金曜日に迫りました。一応見に行こうかと思っていますが。早速、先日も引用したヒッチンスが長文のムーア批判を書いてますね。文章の長さに現れているヒッチンスの情念がちょっと怖くてまだ読んでませんが。

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June 19, 2004

ホットドッグ早食いはスポーツか

Takeru "The Tsunami" Kobayashi(小林尊)こそ、国際的なセレブ(極東ブログ)

今年も、コニーアイランド名物のホットドッグ早食いコンテストの季節がやって来た。
このイベント、公式サイトによると第一回は1916年に行われたとあるように歴史のあるイベントなのだが、ほんの数年前はNYローカルのマイナーなイベントだったように思う。私の経験では、7月4日のNY近郊のローカルニュースで、終わり頃に地元の話題として流れる程度だったと思う。むしろ、日本食料品店のレンタルビデオで「TVチャンピオン」を見て、こんなイベントにも日本人が参加していると気がついたくらいだった。しかし、この2、3年は断然アメリカの各種メディアの注目を浴びており、メジャー化が進んでいる。特に、今年はスポーツ専門局のESPNが7月4日に生中継するということで、ESPNのサイトではこんな記事が出たりして期待感をあおっている。

このメジャー化の背景に、小林尊の活躍がある、というと日本人への贔屓目に見えるかもしれないが、実際彼の出現によりこのイベントの質がかわったように思う。
●まず、彼のデビューが鮮烈だったこと。2001年に初登場したとき、今までの記録が12分で20個そこそこだったのが、いきなり50個という、今までの2倍以上の新記録を立ててしまった。これはインパクトがある。
●このサイト(去年の早食いコンテストの特集番組を紹介している)の表題にある通り、アメリカのシンボル的な存在のホットドック早食いを日本人が独占しているという状態は、アメリカ人としてはかなり愛国心を挑発するものがある
●さらに、彼は外見(やせ型)と実力(大食い)のギャップが大きいから、テレビ的には「キャラ立ち」して、番組にしやすい。
というわけで、彼はホットドッグ早食いのヒーロー的存在になったといえる。APの記事でも中心的に扱われているのも当然といえるだろう。

ところで、このイベント、仕掛け人が非常にうまくやっている部分もある。単なる「早食い」を "competitive eating" という「スポーツ」として売り出し、"International Federation of Competitive Eating" という競技団体まで作ってしまった。(公式サイト)この会長と名乗るジョージ・シェイという人物は前述の特番にも出てきたのだが、なかなかやり手の営業マンという感じの人物だった。また、つい最近、ESPNの特番に引っかけて、「Competitive Eatingはアイスホッケー(NHL)よりもメジャーなスポーツになった」と豪語したのが話題になった。とにかく話題作りがうまいのだ。

さて、この件に関連して、面白いアンケートをESPNのサイトで発見。「次の競技のうち、スポーツといえないのはどれ?」というもの。ゴルフ、卓球、自動車レース、ドッジボールなど、普通はスポーツと思われていても「運動能力」を使うという点で疑問視されている競技の他に、次のような、今までの常識ではスポーツとは見なされなかった競技についてアンケートしている。
○ポーカー (25.6%)
○チェス (18.3%)
○ジャグリング (20.9%)
○スペリング(英単語をスペルできるかどうかを競う) (5.4%)
○Competitive Eating (28.8%)
○ダーツ (50.3%)
括弧内は「スポーツと思う」人の比率。スペリング以外は、意外と高い支持率を得ている。この中でも、特にポーカーは今アメリカではまれに見る大ブームを巻き起こしている。ESPNは朝から晩までポーカー世界選手権の再放送を流しているし、オンラインポーカーもものすごい人気らしい。とくに、No Limits Texas Hold'em という種目が、高いギャンブル性もあって注目を集めている。芸能人のポーカー番組などもすべてこの種類でプレーしている。

では、ポーカーはスポーツなのだろうか。このコラムでは、選手たちがものすごいプレッシャーと戦っている、その点だけでもスポーツと見なして良いと言っている。たしかに、ポーカーの中継を見ていると、個性ある選手が次々出てくるし、競技のドラマ性も申し分なく、ついつい見せられてしまうのは確か。スポーツをする方はともかく、スポーツを見る醍醐味はドラマにあるといえるからだ。

社会学的に見れば、「スポーツ」というのは、現代社会を理解する切り口として興味深い現象であると思う。スポーツは言うまでもなく巨大ビジネスと化しているし、また、多くの人々がスポーツとなると我を忘れて熱狂するというのも、アメリカ文化におけるスポーツの占める位置の大きさを示していると思う。

ともあれ、もしポーカーがスポーツだといえるならば、ホットドッグ早食いは間違いなくスポーツといえるだろう。これまでの経過からして、小林選手は多分今年もぶっちぎりで優勝するのだろう、と予想を書いてしまうところを見ると、自分もこの「スポーツ」の魔力に取り憑かれているようだ。

おまけ:「07年頭脳五輪」実現目指す 国際囲碁連盟総会で決議 (asahi.com)

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June 09, 2004

虐待はホワイトハウスからの指示?

ウォールストリートジャーナル紙は、ペンタゴンの機密文書を公表。この文書は2003年3月6日付け。捕虜に対する尋問を「合法的に」行うことについて法的・歴史的・実務的根拠についてのレポート。結論として、大統領は違法な尋問行為を許可する権限がある、という結論を出している。(この結論に関して議論しているブログはこちら。)
以前から、同時多発テロ以来、ホワイトハウスか政権上層部から、捕虜に対する尋問を厳しくする指示が出され、多少違法なことをしてもよいという許可が出ていたというレポートがあったが、この文書はそれを裏付けることになる。このメモの公表を受け、今日の公聴会でアシュクロフト司法長官は「ホワイトハウスは拷問を認めていない」と必死で反論している。
 アメリカのニュース番組はレーガン大統領死去の弔意ムードで一色だが、これはブッシュ大統領にとっては、ひとつ間違うと致命的な展開になりうる。あの虐待が政権上層部からの具体的な指示で許可されているとなったら、大統領側の「あれは一部の兵隊が勝手にやったこと」という言い訳が通用しなくなるからだ。
 この虐待事件、対アラブ外交的にも、「われわれが生きている間には修復不可能」(元軍関係者)なダメージを与えたが、それ以上に、アメリカ国民のアイデンティティに関わる問題なのである。アメリカ人の多くは、アメリカという国は軍事力による超大国ではなく、世界に自由をもたらす道徳的なリーダーと信じている。虐待事件はそのアイデンティティの部分に深い傷を与えてしまった。一部の世論調査では、本来ブッシュ氏支持で堅いはずの保守層でもブッシュ大統領の支持率が落ちてきているというが、この事件の影響が何よりも大きいだろう。ノルマンディーでの米仏会談、政権委譲の国連安保理事会の決議、またG8サミットと、ブッシュ大統領としては外交の成果が大きかった1週間だし、イラク情勢も次期首相が表に出てきて政権委譲のプロセスが着々と進んでいるのだが、この捕虜問題はどのような影響があるのだろうか。

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June 08, 2004

【NYT】アメリカ政治は部族社会

アメリカは今年が大統領選挙の年ということで、メディアも国内外の情勢が各候補の支持にどうつながるか注目して世論調査を発表したりしている。イラク情勢は予断を許さないし、国内でも失業率がなかなか改善しなかったりガソリンの値段が上がったりと、政権の支持率に影響を及ぼしそうな事件が多く起こっている。しかし、その割に世論調査の数値は動かない。ブッシュ氏とケリー氏の支持率が共に40%前後で「接戦」を演じ、第三党候補のネーダー氏が一桁。もちろんアメリカの大統領は選挙人の総数で決まるから、選挙の勝ち負けを知るには個々の州(特に"swing states"と呼ばれる接戦の州)の情勢を分析すべきなのだが、国民の支持傾向という面で全国の支持率を見ると、大事件があってもあまり変化がない。
この点について、デーヴィッド・ブルックスがNYTのコラム(6月5日付)で面白い論を展開している。最近の政治学の研究によると、アメリカ人は一般に若い頃の支持政党を一生変えないということらしい。普通、親が支持していた政党の支持者になり、ウォーターゲート事件などの大事件があっても支持政党を変えない。つまり、自分の政治思想に合った政党を支持するのではなく、とりあえず「自分と似たような人々」が所属している政党に自分も属し、その政党が喧伝する政治思想を信奉するようになるという。アメリカでの政党は、同じ政治思想を持つ人々の集まりではなく、むしろ一種のクラブのようなものだというのだ。

さらに、一度そのクラブに属してしまうと、自分の属するクラブに都合の良いフィルターを通して現実を見るようになってしまうと言う。ブルックスは次のようなデータを紹介している。1988年、レーガン政権が終わったとき、インフレ率が下がったかどうかを有権者に聞いた。実際は下がった(13.5%→4.1%)のだが、民主党の熱烈な支持者のうち「下がった」と答えたのはわずか8%にすぎず、50%は「上がった」と答えた。民主党員は、経済が悪化しているという先入観のため現実を見る目が曇っていたというわけだ。一方、共和党支持者のうち「下がった」と答えたのは47%と、現実を冷静に見ていた。しかし、クリントン政権の末期に同じようなアンケートを採ったところ、今度は共和党員が経済情勢を否定的に曲解していたということだ。

ブルックスはこのような状況を指して、アメリカ政治の状況を「部族社会」と呼んでいる。こう考えると、世論調査を取っても数字がほとんど変わらない現状がうまく説明できる。ブッシュ大統領の支持者は、昔から共和党員であり、共和党的世界観でニュースを見ているから、ブッシュ氏支持はそう簡単にはゆるがないというわけだ。民主党側も状況はあまり変わらない。さらに、ブッシュ氏は、イラク政策にせよ、国内政策にせよ、アメリカ全体よりも自分の支持層に向けた政策を取り続けているというのがもっぱらの評判だ。ブッシュ氏の演説を聞いていても、舞台がどこであれ、聴衆が誰であれ、アメリカ国民の40%の自分の支持者に語りかけているという感じがする。共和党支持層は「自分の仲間」という意識を強めるし、民主党支持層はブッシュ氏への嫌悪感を強める。そんなわけで、11月の投票までに何が起ころうと、政党支持が二極化している現状が変わらない限りこのまま接戦が続くだろう。

