むなぐるま

アメリカ在住の研究者(の卵)による日常観察・オピニオン系Blog

February 09, 2005

ブラック・クォーターバック

今年のスーパーボウルは、ニューイングランド・ペイトリオッツが24-21でフィラデルフィア・イーグルスを下した。
 このペイトリオッツというチーム、強いというだけでなく、あらゆる意味で模範的といえる。スターらしいスターはQBのトム・ブレイディくらいで、あとは全国区では無名の選手ばかり。しかし、緻密に、かつ相手の意表をつくように練り上げられた智将ベリチェック・ヘッドコーチのゲームプランを確実にこなす。今年のプレーオフでも、1シーズンTD記録を塗り替えたペイトン・マニングを擁するコルツ、ランプレイで相手を蹂躙してきたスティーラースを、相手よりひとレベルスマートなプレイを見せて意外な大差で撃破した。カネや知名度を渇望する、昨今の子供じみたプロスポーツの世界にあって、「チーム」を第一に置くこの選手たちは、誰もが応援したくなるといっていい。9/11後初のスーパーボウルで、選手紹介で個人ごとではなく「ペイトリオッツ」として全員一度に登場、有利と目されていたラムズを最後のFGで破ったのも印象深かったが、あれから4年の間に3回優勝したことになる。

そんなペイトリオッツなのだが、私はイーグルスが勝てばいいのに、と密かに思っていた。それはQBのドノバン・マクナブの存在だ。

 マクナブは、NFLでは数少ない黒人のクォーターバックである。アメリカン・フットボールというスポーツでは、それぞれのポジションごとに体型や運動能力などさまざまな適性が要求されるのだが、なぜか花形ポジションであるクォーターバック(QB)には白人が圧倒的に多い。他のポジションは白人・黒人・その他の人種が適度に混じっているのだが、NFLのレベルで黒人QBが目立つようになったのはほんのこの5年くらいのことだ。
 別に、黒人がQBをしてはいけないという理由はないのに、なぜ黒人QBが少ないか。誰もはっきりとは言わないが、スキル・知性が要求されるポジションで、黒人には向かないというステレオタイプが昔はあり、今もそれが尾を引いている、ということはあるのだろう。今そのような偏見を口に出して言うアメリカ人はほとんどいないわけだが、では、なぜ黒人QBが増えないのかと考えると、子供時代の現場で黒人の子供がQBをしたがるような環境がいろいろな意味でできていない、という辺りに落ち着く。黒人の子供がQBでプレイしたがらないというのは、コーチの大人の側に偏見があるのだろうか? それとも、子供の「文化」のなかで、黒人とQBが結びつかない、ということか。はたまた、子供たちが目指すべき「ロールモデル」たるべき黒人QBがいないためか。ともあれ、QBが、アメフトというスポーツの中で突出して知性を要求するポジションであり、そこに黒人選手がいないというのはある意味恥ずかしいこととして捉えられている、という暗黙の了解があると思う。そんなこともあってか、最近は、マイケル・ヴィックやスティーブ・マクネアなど、黒人QBも目立つようになってきた。

さて、昨シーズン(2003年)10月のこと、保守系ラジオ・パーソナリティのラッシュ・リンボウが、マクナブについて、「彼が過大な評価を受けているのは、リーグが彼のような黒人QBに成功して欲しいという、社会的な意味での関心があるためだ」と発言し、論議を巻き起こした。マクナブはシーズン当初不調気味で、なかなか結果が出なかったころだった。マクナブはあえて反論しなかった。リンボウは結局ESPNのコメンテイター役を辞めることになった。(Slateに、「リンボウは正しい」というコラムが載っていた。ったく。)NFLが、潜在的に黒人QBが少ないことを恥ずかしく思っている、という意味では、リンボウの言うことは間違ってはいないと思う。しかし、現在のアメリカには、リンボウの言っていることは許されない、という空気がある。現に、彼の発言は容認されなかったわけだ。