次の選挙の結果はともかく、このように国内が二極化している状況は気になる。自分の意見に反対する人々を議論を通して理性的に説得できる可能性が低いという現実が、なにをやっても無駄という雰囲気を生み始めている気がする。こうした現状は非常に困ったものだと思うのだ。

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June 04, 2004

フィリバスター

参議院での年金法案可決のニュースで、民主党の議員がフィリバスターをしている場面が映し出された。フィリバスターとは、長時間の演説によって議事進行を遅らせ、採決を妨害する行為である。これを見て思い出したのが、『スミス氏都へ行く』。主人公のスミス氏が延々と演説を続けて、最後には上院の議員たちを説得してしまうシーンがある。(この場面についてよくまとめてあるサイトはこちら。音声ファイルも聞ける。)
こういうのはいかにも議会民主主義という感じがしていいなあと思う。

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ケリーの北朝鮮政策

North Korea Zoneに、ケリーが大統領になった場合の対北朝鮮政策について興味深い記事が載っている。
ポイントをまとめると、
○実質的な政策としては、「完全かつ検証可能な非核化」を掲げており、ブッシュ政権とあまり変わりがない。しかし、交渉「スタイル」では変化の可能性があり。6カ国交渉ではなく、直接交渉にも積極的である。
○朝鮮半島の非核化がアメリカの一番の国益であり、これに賛成しない近隣諸国はない(少なくとも表立っては反対しない)のだが、それぞれの国の国益は大きく異なる。特に、韓国・中国・ロシアは、北朝鮮が崩壊しないことが一番の関心事である。ゆえに、アメリカと他の国々では問題の優先順位が異なるということは変わらないから、ケリー政権も難しい舵取りを迫られる。
○アメリカの外交努力の成果は、中国や韓国の協力をどれだけ得られるかにかかっている。とくに、現在米韓関係は冷え込んでいるが、韓国の協力は不可欠である。

ケリー政権がどんな政策をとるかについては前にも書いたが、外交政策についてはだいぶ見通しがはっきりしてきた。ケリー氏は「対テロ戦争」を戦うという基本的姿勢を維持するということは明言しているから、その点での大幅な軌道変更はないと思われる。それに、国際関係の現状が変わらない限りアメリカのオプションはあまり多くないようだ。

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「日本の民主主義は未成熟」とか言うのやめませんか

イラク日本人人質事件やイラク戦争についての日本の論客の議論を見ていてひとつ気がついたことがある。例えば、宮台真司氏の「自己責任」論批判(右翼思想からみた、自己責任バッシングの国辱ぶり、Miyadai.com blog)。彼は、議論の出発点として次のように言う。

■政府組織や軍隊に先立って非政府組織(NGO)が現地活動するのは国際常識。この者たちの命を危険に晒すのが所属国の出兵だというのも国際常識。それを知りつつあえて出兵した「国民的決定の自己責任」が問われるのも国際常識。

宮台氏はこれらのポイントが「国際常識」というが、果たしてそうだろうか。たとえば、「国民的決定の自己責任」というが、このような用語が「国際常識」となっているとは寡聞にして知らない。そもそも、「自己責任」という用語も実に英語になりにくい用語なのだが、宮台氏がそこを出発点にして、対外政策を行う国家、あるいは国家の主権者たる国民の責任を問おうとしているので、議論がねじれてしまっているのだろう。簡単に言い換えれば、「イラクで人質事件が起こるのは日本国政府がイラクに派兵したため」ということを言いたいんだと思う。確かに、現在のイラクの混乱を見て、テロリストやイラク人反乱組織だけでなく、そもそもイラクに出兵したアメリカ政府(やアメリカに協力した政府)の外交的・軍事的責任を問うことは正当だが、そのような政治責任論だけで人質事件を割り切れるはずがないということがむしろ「国際常識」なのではないだろうか。(むしろ、「人質事件」のマイナスの影響は「イラク戦後処理の失敗の可能性」によるマイナスの影響に比べたら極小さいのだから、ここにはある種の議論の転倒がある。)宮台氏はこの後で、『「国民的決定の自己責任が問われる」の意味が日本人には分からないだろう。ここでの焦点は「立場可換の想像力」だ』と書いている。これも気持ちはわかるが、「立場可換の想像力」は、「国民的決定の自己責任」が問われるべき理由ではない。(「ここでの焦点は」というのはなかなか便利な言い方だが、議論の論理をはぐらかしているだけ。)

宮台氏のレトリックで問題なのは、「国際常識」というものを持ち出して議論を封じる安易さである。「国際常識」というが、その主体は何だろうか? イラク戦争に反対するヨーロッパの世論? 欧米のマスコミ? あるいは外交官のコミュニティ? 現在の「国際社会」は、「国際常識」というものが共有されず、むしろルールが事後的に作られていく集合体ではないのか。(こんなことは社会学者の宮台氏には釈迦に説法なのは承知の上で。)マスコミにしても、私のニューヨークタイムズ批判を見てもらえばわかるが、ニューヨークタイムズの記事だって、ある記者が自分の訓練・思想背景を土台に書いて、ニューヨークタイムズ社内部の編集過程を通して公にされたという意味では、他の新聞となにも変わりがなく、「国際常識」などといって神聖視すべきものでは決してない。宮台氏の文章全体を読むと、上の引用は、「国際常識」を疑う契機ではなく、むしろ「これは国際常識ですよ!」と(国内の)反論する人々を口封じする、使い古されたレトリックである。宮台氏ほど著名な論客がいまどきこのような論法を使っているというのは困ったものだ。

私が一番問題にしたいのは、宮台氏の言説の根本にある、日本は遅れた社会(「民度が低い」)であり、欧米のように「近代化」しなければならないという枠組みである。この枠組みは宮台氏に限ったことではなく、たとえば「Letter from Yochomachi」の散人氏が小泉首相のイラク出兵の政治責任が問われないことについて「小泉首相の責任は追及されるべきだ。それができないのであれば、日本の民主主義はまだまだ未成熟であると云わざるを得ない。」などとあっさり言い切ってしまうことにも現れている。確かに、小泉首相や彼を選んだ国民に対する、イラク政策についての「自己責任」は問われるべき政治的問題の一つではあるだろう。だからといって、それが問われないことを「民度が低い」とか「日本の民主主義はまだまだ未成熟」とか言うのも今更という気がする。

戦後、日本が戦争に敗れた原因について「日本の民主化・近代化は歪んでいた」と多くの知識人が考え、「民主的」思想を日本に移植しようとした。その結果は、60年近く立った今も同じようなスローガンが繰り返される現実を見れば明らかだろう。しかし、私は「民主化・近代化」が失敗したと考えるのではなく、そもそも欧米の歴史に根ざした理論をもとにして「民主化・近代化」の達成度を測定するという思想的枠組みが破綻しているのではないかと思う。歴史家でポストコロニアル論の理論家であるディペシュ・チャクラバーティは、"Provincializing Europe"という本で、断片的な現在を近代化という時間軸で全体化し、近代化(=西洋化)にあてはまらないものを「まだそうでない(not yet)」としか理解できない見方を「歴史主義」と呼んで批判している。西洋から生まれた哲学・批評理論は、非西洋の現代社会を理解するために不可欠だが、また不十分なものなのである。「民度が低い」とか「日本の民主主義はまだまだ未成熟である」とかいう言い方は、まさにこの「歴史主義」の罠にはまっている。そんな言い方で自分の見解を自己弁護するのではなく、もっと多様な現実を見つめませんか。

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May 29, 2004

日朝関係:妥協の代償

日朝首脳会談が終わって、どうも小泉首相がいろいろと妥協しすぎたんじゃないかと思わせるニュースが多く入ってきている。今後の日朝交渉には朝鮮総連の代表が同席するとか、朝鮮総連の全体大会で首相の挨拶が代読されたとか、首脳会談の合意で「在日朝鮮人の差別をしない」という文面が盛り込まれた、とか。(もちろん差別はいけないことだが、勝谷誠彦氏などによると、これをきっかけに朝鮮総連の違法行為の取り締まり、引き締めができにくくなるということらしい。)それから、会議自体も、いろいろと儀礼的な面において小泉首相はことごとく軽く扱われたということも。
ここで大事になってくるのは、小泉首相が「北朝鮮の現体制がどれだけもつのか」という問題をどう考えているのか、ということだと思う。
この前の記事のコメントでのさぬきうどんさんのやりとりの中で、シカゴ大学教授のブルース・カミングス氏の、「北朝鮮は、たんなる共産主義国家ではなく、儒教的な道徳規範に基づいた国家なので、そう簡単には崩壊しないのではないか」という見解を紹介した。この学者はアメリカでは随一の朝鮮近代史の学者という定評がある人なのだが、近著のamazon.comのレビューを見てみると、読者から「北朝鮮に媚びている」「冷静な分析というよりは、感情に流された意見」などというコメントがついている。(この本は未読なのでこれらの評価が正当かはわからない。)しかし、この学者に親北派・媚北派というレッテルを貼る前に考えてみたいのは、彼が投げかけている「北朝鮮の現体制がどれだけもつか」という問題である。北朝鮮の姿勢はどうあれ、その問題そのものは一考の価値がある。もし、拉致問題は根本的には何らかのregime changeでしか解決しないのならなおさらのことだ。

もし金正日の政権があと1、2年しかもたないということならば、圧力をかけ続けて、政権の終わりを早めればよい。でも、経済的にどうであれ政権がこれから10年、20年ともつならばどうなるだろう。また、金正日政権がつぶれても、北朝鮮あるいは中国主導の形で朝鮮統一となったら、これもまたやっかいだろう。西尾幹二氏は、これから100年の東アジア情勢をどう見るかが大事と最近書いているが、着眼しているのはまさにこの点だろう。

実は、小泉首相は、政権がすぐにつぶれないと判断し、現在残っている問題だけは自分の手で解決したかったというのがその動機の第一だったのではないだろうか。どんなに強行策を取っても政権がつぶれないならば、朝鮮総連がどんなに悪であれ、とりあえずエンゲージしなければことが進んでいかない。しかし、もし長期的につきあっていくという方針だったら、外交儀礼のようなことはなおさら大事にしなければいけないのではないだろうか。また、朝鮮総連の違法行為の取り締まりも、筋を通すという意味では大事だと思う。

今回の小泉訪朝でしたさまざまな妥協の代償は何だったのだろうと考えざるを得ない。アメリカの意向があって動いているのかもしれないが、イラク情勢を始め、今のアメリカの政権の北朝鮮政策はいまひとつ読みにくい。でも、西尾氏が示唆しているように、自民党内にもなんとか拉致問題を幕引きしたい人々がいて、小泉首相がその意向を受けて動いているというという可能性はあるんだろうか。ここまでくると、自分の頭でよく考えてみるしかない。

追記:North Korea Zone最新の記事にいくつか面白そうな記事が紹介されている。

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ニューヨーク・タイムズ:コラムニストたち

このサイトをはじめの頃から読んで下さっている訪問者の方はもう知っておられると思うが、ニューヨーク・タイムズのコラムニストの中で私が特に面白いと思っているのはデーヴィッド・ブルックスである。彼は長年保守系(ネオコン系)雑誌、The Weekly Standardの編集者をつとめていたが、去年の9月からNYTのコラムニストになった。リベラルが多いNYTのオピニオン欄で、ウィリアム・サファイアと共に保守系コラムを連載している。また、公共放送PBSのNewsHourにゲストコラムニストとして参加したりしている。
この前、彼の近著 "On Paradise Drive" がNYTの書評欄で紹介された。書評者はこれも有名コラムニストのマイケル・キンズリー。

まず、ブルックスについてはこう言っている。

For several years, in the world of political journalism, David Brooks has been every liberal's favorite conservative. This is not just because he throws us a bone of agreement every now and then. Even the most poisonous propagandist (i.e., Bill O'Reilly) knows that trick. Brooks goes farther. In his writing and on television, he actually seems reasonable. More than that, he seems cuddly. He gives the impression of being open to persuasion. Like the elderly Jewish lady who thinks someone must be Jewish because ''he's so nice,'' liberals suspect that a writer as amiable as Brooks must be a liberal at heart. Some conservatives think so too.

「リベラルのお気に入りの保守論客」とはよく言われるところ。(ちなみに、「保守のお気に入りのリベラル論客」といえばFox Newsのアラン・コームスであろう。)保守というとFox Newsのビル・オライリーのように、問答無用なところがあるが、ブルックスの場合、きちんと自分の立場を論理的に説明する。最新の社会現象についてもよく調べて書いているし、NYTの中でも場違いな感じはしない。でも、この書評の終わりでキンズリーが言っているように、ブルックスも本当に保守か? と思わせることがある。ついこの前は同性婚支持のコラムを書いていたし。例えて言えば朝日新聞に福田和也が連載を持っているようなものか。(福田和也が本当に保守か? という問題も含めて。)

私がこのコラムニストが好きなのは、アメリカの保守系の論客がどのように理論武装するか、よくわかって面白いから。アメリカの政治評論家は、政治思想に根ざして理論的に考えられる人が多く、日本人にはよくわかりにくいアメリカ特有の保守思想も、それなりに理の通る考え方をしているのである。彼の意見に同意することは実際はそんなに多くないが、その理論武装の部分が読んでいて面白いのである。また、スタンスの全然違うリベラルの読者に保守的な議論をふっかけるレトリックにも興味がある。

さて、この書評、NYTのコラムニスト事情の紹介にもなっている。もう少しキンズリーの書評から引用しよう。

There is a prize for being the liberals' favorite conservative, and Brooks has claimed it: a column in The New York Times. With Brooks, The Times continues its probably unintentional experiment in reinventing the political column. First came Frank Rich, who added culture, high and low, to the traditional tired stew of Washington concerns. Maureen Dowd added psychiatry -- trying to understand politicians as real people, usually not to their advantage. Thomas Friedman added parables, circling the globe in search of small but sturdy anecdotes to support huge structures of metaphor.

ここでは、NYTのコラムニストの特徴をよくまとめている。私の印象も含めて簡単にまとめると、
フランク・リッチ − 文化ネタ、政治 (この前マイケル・ムーアの新作映画の評を書いていたのはこの人)
モーリーン・ダウド − 政治家の人物紹介 (リベラルの人たちの心情をストレートに代弁している人。最近はブッシュ大統領への憎悪の一点に集約されるが。)
トーマス・フリードマン − 身近なエピソードを通して語る国際政治ネタ。(根はリベラルだと思うが、同時多発テロ以来、結構ネオコン寄りになってきた。ローカルな例を使って国際関係の現象を語るテクニックは確かにうまいが、時々危ういなと思うこともある。そんな点も含めて、日本で言うと船橋洋一のコラムに内容もスタンスも似ていると思う。)
これに、長年一人で保守論陣を張ってきたウィリアム・サファイア、経済ネタで日本でも有名なポール・クルーグマン、もと日本支局長のニコラス・クリストフ、それからニューヨークのローカルな話題についてよく書いているボブ・ハーバートで、コラムニストが勢揃いとなる。

このようにコラムニストのポジションがわかってくると、個々のコラムを読んでアメリカの論断の流れのようなものがつかめてきて面白い。この人がここまで言うのか、と考えたりする意味で。たとえば、最近ゴア元副大統領が演説で辛辣なブッシュ批判をして話題になったが、その演説の絶叫スタイルがあまりに大人げないというので、筋金入りのリベラルのモーリーン・ダウドもちょっと引いた、とか。あと、フリードマンを読んでいると、アメリカの国際関係のジャーナリストのちょうど中道の人がどう考えているかの目安にはなる。

また、NYTのオピニオン欄はそれに加えて寄稿欄がある。だれでも寄稿すれば載るというのではなくて、ある程度その道の専門家と言える人々の中から選ばれるようだ。日本絡みでは『敗北を抱きしめて』のジョン・ダワーや、昭和天皇の伝記を書いたハーバート・ビックスなどの寄稿が載っているのを見たことがある。どちらもピューリッツァー賞受賞者なので一応権威があるのだが、他に誰かいないものか。

ニューヨークタイムズの社説・オピニオン欄は、簡単な登録をすればすぐ読めるので、興味のある方は読んでみてはどうだろうか。

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May 24, 2004

北朝鮮列車爆破は暗殺未遂?

朝鮮日報(英語)によると、北朝鮮当局は、先月の列車爆破事故は反政府勢力による金正日暗殺未遂だったと結論づけた模様。
なお、犯行には携帯電話が用いられたため、平壌では5月19日から、20日からは北朝鮮全域で携帯電話の使用が禁止されているらしい。
(via North Korea Zone)
ということは、小泉訪朝中の地下鉄爆破も同じ勢力が絡んでいるのだろうか。

p.s. 大統領の演説は少し見たが、あれじゃやらなくても同じだった。

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追記:マイケル・ムーアなど。

ダバディ氏の「見てから自分の意見を考えてください」というご意見はごもっとも。映画を実際に見る前にいろいろと論評するのは確かに意味がないので、この映画についての意見は、実際に見るまで保留します。
(しかし、アメリカ国内では配給会社の問題があるので見られるのはいつになることやら。)

New York Timesのほうには、Frank Richによる『華氏9/11』の映画評が載った。(英語、nytimes.comの登録が必要。)結構好意的で、これを読むと、確かに政治的に彼に賛成するかどうかはともかく見るに値する映画、という感じがする。

でも、この前のエントリーにも書いたのだが、今のアメリカ、40%はブッシュを強く支持する保守派、40%はブッシュ不支持のリベラル派で、この80%は何があっても意見を変えることは考えられない。で、どちらにも転ぶ可能性があるのは残りの20%だけ。真ん中の20%の争いだから、民主党のケリー氏が共和党のマケイン上院議員を副大統領に指名するという掟破りの一手を使うのではという噂が絶えないわけである。(今日の政治討論番組では、ケリー=マケインの組み合わせは99%実現不可能だが、もし実現したらブッシュ=チェイニーに間違いなく勝てるという意見で一致していた。)

この2派の対立は根が深い。保守派はブッシュ批判を「リベラル・メディアの陰謀だ」といって耳をふさいでしまうし、リベラルの大統領に対する感情は軽蔑や嫌悪を超えて憎しみに近いものがある。この分裂には、たんなる政策の問題を超えて、政教分離の問題(要するに宗教がどれだけ政治に絡むべきか)、文化戦争、教育問題などが絡んでいて、すぐには解決しそうにはない。アメリカの一番の問題は、この2つのグループの間に全く対話が成り立っていないことにある。私の友人には(大学関係と言うこともあって)リベラルな人が多く、ブッシュ大統領の政策を厳しく批判するのだが、もしそれだけ不満があるんだったら、なぜ2000年にブッシュに投票し、今回もブッシュに投票するだろう人々に届くメッセージを考えようとしないのだろうかと思う。

アメリカ以外の先進国での反米主義は、アメリカのリベラル派とは話が合うと思う。でも、問題は、国民のうち保守的な40%はこの種の批判には耳すら傾けないことにある。この人たちは、マイケル・ムーアの顔を見るだけで「ああ、例の左翼の」と言って話すら聞かないと思う。

反米の人たちに聞きたい。この保守派の40%の人たちに、どんな言葉で語りかけますか。
その答えが見つかったら、ノーベル平和賞ものだと思うのだが。

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May 22, 2004

日朝首脳会談

今回の会談は、急に浮上してきた話で渡航制限・経済制裁などの条件が整う前の訪朝だったので、日本としては切れるカードが限られていたのが問題だったと思う。ではなぜ予定より早まったのか。一つは、現在の世界情勢を見ての判断。アメリカとしては、在韓米軍をイラクに派遣というニュースが象徴的に示すように、イラク情勢で北朝鮮どころではないから、日本に事態を進展させるよう圧力があったのかも知れない。もう一つは、小泉氏独自の判断。参院選前にポイントを稼ぐため、とか。もし後者だったとしたら、今回の訪朝は誤算だったと思う。でも前者だったとしたら、仕方のないところかもしれない。
また、ジェンキンス氏の問題も、現在のアメリカは囚人虐待事件などで軍紀の乱れが問題になっているから、過去の軍紀違反を恩赦するというのはなかなか難しいんだろうと思う。それがブッシュ大統領の政治判断で何とかなるような問題か、というのはよくわからない。

何ともいえない結末だったが、希望はあると思う。なるほどと思ったのが、安倍晋三氏の「入港禁止法案、成立方針変えず」という趣旨の発言。これからも交渉が続いていくわけで、カードを増やしておくのは意味がある。これからも、不明者調査などで進展がなかったら、圧力をかければいいのだから。

北朝鮮が外交で日本を手玉に取っている(ように見える)のはなんとも歯痒いが、小泉氏は限られたオプションの中でよくやっているように思う。現状で、他にどんな手が取れたかはわからないし、過去の自民党の政治家だったらここまで持ってこれなかったのは明らか。また、現在の民主党では小泉氏の代わりになるとは決して思えない。

ともかく、蓮池さん、地村さんのご家族には早く日本に慣れて、幸せな家族生活を始めてほしいと思う。そして、曽我さんの家族、また何百人といわれる特定失踪者の行方など、拉致問題が完全解決する日が来るまで、この問題を幕引きさせてはならない。

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May 20, 2004

マイケル・ムーア

「滑稽なのはあかぬけていて、洗練されてるヨーロッパ人なんだよね。まあ私もそのあかぬけていて、洗練されてるヨーロッパ人の一人として言うんだけど。彼らは、アメリカ人はでぶで、粗野で、欲張りで、馬鹿で、野心的で、無知だと思っている。それで、自分たちの仲間として、自分たちの代弁者として選んだアメリカ人が、これらの特徴をすべて体現しているんだから。」

—クリストファー・ヒッチンス (MSNBCの番組にて。via andrewsullivan.com

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May 06, 2004

ブッシュ氏の「拷問部屋」発言録

Slate.comで、コラムニストのWilliam Saletanがブッシュ大統領の「拷問」に関する発言をまとめている。このリストには、今回のイラク人「虐待」事件についてのコメントに加えて、1年前の終戦宣言以来「サダムがいなくなったおかげで、イラクにはもはや拷問部屋はなくなった」と言った演説が数多く含まれている。
今まで拷問・レイプはフセインの専売特許と言ってきた手前、今回の事件ではアメリカの面目が丸つぶれである。Saletanのコラムは、ブッシュ発言と今回の事件の経緯を時系列に並べただけだが、その皮肉がかえって鮮明になっている。

(もちろん、「虐待」と「拷問」は別物である。ラムズフェルド国防長官は今回の事件は「拷問とは言えないだろう」という見解を出している。一方、先日紹介したThe New Yorkerの記事はタイトルから「拷問」と言っている。もし、この記事が示唆している通り、この事件に諜報員が関与していて、情報を引き出すために意図的に虐待が行われたとしたら、情報を引き出すための拷問という用語の方が適当だろう。このへんの用語もこれからの争点になる。)

さて、アメリカのタカ派がイラク戦争を支持する理由として、独裁のイラクを「解放」するためというのがあった。その背景には、アメリカの方が民主的で、自由な国だという前提がある。しかし、今回の事件は、アメリカの占領がイラクの独裁政権と実際はそれほど変わらなかったという印象を与えてしまった。大量破壊兵器に続き、アメリカは戦争を正当化する理由をまた一つ失ってしまったのだ。しかし、「アメリカはイラク人に民主主義を教える義務がある」という思想を方向転換するのはなかなか難しい。今回の事件の反応を読んでいると、アメリカ保守派の反応として、「アメリカではこのような事件が起こると公開で調査し、違反者は裁かれるところがアラブ諸国とはちがう」というような見解がいくつか見られた。ここまではただの見解で、確かにそうかもしれないのだが、それに付け加えて「この事件を機会にして、アラブ諸国の人々に民主主義とはなんたるかを教えてあげよう」と言う人々がいるのは驚きである。別の記者は、ブッシュ大統領が、アラブテレビ局へのインタビューで、「このテレビを見ているアラブの人々にわかって頂きたいのは、アメリカではこれらの人々は調査の上裁かれることだ」と繰り返し言うのは、事態を収拾するという点から見れば、かえって言い訳がましく、高圧的な印象すら与えてしまうのではないかと指摘している。こんなときに言葉の端々に現れるアメリカの自己中心的な世界観には、どうしても違和感を覚えてしまう。

もうひとつ、この記事で興味深いのは、今年の1月21日の時点でCNNが虐待疑惑についてすでに報じていること。今回これだけ反響が大きかったのは、やはり写真の威力が大きかったからだろうか。

追記:ブッシュ大統領が謝罪しましたね

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May 05, 2004

タグバ報告書:全文公開

アントニオ・タグバ少将によってまとめられた、イラク人虐待事件に関する米軍内部の報告書の全文がこちらで公開されている。(via andrewsullivan.com)
3分の1ほどいったところに、調査者がまとめた虐待行為の一覧がある("Punching"で検索して、最初のヒットから下)。一部新聞で報じられているような内容はこの報告書にすべて出ているので、これらの件については捜査が進行中ということで間違いない。また、捜査はさらに広がる様相を見せている。

昨日、今日と、The New Yorkerに暴露記事を書いたサイモア・ハーシュがテレビに登場している。この人、日本でいうと文芸誌のような位置づけのThe New Yorkerにおいて、一人でテロ・戦争関係の調査ルポを書いている人。過去にもタカ派のリチャード・パールがイラク戦争を通して直接利益を受けていたのではないかと指摘して、パールに「アメリカ人でテロリストに一番近い男」と呼ばれたジャーナリストである。テレビ番組での論調は、だいたい雑誌の記事と同じだが、出演中、笑いを押し殺せないような仕草を何度か見せていた。「どうだ、この一件では勝っただろ」と思っているに違いない。一般の、軍の正義を信じている素朴なアメリカ人がテレビを見たら、こいつは不謹慎な、アメリカ軍の足を引っ張る奴と思うだろう。でも、軍の組織的関与があったかなかったかという点に関しては、組織的関与を指摘している彼の方がいまのところ優勢に見える。一方、Wall Street Jounralに政権側の立場から反論するコラムが載ったが、いまいち説得力がないように思えた。

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May 04, 2004

A catastrophe.

イラクの旧アブグレイブ刑務所のイラク人虐待事件。知れば知るほど暗澹たる気分になってくる。
事実報道については、この事件が明るみに出る発端となったCBSテレビの "60 Minutes II"での報道や、The New Yorkerにでたサイモア・ハーシュの記事の内容が日本語のメディアでも紹介されている(たとえばここここ)。

今日のタイトルに書いたように、この事件はアメリカの対外イメージに壊滅的な打撃となるだろう。なぜか。
 CBSテレビのリポートでは、米陸軍のキミット旅団長が「一部の兵士たちの行動で15万人の米兵全体を判断しないでほしい」と訴えている。つまり、この虐待は一部の兵隊が勝手に行ったものであり、軍は組織的に関与していないというわけだ。しかし、The New Yorkerの記事に引用されている米軍の内部報告によると、この虐待は突発的なものではなく、むしろCIAなどの諜報機関によって、情報収集のために組織的に行われた拷問だったとされている。前の陸軍将校の「一部の兵隊の勝手な行動」という言い訳はもちろん通用しなくなる。また、これは氷山の一角で、似たような報告がこれからも次々出てくる可能性もある。米陸軍で、捕虜の扱いを定めたジュネーブ条約違反が繰り返し起こっているとしたら、人権侵害行為、戦争犯罪とも言える事態である。
 また、写真や、The New Yorkerに報告されている虐待はどの文化でも言語を絶する行為だが、特にイスラムの文脈ではその屈辱が数倍にもなることばかりである。同性愛などはイスラムでは禁止されている性行為だし、またイラク人男性が裸で屈辱的な行為をしているのを女性の米兵が見てへらへらと笑っているというのは、マッチョなイスラム文化では傷口に塩を塗るようなもの。The New Yorkerの記事に引用されている大学教授は、これらの虐待があまりにもアラブ世界の人々の屈辱感覚のツボを押さえているので、アメリカ人はたんなる無知でイラク兵を虐待しているのではなく、イスラムの宗教や文化を理解した上で彼らにとって最も屈辱的かつ苦痛な行為をさせたとアラブ世界で受け取られるのではないかと危惧している。事実、(あくまでもIFの話だが)アメリカの諜報員が、情報を効果的に引き出すために拷問を指導していたとしたらありえることだ。
 アメリカ人はアラブ文化に無知というイメージは今までもあったが、もしこの見方が定着すると、アメリカ人はアラブ文化を理解した上で一番屈辱的なやり方でケンカを売っていることになる。このケンカ、アラブの過激派が買わないわけがない。もともと、アラブの人たちはアメリカが自分たちの土地にいるというだけで屈辱を日常的に感じている。(ちなみに、小島信夫の「アメリカン・スクール」という短編小説は、米軍占領期に日本人が感じていた似たような屈辱感覚をユーモアと皮肉を交えながら実に的確に描いている。)この事件はアラブ人が感じている屈辱感を裏付け、強化するものになる。アラブのテロリスト集団は、この感情をバネに一般のアラブ人に自分たちへの反米テロへの支持を訴えていくだろう。そうなったら、アメリカが「イラク戦争はイラクの庶民を自由にするために始めた」とかいうたてまえは吹っ飛んでしまい、アメリカとアラブ世界の関係はほとんど修復不可能になる。
 事実関係はこれからどんどん明らかになるだろう。現在事実とされていることが否定されたり、この事件がそれなりに理解できる文脈が明らかになることはあるかもしれない。しかし、イメージ戦争という観点から言うと、これらの写真がアメリカに与えてしまったダメージは計り知れない。もう取り返しがつかないレベルかもしれない。この事態、アメリカはどう収拾するつもりなんだろう。

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April 30, 2004

「元人質、誘拐犯への同情を示す」

昨日は元人質の郡山サン、今井サンの記者会見があった。これについての海外の通信社の記事がなかなか面白い。どれも、元人質が国民や政府から批判されているという前提で書いているのだが、その扱いが微妙に違う。
ロイター電(たとえばこれ)の方は、自らの行動を弁護した点を強調しているが、APでは、2人が誘拐犯を弁護している点に注目している。英紙ガーディアン(電子版)に載った版の書き出しでは、

They were menaced with guns and knives and held hostage for more than a week. Still, two Japanese who were kidnapped in Iraq expressed sympathy for their captors Friday, calling them ``soldiers'' and ``resistance'' fighters in their first public comments since their release.

短い文章だが、この事件に対して日本の多くの人が感じている違和感の一部を的確についていると思う。誘拐され、何日間も軟禁されても、なお犯人の行動に同情できるというのは、普通の誘拐事件では考えにくい事態。それから、このAPの記者は、彼らが犯人を「兵士」とか「レジスタンス」とか呼んでいるという、重要な単語のチョイスもまっさきに指摘している。元人質の政治的立場がこうして世界に伝えられるのは意味があると思う。彼らは人質と言うよりは人間の盾なのだから。ニューヨークタイムスのオオニシ記者はどう伝えるのだろう。
 ちなみに、毎日新聞の英語版に載った記事の見出しも"Ex-hostages tell press that captors just 'ordinary Iraqis'"となっている。本紙の方でも「元人質、誘拐犯は『普通のイラク人』と記者団に語る」とでも見出しをつけてほしいものだ。

今日のアメリカのニュースは、イラク刑務所の虐待事件でもちきり。戦争では、軍紀が乱れてこういう状態になることは珍しくないとは思うが、これはアメリカの対外イメージに大打撃だろう。

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April 27, 2004

ニューヨークタイムズの人質事件報道

日本のテレビニュース(ネット配信)で人質事件についての続報を見てみると、「『自己責任』論への批判が海外からも起こっています」と言っている。それで少し調べてみると、次の記事を発見。
Freed From Captivity in Iraq, Japanese Return to More Pain (New York Times)

結論から言うと、この記事、ニューヨークタイムズ(NYT)の日本報道のお決まりのパターンを踏んでいる。
1:興味を引きそうな最新の時事ネタを紹介。
2:「この現象には文化的な背景があるんですよ」といって、安易なステレオタイプに結びつけた説明を加える。
3:読んでいるアメリカ人は、昔習った日本のえせ知識で日本の最新情報を理解できて、「日本ってヘンな国だな」という偏見をさらに強化する。さらに、「それに比べてアメリカはまだましだ」と思わせる書き方をしているので、自尊心を少しくすぐられていい気分になる。

 私がアメリカに来た1990年代前半から、このパターンで書かれた記事は数知れず。NYTの日本記事を批判したもあった。不思議なのは、日本人ではなく、他の人種や国籍の人間についての記事だったら抗議殺到するはずの記事が、日本についてだったら平気で載ってしまうこと。前述の本の例で言うと、「日本の女性がポルノ漫画を読むのは、隠れたレイプ願望があるから」とかいう記事が、沖縄での米兵レイプ事件の数日後1か月半後に出たこともあった。

で、この記事。4月23日付けで、NORIMITSU ONISHIという記者が書いている。この記事の現状認識(上の1)は、「人質となった日本の若い民間人が今週帰国したが、待っていたのは黄色いリボンの抱擁ではなく、国中の非難に満ちた冷たい視線だった」という冒頭の一文に集約できる。この記者は、この人質事件以前には存在しなかったとされる犯人の団体の不可解な背景や、日本人が関与していると思われる様々な証拠については一言も語らないから、多くの日本人が、この事件全体に不透明なものを感じていたということは伝わらない。また、人質の親族が左翼系の団体と密接に連携して、「人質救出」を盾に派手な反戦活動を繰り広げたことも書いてない。

代わりに、この記者は「彼らは『お上に逆らったから』罰せられたのだ」という説を展開する。(上の2)

普段は超洗練された日本の都会に隠れているが、この島国を何百年と統治してきたのはタテの結びつきである。何かの危機の時には、それが表面化する。元人質の罪は、国のイラクへの渡航規制を無視したことだった。階級がないというが実質的にはタテ社会の日本では、okami、つまり「上にあるもの」に逆らうことが罪であるのだ。

上に書いたような事件の特殊な背景を無視したら、このような陳腐な文化論で説明するしかないだろう。日本の歴史には、「反逆」とか「下克上」の例もたくさんあると思うが。まあ、「反日的分子は…」という国会議員もいるのだから、国民は出過ぎたまねをするべきではないと思っている役人や国会議員も多少はいることだろう。でも、全般的に見て、政府も外務省も、彼らの救出に対してできることはしたし、(大部分の)国会議員は下手なことは言わない。

また、「自己責任」論は、どちらかというと一般国民から草の根的に起こってきたのではないだろうか。その時の中心的な感情は「出しゃばって…」というものとは別のものだったと思う。やはり、この3人が、最低限の安全策を取らずに出て行ったことが大きいのではないか。18歳の子供が出て行くのにしっかりした団体のサポートもなく、親は何をしていたのか、というのはどこの国の人にとっても実にまっとうな問いだと思うが。また「プロ市民」というべき団体が関与していた(らしい)ことにうさんくささを感じていた部分も大きいと思う。しかし、この記事ではその辺の背景説明はしない。記事が複雑になってしまうからだ。

話がそれるが、「自己責任」論が出てきた背景には、日本政府が、今回のような事件が起こった場合にあまりオプションを持っていないため、今後似たような事件が起こらないように予防策を張っているという側面もあると思う。今回の事件で、政府やよくやったと思うが、今回のような場合、どうしても国際機関を通しての圧力とか、地元の部族との交渉、あるいはアメリカ頼みということになる。自力で救出部隊を派遣というわけにはもちろんいかないし、他の外交手段も限られてくる。その意味で、日本は狙われたら脆くて、後は運頼みという部分がある。小泉首相や福田官房長官が「自己責任」というのは、それこそ「お上のお達し」という印象を与えかねないが、それはテロ防止の手段が限られていることの裏返しだと思う。

また、この手の説明で問題なのは、これで「わかったような」気分になってしまうことだと思う。実際、この記事を読んだ保守系のコラムニストが、戦死した元アメフト選手の記事で、日本を引き合いに出して、「この選手は日本に行ったら悪人扱いされるだろう。…元人質の三人は現在日本で最も嫌われている人々である。…イラクの人々が豊かで自由な国をつくるのを助けに行った人に日本では敬意を表すると思うもしれないが、そうではない。日本では、いいことをしたらほめられるのではなく、出過ぎたことをしたとして批判されるのだ」などと書いている。こうして、アメリカのコラムニストの間で単純な日本のステレオタイプが増幅されていくのである。

そして、このNYTの記事は、アメリカにさりげなくリップサービスをする。(上の3) 「解放された人質たちを、公に賞賛した政府が一つだけある。それはアメリカだ」と言って例のパウエル国務長官の発言を引用したり、「タテ社会」がいやになった若者は「何か型にはまらないものを求めてマンハッタンのイースト・ヴィレッジにたむろしている」なんて書いてニューヨークの読者に親近感を感じさせたりしている。身近に感じさせるために、読者との接点を求めるのはいい。でも、「アメリカは日本よりすばらしい」と毎回のように結論づけることはないだろう。

***

この日本人人質事件の記事は、NYTでありがちな自己中心的な、偏見に満ちた視線の典型といえる。もちろん、ここに書いたような問題はどこにでもあること。日本の海外についての記事も似たり寄ったりのものもあるだろう。ただ、ここで私が取り立てて問題にするのは、すでに書いたように、このような記事が米国のいわゆるクオリティ・ペーパーに載ってしまうこと、このような記事が起点となって、アメリカでの日本への偏見が増幅されること、そして、日本のメディアが尻馬に乗って「海外のメディアではこんなことを言っていますよ」と言ってキャンペーンを張ることである。特に最後の一点は、元の記事の一面性や偏見を考えると、日本のメディアが無批判に「海外メディア」の権威をたてに利用しているのはなんとも愚かに思える。

また、もう一つ注意したほうがいいのは、この一件を通して、元人質が海外メディアの日本班にとっての「反逆のヒーロー」となる可能性があること。ある日本人を、その人の客観的な評価は横に置いて、ただ「日本の体制に反抗している」という理由だけで海外のメディアが祭り上げることがある。前に、TIME ASIA誌で小田実が「アジアのヒーロー100人」か何かに選ばれたことがあった。その意味で、
10 Questions For Jumpei Yasuda (TIME ASIA)
という記事で安田純平氏が早速取り上げられているのは、いやな予感がする。

追記:沖縄レイプ事件とNYTの記事の関連について。記事が出たのは95年11月5日。沖縄の12歳の少女が米兵にレイプされた事件からちょうど1か月半後のこと。訂正しました。でも、ペリー国防相が11月1日に謝罪したり、7日には容疑者3人が罪状を認めるなど、事件の余波が広がっているときにでた記事。悪意があったかどうかはともかく、無神経という謗りはまぬがれられないだろう。ちなみに、この記事の著者は、現在NYTのコラムニストのニコラス・クリストフ。

追記2(2004年9月22日)「また『プロ市民』というべき団体が関与していた(らしい)ことにうさんくささを感じていた部分も大きいと思う。」と言う一文にソースがないとご指摘をいただきましたので少し調べました。
人質事件こう着 “命 後回しにするな” 救出求め国会デモ 撤兵など訴え (しんぶん赤旗)
この記事は、人質事件発生後の4月13日に国会前で行われたデモについて伝えていますが、記事にはこのデモを「呼びかけた」団体として、全労連安保破棄中央実行委員会有事法制は許さない!運動推進連絡センター、国民大運動実行委員会の四団体を挙げています。ご参考までに。また、この件についてWikipediaのエントリがよくまとめてあります。
 それから、誤解をなくすため、「(らしい)」という部分を削除しました。

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April 21, 2004

ウッドワード:続報

今日はウッドワードの、"Hardball"という番組でのインタビューを見た。
印象に残った言葉。ブッシュ大統領は、インタビューで、
「(アメリカには、)諸国民を自由にする義務がある」
と発言していたとのこと。インタビュアーのクリス・マシューズが、「じゃあ、ネオコンの思想を受け入れちゃったってことですね」と言うと、ウッドワードは「そうだ」と答えていた。この人のことだから、心からそう信じて言っているのだろう。

それから興味深かったのは、チャック・ヘーグル上院議員(R-NE)が出演して、「徴兵制の復活を議論すべきだ」と言っていたこと。少し驚いたが、アメリカは戦時体制だと考えると、納得がいく。今はアメリカは志願制だが、兵隊の多くは大学の学費が出せないような貧しい家庭の出身が多い(ジェシカ・リンチもそうだった)ことを考えると、金持ちにも戦争を自分のこととして考えさせようという意図もあるんだと思う。まあ、現代の軍組織は専門化しており、素人が入ってもすぐに役に立つとは思えないが。

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April 18, 2004

ウッドワードのイラク本

『ブッシュの戦争』の著者であるボブ・ウッドワードが、きょうCBSの"60 Minutes"に出演。火曜日に出版される、ブッシュ政権がイラク戦争に至る過程を描いた"Plan of Attack"についてインタビューを受けていた。時間がないので細かくは書けないが、短いインタビューのなかでこの本で明らかにされた驚くべき「新事実」について語っている。(CBSの番組サイトはこちら。番組の内容が詳しく紹介されている。)

その「新事実」の一部を箇条書きしてみる。

○2002年の春の段階で、米軍はイラク戦争の準備を進める指示を受けており、その出費は議会の許可なくアフガン戦争のための特別予算から出された。

○CIA長官のテネットは、ブッシュ氏に「大量破壊兵器があるといえるのか。こんな証拠じゃ大衆は納得しないぞ」と言われ、「スラム・ダンクですよ」と、100%大丈夫だという確証を大統領に与えていた。

○開戦したのは2003年3月だったが、1月の段階で大統領は開戦を決断していた。チェイニーやラムズフェルドは決断につきすぐに知らされたが、パウエル国務長官にこのニュースが伝えられたのはそのしばらく後だった。

○パウエルがこの決断について知る前に、サウジの駐米大使がホワイトハウスに直々に呼ばれ、イラクの戦争計画についてチェイニーとラムズフェルドから詳細な報告を受けた。また、サウジ王家は、ブッシュ再選のため、選挙直前に石油生産量を増加することにより、価格を下げてアメリカ経済を助けることを約束した。

○パウエルが大統領に開戦について聞いたとき、「どういう結果を引き起こすかわかっていますか。(陶器店と同じで)自分で壊したものは引き取らなければならないんですよ」と言って不快感を示したが、最終的には「良き兵卒」としてブッシュ氏を支えることを約束した。(ウッドワードは「パウエルの言った通りになりましたね」と付け加えた。)

『ブッシュの戦争』は半分くらい読んだが、けっこうドラマチックな脚色がしてある。とくに、最高レベルの会議などの会話を、目の前で見たかのように再現しているので、どこまで本当だろうかと疑ってしまう。しかし、とくに『ブッシュの戦争』では政権トップの人物に直接取材したりと、政権からかなり生の情報提供を受けている。(そのため、前の本はブッシュ政権の擁護をしていると批判された。)この本は、どちらかというとブッシュ政権に批判的な内容だと推測できる。本が出たら読んでみたい。ともかく、先日のポール・オニール元財務長官、リチャード・クラーク氏に続いて、イラク戦争に関わる政権内部の様子を暴露する本として、アメリカ世論にインパクトを与えることは間違いないだろう。

追記:アメリカのamazon.comでは、この本が売り上げランキング1位になっている。

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April 16, 2004

「『日本にも新世代育つ』 仏紙が3邦人の行動を弁護」

朝日新聞の記事。こんな記事がアサヒ・コムのトップ記事になっている。

たぶん、朝日新聞としては、「自己責任」論が席巻する現在のメディアで、なんか元「人質」をポジティブな目で捉えた記事を探してたんだろうな。「身内」をかばう気持ちはわからないでもないので、朝日に対する反応は省略。
 問題は元記事になった『ル・モンド』の論説。

軽率で無邪気すぎるかもしれないが、ネクタイ・スーツ姿と夜遊びギャルの間に、激変する社会に積極的にかかわろうとする者がいることだけは分かった。彼らは自分なりに世界を変えたいと考えている。
タイトルからして、「新世代」だって。私の知人の日本学の教授が、「アメリカのメディアでは、『伝統に反抗する新しい世代』というレトリックは日本を語るのに昔から繰り返し使われてきた。なぜ今になってもみんな飽きないんだろう?」って言っていたけれど、これもそのおなじみの論調をなぞっているだけ。欧米人の日本ウォッチャーは、明治時代から、日本に「近代化」「民主化」「改革」(つまり「西洋化」)を期待するか、その過程で失われる「伝統」を惜しんでみるか、そのいずれかを繰り返してきた。明治維新が戦後の民主化になり、NGOになっただけ。日本は、いつまでたっても大人になれない永遠の12歳なのだ。  推測するに、どうせ、現場に出ないでオフィスにこもっている支局長がTVのニュースを見ながら自分の思想に合った記事を思いついて、そのまま書いたんだろうな。NGOの活躍などと言うが、別に若い世代だけが活躍しているわけではなく、昔から地道な活動を続けている団体は日本にもいくつもある。

しかし、こういう、具体的なデータも検証も論理的考察もない片手間クズ記事が、フランスの一流紙に載って影響力を持ってしまうというのが、欧米メディアの現実なのである。

 同じ朝日だが、船橋洋一氏の今回のコラムには賛成せざるを得ない。テロの温床をなくすことを理由の一つのして始められたイラク戦争が「テロリストの思うつぼ」だった、というのは、現状を見ると否定できない。では、そこからの「出口戦略」とは何なのだろうか。

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April 14, 2004

日本人人質事件:追記

私は日本のTVやニュースが見られる環境にないので、この問題を普通の日本人がどう捉えているかいまいちぴんとこない。ネットなどを見る限りでは、メディアは大騒ぎしているが一般庶民はけっこう醒めた目で見ているということらしいが、もしそうだとしたら至極まともだと思う。

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"Fog of War" を見に行った

"Fog of War"を近所の独立系の映画館で見てきた。この映画は、前にこの記事で書いたように、ケネディ・ジョンソン政権の時の国防長官だったロバート・マクナマラへのインタビューを中心に構成したドキュメンタリー映画。感想を箇条書きしてみる。

○東京大空襲などの非戦闘員の殺害について「カーティス・ルメイ将軍が言っていたように、われわれがもし軍事裁判で裁かれていたら戦犯になっていただろう」と言ったところでは、さすがに映画館がざわついた。それにしても、ルメイというのは悪人だ。こんな奴に勲一等旭日大綬章を授与した政府って一体…。

○ベトナムについて、ジョンソン大統領との意見の不一致を理由に辞任したくだりでは、自分は早期撤兵を主張したのに大統領に反対されたという言い方で、大統領の責任だという見解を示しながら、自らの戦争責任、あるいは辞任後に反戦運動に関わらなかった理由については口をつぐんでいた。この映画がマクナマラの最後の自己弁護といわれて批判されているのはこの辺りが理由かもしれない。

○マクナマラという人は、フォードの再建を手がけて社長にまで上りつめ(乗用車にシートベルトを標準装備するようになったのは彼の功績)、そこから国防長官に抜擢されたのだが、経営手腕に長けた切れ者だったんだろうし、それなりの自信も自負もあったんだろう。だからこそ、「理性のある首脳たちがかかわっていたにもかかわらず、キューバ危機が核戦争にならずに回避できたのは運だった」という言葉には重みがあると思った。

○タイトルにもあるFog of Warという言葉には、戦争は複雑であり、人間一人の理性ではとうてい理解しきれないものだという彼の哲学がこめられている。今日本のメディアでは人質事件について「情報が錯綜している」といっているが、戦争では情報が錯綜するのが常態なのだろうと思う。確実な情報が入ってこない中、断片的な情報を元にいろいろ推測するのは楽しいが、そのうち99%は後で全く無意味になってしまうと思うと、私のような部外者が情報をいちいち追っかけるのは時間の無駄だと改めて思った。まあ、戦争という現実に当事者として関わることが少なかった日本にとっては、これはちょうどいい学習機会なのかもしれない。

○英語には、よく「百聞は一見にしかず」と訳される"Seeing is believing"ということわざがあるが、マクナマラは「SeeingもBelievingも間違いであることが多い」と言っている。人間というものは変わらないし、戦争もなくならない。しかも、理性を尽くしても人間は間違いを犯し続けるという彼のメッセージには説得力がある。
帰りの車内でラジオをつけると、ブッシュ大統領が記者会見で「この反テロ戦争は、つねに攻め続けなければならないんだ」と言ってイラク戦争を正当化していた。人類はキューバ危機・ベトナムの時代からあまり進歩していないのだと考えると愕然とした。

○特殊技術で、マクナマラはインタビュアーに向かって話しているのだが、あたかもカメラに直接話しかけるような映像になっている。マクナマラも感情が高ぶってくると声を荒立てたり、指を振ったりして、臨場感があふれるインタビューになっている。また、カメラの背後からは監督のイーロール・モリスがこれまた大声で質問を投げかけていて、あたかも何十メートルも離れて絶叫し合っているような感じで面白かった。

○音楽はPhilip Glass. 妙に合っていた。

結論:第二次大戦(太平洋戦争)、ベトナムの歴史の証言としても、また現在のイラク戦争を考えるヒントとしても、アメリカ政府の中枢にいた人物がかなり率直に語っているという点で貴重な証言だと思う。また、戦争というものについてのかなり核心をついた問題提起としても面白かった。

この映画、すでにDVD版の発売が決定しており(5月11日発売)、amazon.comから予約できる。

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April 12, 2004

日本人人質事件:勝手に総括

この3日ほど、人質事件を追っかけていてかなり時間を無駄にしてしまった。

今回の事件を勝手に総括すると、日本政府、世論が情報戦に振り回されてしまっていることが一番の問題だと思う。今日のほら貝・エディトリアル(4/11)を読んでいて思ったのだが、この事件の犯人について不可解なことが多いというよりは、不可解な犯人に振り回されてしまってしまっているわれわれこそがおかしいのではないかと思う。

ほら貝の記事を読んでわかるのは、アルジャジーラという放送局は、実は入ってくる情報を裏も取らずに垂れ流している、情報ソースとしては信頼性の低いメディアということだ。解放を発表したファックスを巡る疑惑についてはネットのあちこちで書かれているが、有田芳生の酔醒漫録(4/11)によると、イラク国内は通信インフラがまだまだ復旧しておらず、ファックスなど送れる状況ではないらしい。もし犯人が戦闘の続くファルージャに居るなら尚更だろう。だとしたらこのファックスはどこから送られてきたのか。この点をアルジャジーラは明らかにしていない。また、「自衛隊撤退せねば人質殺害」と報道された声明にしても、素性の知れない男に生放送で話させておいて、後になって「信用がおけない」と否定してしまった。(asahi.com)。問題なのは、こんな、信用のおけないメディアの報道に日本国中が一喜一憂していることである。日本のメディアに基本的な中東情勢についての知識がなく、現地に独自のネットワークを持っていないこと、また、このような事件になるとセンセーショナルなテレビをはじめとして国中がすぐ沸騰してしまうことがその原因といえるだろう。

政府は比較的慎重に対応しているが、政治家たち(特に民主党)が過敏に反応しているのも、海外から見たら、テロに踊らされているように見えるだろう。テロ対策で最も大事なのは、テロリストの政治主張を決して聞かない、ということだと思う。(テロリストと人質解放のための交渉をしないわけではない。)家族や市民運動家は「自衛隊を派遣したから、日本人が危険にさらされている。だから自衛隊を撤退せよ」というが、テロの側からしたら、もしテロで世論を動かし、政策を左右できるとわかったら、妥協してテロをやめるどころか、テロはいっそう増えるだろう。スペインでは総選挙の結果が鉄道爆破テロによって左右されたが、その後スペインでテロが止んだだろうか。先週から頻発した人質事件のうち、人質が死んだと報道されたのはドイツ人である。ドイツはイラク戦争反対ではなかったか。一方、イギリス人の民間人は無事が確認された。

だからといって、アメリカのいわゆる「反テロ」戦争すべてに賛成すべきだといっているのではない。テロと政治が因果関係で結ばれること、またそのような印象を国外に与えることが問題なのだ。

この大騒ぎのおかげで、日本が今後テロリストの格好のターゲットにならないかと心配である。3人を誘拐するだけで、東京で何千人規模の反政府デモが起きたり、政府や世論がこれだけ動揺するなら、またやってやろうと考えないだろうか。おまけに自衛隊は銃を持っていても先制攻撃されないと撃ち返せない「軍隊」である。日本が反テロ連合のweakest linkだと世界に知れてしまった宣伝効果は計り知れない。

9/11以来、アメリカではテロに対抗する一番の手段は、何もなかったかのように日常生活を続けることといわれたが、そのことは今回のようなケースによく当てはまると思う。情報収集・分析は悪くない。ただ、関心を奪われ、日常生活が狂いだしたら、すでにテロリストの術中にはまっているのである。私も、こういう時こそしっかり仕事をマイペースでしなければ。これからの個人的な課題だな。

それから、朝日新聞も、せっかくの休刊日なんだから、新聞配達の奨学生を休ませてあげてよ。

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April 09, 2004

イラク日本人人質事件:アメリカの無関心

昨日、今日と、ニュース番組などを見て情報収集しようと思ったのだが、アメリカのメディアではあまり扱いが大きくない。

New York Timesのサイトでは、サイトのホームページで「韓国人8人、日本人3人釈放」というヘッドラインが出てびっくりしたが、記事を読んでみたら「韓国人牧師ら釈放」とは書いてあっても日本人の情勢については書いていない。単なるミスなんだろうと思い訂正するようメールを書いたが、少なくとも2時間以上放置された後やっと訂正された。この辺りも、メディアというか、アメリカ国民の関心の低さの反映と思う。

なぜアメリカはこの件について関心が低いか。いくつか考えてみた。
1)ライス補佐官の9/11調査委員会の証言というビッグニュースがあって、その影に隠れてしまった。
2)イースターの祝日が近づいており、ニュース自体の流れが遅い。
3)アメリカのメディアが、テロの脅迫映像を流すことについて「テロを利することになる」として慎重になっている。
などがすぐに思いついたが、やはり一番大きいのは、アメリカ国民がこのような事態を直視したくないという心理があるんだと思う。少し考えれば、ブッシュ政権のイラク戦争を一貫して支持してきた日本政府が危機に陥るということはわかる。だからこそ、見ないですむのならば見たくないと思っているのではないだろうか。つい最近、イラクで働くアメリカの民間人の遺体が放送で流れたばかりで、このような厳しい現実にはうんざりという気分があると思う。

BBC Newsのようなヨーロッパのメディアが日本の一般市民の反応などを細かく報じながら「アメリカとしては一番おそれていた事態ですね」などと論評しているのとは対照的である。戦況がどんどん悪化する中、多くの国民が無意識に現実から逃避しつつあるのではないだろうか。好むと好まざるとにかかわらず、戦争はまだ続いているのである。

普通の国民はそれでいいが、大統領はどうなのか。今の大統領は、こういう重大な事態に直面すると引きこもって、部下に仕事を押しつける傾向がある。日本は何がどうあっても黙ってついて来ると思っているのだろうか。そうだとしたら、アメリカ政府は大きな間違いを犯していると思う。アメリカ政府の対応には不満があるが、テロリストに妥協するというオプションはありえないということは言うまでもない。

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April 02, 2004

クラーク氏のTVインタビュー

クリントン・ブッシュ政権でテロ防止担当の大統領補佐官を務めたリチャード・クラークの発言が波紋を広げている。クラーク氏が出演したTV番組についての記事および筆記録へのリンクを張っておく。(MSNBC.COM) 一番の目玉は、ブッシュ政権の国防担当者の多く(チェイニー、ライス、ラムズフェルド)が、就任直後から「イラクでの未完の仕事」を終えるという意図を持っていた、という発言。この番組は見たが、ブッシュ政権内の政策決定の内幕をかなり生々しく語っている。単純に言うと、彼はイラク戦争は反テロの戦いとは関係ないし、むしろじゃまになったという立場である。

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March 29, 2004

クラーク証言の波紋

先日の記事にも書いた通り、クラーク氏の告発本と、その後の調査委員会での証言が波紋を広げている。アメリカの政治系ニュース・情報系番組は、この一週間はこの話題ばかりである。ホワイトハウス側も反論に躍起だが、議論の本質よりはクラーク氏の過去の発言との矛盾をついて「信頼のおけない人物」というイメージを植えつけようという戦略をとっている。泥仕合に持ち込もうというわけで、あまり感心しない。一方、クラーク氏は、「政府はあなた達を裏切った」とテロの遺族に向かって謝罪したりして、イメージ戦略の上でもなかなかしたたかである。

ニュースなどのコメントを聞いていると、評論家のほとんどがクラーク氏の本を読んでいないでコメントしているようである。それでは何とも説得力がない。ということで、クラーク本を読んでいない私も、この件については口を挟まないでおこう。その代わり、ニューヨークタイムス紙に載ったクラーク本の書評にリンクしておく。

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March 24, 2004

米元高官が政権批判の内幕本

このニュース、結構尾を引くんじゃないかと思う。一番大きいのは、ブッシュ大統領が、9/11の直後から、「イラクとの関連をなんとしても探せ!」と諜報機関に圧力をかけていた、という生々しい証言。こちらの記事("Dick Clarke is Telling the Truth")によると、この件でブッシュ政権側は大々的に反論キャンペーンを張っているものの、有効打はないから、この内情暴露はおおむね正しいのではないか、とのこと。もし、テロと戦うためにイラクに行ったのでなく、テロを口実に既定路線のイラク戦争を実行に移したということが明らかになったら、ブッシュ氏としてはかなり痛い。「テロとの戦い」を大統領選の中心的な争点に据えたいブッシュ側としては、テロとの戦いとイラク戦争が別物であるという見解が定着すると、イラク戦争への批判が集中して選挙戦が不利になるのではないだろうか。現在、アメリカ議会では9/11の真相究明のための調査委員会で証人喚問を行っているが、このクラーク氏も証人として立つらしい。

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March 09, 2004

アカデミー賞と東京大空襲

今回のアカデミー賞、「ラストサムライ」の渡辺謙や「たそがれ清兵衛」がノミネートされて話題になったが、最優秀ドキュメンタリーを取った"Fog of War"については日本ではあまり報道されていないようだ。このカテゴリー、去年はマイケル・ムーアがアメリカ銃社会を描いた"Bowling for Columbine"で受賞した後、「ブッシュよ、恥を知れ」と絶叫してニュースとなったいわくつきのカテゴリー。今年の受賞者となったこの作品の監督も、政治的なトーンが抑制された今回のオスカーの中でブッシュ政権を批判していた二、三人のうちの一人だった。

この"Fog of War"という作品、60年代にアメリカの国防長官を務めたロバート・マクナマラのインタビューで構成されているのだが、キューバ危機、ベトナム戦争などの激動の時代にアメリカ政権の中枢にいた人物が、当時の状況を赤裸々に、時には批判的に語っているようだ。(私はまだ未見なのだが、公式ウェブサイトで映画の一部を見ることが出来る。)マクナマラは現在85歳だが、まだまだ健在という印象。

彼は第二次大戦中は太平洋戦線に関わっていて、とくに東京大空襲については過剰な報復だったと明言している。「帰ってきたB29のパイロットたちの面接に立ち会った。…司令官は、『我々はなぜここにいるのか? 我々の飛行士が殺されたからだ』と言っていた。…でも、一人殺されたからといって東京を焼け野原にするのか?」非戦闘員が100万人も殺された空襲はやりすぎだったと、マクナマラは怒りすらあらわにして語っている。ベトナム戦争はともかく、太平洋戦争はアメリカ人にとってはいまだ疑いようのない「正しい戦争」であることを考えると、アメリカのエスタブリッシュメントがここまで言うか、という感慨にすら浸ってしまう。

また、キューバ危機、ベトナムについても、「理性のある人々が戦争を止めようと努力した。でも、核戦争にならなかったのは運が良かったからだ」「武力の行使にはルールが必要だ。でなければ人類は破滅してしまう」など、衝撃の発言が続出。特殊技術によって、マクナマラはインタビュアーに向かって語っているのだが、カメラに向かっているように撮影されているので、彼が視聴者に直接語りかけているような錯覚を受ける。

こうした映画が出てくるのは、やはりイラク戦争について国民の意見が割れていることの反映だと思う。この人がテレビでインタビューを受けているのを見たが、現在のイラク戦争については「現政権の政策についてはコメントしない」と口を閉ざしていたのが印象的だった。この映画の提起している問題が現在の状況に関わっていることは明らかで、立場上批判はできなくても、何か訴えたいという気持ちはあるのだろうと思う。

日本での上映予定はまだないのだろうか。アメリカではソニーが配給しているようだし、日本でも是非上映してもらいたい。3月10日は東京大空襲の記念日だ。

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大学教授はなぜリベラルなのか

デューク大学で、人文・社会科学の学部では教授が左寄り過ぎるということでちょっとした論争になっている。保守的な学生団体が教授にインタビュー調査をしたところ、民主党員が共和党員に比べて圧倒的に多いということで抗議の広告を出したのがことの発端。大学側ではこの問題についてシンポジウムを開いたりして対応している。この意見広告を見ると、この大学の歴史学部では、民主党員32人にたいし、共和党員はゼロなど、かなり差が出ている。大学教授はどこでも左寄りなものだが、こうして数字ではっきり出てくるのも珍しい。これに対して、同じ大学の哲学教授が、「教育レベルの高い人にリベラルが多いのは、NBA(米バスケットのプロリーグ)に背の高い人が多いのと同じで、仕方がない」と言ったりして、論争の火に油を注いだりしている。本音なのだろうが、あまりに無防備な発言で開いた口がふさがらない。

アメリカの大学では、教授の人選や学生の選抜の際に、人種や性別による差別のないようにかなり注意を払っている。このような政策を推進しているのはリベラル派なのだが、不満を持っている保守派の学生が、「多様性」という言葉を逆手にとって反論しているということなのだろう。一方、大学教授の側は、ブッシュ政権が特に9/11テロの後大学内の政治的発言に干渉するような動きが目立つ中、こういうことが問題になること自体保守反動の言論弾圧の一環だと言ってかなり敏感に反応している。

私の個人的な経験から言っても、アメリカの大学では教授は圧倒的にリベラルだが、学生は五分五分、どちらかというと保守派が多く、意識がだいぶ乖離しているように思う。

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January 31, 2004

学歴詐称問題:私見

先日の書き込みでは、アメリカの大学事情に詳しくない日本の人たちにも、「19単位」足りないと言うことがどういうことか、実感をもって感じてほしいと思い、少しくわしく書いてみた。まあ、人それぞれ留学の目的が違うし、それぞれの選択にもドラマがあるから、中退と言うことをすべて否定しようとしているわけではないことを強調しておきたい。むしろ、今回の問題の怒りは、アメリカの大学のことだからと思って逃げ切れると思った議員や民主党に向けられているんだと思う。

しかし、古賀潤一郎議員の経歴を見てみると、アメリカから帰国してからは、県議の秘書などをしながら、地道に政治家修行をしたんだろうなあ、と思う。このあたりの感覚はよくわかる気がする。アメリカで何をしていようが、日本に来たらそれまでの経歴がすべてリセットされてしまうということがよくある。たとえば、アメリカの大学の学歴は日本で就職するときにはかなり低く見られていると思う。これは極端な例だが、アメリカの大学院に籍を残しながら日本で研究していた時、中学の英語教師のバイトを受けて落ちたことがある。後で電話をしてその理由を聞いてみると、「英検は何級ですか?」と聞かれた。英検か、TOEICか、ともかく日本で知られている試験や資格がないとだめだというのだ。アメリカの大学卒なのですが、と言ったが聞いてもらえなかった。アメリカの大学システムから日本の大学に編入することも、制度的にも経済的にもいろいろ障害があってととてもむずかしい。

日本とアメリカでは社会のシステムが違うんだから、それは仕方ないことかもしれない。ただ、もし日本の社会におけるアメリカ大卒のステータスがもう少し高かったら、古賀議員も大学に残って学位を取れるまでがんばる意義もあったし、事実そういう決断をしたかもしれないと想像したりもする。

私の知っている仏教学の研究者で、アイビーリーグの名門校で博士号を取得し、その後、別のアイビーリーグの大学、シンガポールの大学で教鞭を取った後日本の大学に就職した人がいる。その大学は大学名に「外国語」が入っている大学で、外国の大学での経験を尊重しているのかと思うと実はそうでもないらしく、給与や昇進のための資料では、海外の大学で教えた分は教授歴に数えないのだとどこかで書いていた。私自身、現在米国の大学で教えているが、将来日本に帰った場合にどうなるのかという不安はある。まあ、この手のことは心配してもあまり意味のないことだと今は思っている。しかし、日本の社会が、海外で活躍した日本人の経験・才能・活力を生かそうと思ったら、制度的にもまだまだ改善の余地はあると思う。

留学といえば、多和田葉子の「ペルソナ」という作品が、留学生活のあいまいな心細さを非常によくとらえている。ディテールに生活の実感がこもっていて、この人は苦労したんだろうなあと思う。(講談社文庫「犬婿入り」所収)それから、もう少し年が下の、ティーンエージの留学(というか、アメリカ移住)というと、水村美苗の「私小説 from left to right」がある。どちらの作品も、海外で住むことの哀しみというか、なんとも切なくもやるせない心情をよく書けていると思う。

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January 30, 2004

ペパーダイン大学の夏期講座:古賀センセイの夏休み

前の書き込みで「ペパーダイン大学に夏期講座はないようである」と書いたが、さらに調べてみるとこれは間違いだった。夏期講座の ホームページによると、
I期 5月10日〜6月4日
II期 6月7日〜7月2日 
III期 7月6日〜7月30日
となっており、それぞれの期間ごとに、原則として最高8単位まで授業を取ることが可能である。

しかし、今年の通常国会の会期は6月16日まで。となると、I, II期と重なる。国会会期の最後をさぼってII, III期の授業を取ったとしても、最大16単位しか取れないから、今年の夏中に修了することは無理であるし、国会会期中に国会を休んで大学に行っていいのかという問題が当然出てくる。2年がかりで終わらせるというのならば不可能ではないが(来年の国会日程や、大学にどれだけ「例外」を認めさせることができるかによる)、4週間のうちに半年分の内容を学ぶ集中講座で最大単位数に近い数の授業を取って、果たしてついていけるかどうかという問題もある。

秋・春学期に編入するというのは国会の日程上不可能だろう。また、ペパーダイン大学の要覧を読んでみると、転入してきた学生は、最後の28単位はペパーダイン大学で取らなければならないということがわかった。つまり、他の大学で夏期講座を取って修了することはできないのである。

夏期講座を取って修了といっても、これだけ困難なのだ。古賀氏はそれをわかって言っているとはとても思えないのである。

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January 29, 2004

古賀議員の学歴詐称問題

古賀潤一郎議員の学歴問題については、この何日かニュースを追ってきたが、どうやらこのまま居直るつもりらしい。いつも読んでいるほら貝でも扱っていた。疑惑の一つである、ペパーダイン大学を卒業していたかどうかという点についてだが、古賀氏は卒業には19単位足りなかったと発表しているということである。

ペパーダイン大学のウェブサイトから、学部のカレッジの Academic Catalogueを早速ダウンロードしてみると、73ページに、卒業のために必要な単位数は128単位、1学期に取るべき標準の単位数は16単位とある。(16x8=128だから、ちょうど4年で卒業できる計算になる。)標準的な週4時間の科目1つで4単位と数えるから、1学期に4つ科目を取ればいい計算になる。

さて。
19単位とるためには5科目取ればいいのだが、これはアメリカ人のフルタイムの学生でも、1学期で取るには少し苦しい科目数である。まして長年大学から離れているような方にとっては、不可能に近いといえるのではないだろうか。また、1科目、2科目足りないという問題ではないのだから、卒業単位はそろっていたと思うといっている古賀氏の証言もあやしくなってくる。

また、古賀氏は「休暇を利用して単位取得」と言っているようだが、ペパーダイン大学には夏期講座はないようである。他の大学の夏期講座に通って単位を取ればいいのだが、報道を読む限りでは、他の大学にも通っていたようだから、すでに相当数の単位を移してしまっている可能性がある。普通、他の大学で取った単位数の全単位数に占める割合にはキャップがあるから、19単位分他大学の単位で埋められないのではないかと思う。

私自身、アメリカの大学、大学院を苦労して卒業した。日本でキャリアが認められないかもしれないというリスク、経済的な負担などすべて乗り越えた上で最後までやりとげたことには自負がある。また、そのようにして苦労して学位を取った人、学位を取ろうとしている人を大勢知っている。

古賀議員の留学は履歴書に大学名を載せるためだけの留学だったのかもしれない。現実に、ろくに勉強しないで半年か1年ばかり「滞在」して、その後堂々と「米国xx大学留学」と書いてマスコミなどで活躍している人も知っている。それはそれで問題があるとは思うが、ここでは問わない。しかし、単位数が足りなくて卒業できなかったならば、そう正直に表明すればいいのではないか。そのような「留学」を「卒業」と言い張って通ってしまうならば、それは私のように苦労して卒業した日本人の留学生・もと留学生に対する冒涜に他ならない。そんなわけで今回の件は腹が立って仕方がないのである。

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(2006年5月 むなぐるま管理人からの受託により保管)

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