この発言を聞いて、最初はマクナブのような境遇を身近に感じることができなかった。黒人というのは大変なものだな、と。しかし、今この発言を思い返してみると、複雑な思いにとらわれる。まず、リンボウの発言を聞いて、カチンとくるものがある。リンボウなんて、そもそもラジオDJとして売り込むために保守路線を始め、その後にブレイクしたという、要するに商売のための言説をする人だから、そういう立場でマクナブの挑戦に水を差すというのも気に入らない。また、前に比べて、マクナブのような立場の人間に対する共感も自分の中に芽生えてきていると思う。自分の好きなことをやっていたら、いつのまにか見えない壁にぶつかる。誰かが、「お前になんか出来るわけがない」と思っている。しかし、アメリカって、自由で差別のない国だったんじゃないのか。そうなったら尚更、そういう偏見を持っている奴らを見返してやりたい。また、自ら成功することが、後から続く人々に「奴らは間違っている」ということを身をもって示したいーーという気持ち。

アメリカという社会は、自由という建前はあるが、見えない差別のようなものを感じることは絶対にある。それを打ち破るには、自ら圧倒的な実力で相手の間違いを示してやるしかない、ということは感じる。そういう見えない壁を感じるとき、「ならば絶対勝ってやる」と思う、そういうこともある。人気TVホストのオプラ・ウィンフリーが、あるとき現国務長官のコンドリーザ・ライスをゲストに迎えていたとき、「結局、差別を打ち破るのは実力ですよね」と語っていたのを思い出す。アメリカという国でも、「これはこの人にはできないだろう」という先入観がないわけではない。しかし、それを一度実力でやってみせると、皆が諸手をあげて認めてくれるというのもまたアメリカ的なありかたである。黒人にはQBが出来ないという偏見を打ち破るには、結局誰かがやって見せるのが一番なのだ。

このような考え方は実にアメリカ的で、自分もだいぶ染まってしまったのかな、と思ったりもする。しかし、どうせアメリカという土俵でやっているのだから、まず認められてやろうじゃないの、とチャレンジする気持ちを肯定したいとも思う。そのことが、日本人であることをやめることにはつながらないと思うのだ。人種を意識しすぎるのもおかしいが、いっぺん、実力でぐうの音も出ないくらいに勝ってみたい、とも思うのだ。一方で、このような原理原則を世界中にまき散らすアメリカ人のうさん臭さに気がついていないわけではない。しかし、アメリカ社会の、実力さえあれば認めてもらえる、という側面は、アメリカ社会で生きている以上意識するし、それを利用しない手はない。当事者にとっては、生き残るか死ぬだけだ。(今年のスーパーボウルのハーフタイムでポール・マッカートニーが歌ったように、"LIVE AND LET DIE" なのだ。)それはアメリカで生きている以上、仕方ないことだ。

日曜日のスーパーボウルに戻る。
この4年ほど、マクナブ率いるイーグルスは、「スーパーボウル候補」と目されながら、今一歩の結果が続いた。そして、今年とうとうたどり着いたスーパーボウル。マクナブはこの試合に勝てば、優勝チームQBとして歴史に名を残すことになる。
 しかし、日曜のマクナブは今ひとつさえなかった。獲得ヤードは357ヤード、また3TDと立派な結果も出したが、インターセプト3回は痛かった。また、土壇場で10点ビハインドの場面、2回スコアしなければいけない状況で、もたもたとして時間をロスしていた。ベンチで座っているときの表情もさえなかった。マクナブの体調がおかしかったというレポートがあるが、さもありなんという出来だった。ともあれ、マクナブとイーグルスがチャンピオンとなるのは来年以降にお預けとなった。

マクナブにはぜひいつかスーパーボウルQBになってほしいと願う。
【追記 2/9/05】表現を少し改めました。

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January 30, 2005

ニューヨークのアーティスト系日本人

How Q Found Her Groove (NYT)

今猛烈に時間がないのだが、ニューヨークに住むアーティスト志望の日本人についてのこの記事は面白いかも。New York Timesの日本関連記事で新鮮さを感じたのはずいぶん久しぶり。つーかこれはNew Yorkローカルの記事だね。イースト・ヴィレッジのあたりは今はこんなことになっているのか。NYUのあるあたり。
 やじゅんさんあたりにぜひコメントしてもらいたいところ、と振ってみる。
 この系統のブレイク寸前の日本人といえば、マンガ家のMisako Takashimaさんとか。(Misako Rocks!)アメリカ留学中にマンガを描きはじめて、昨今のマンガ人気に乗ってメジャー契約をゲットした。文学ではこの系統の元祖は多和田葉子さんかもしれない。誰も、自分なりの表現の方法を見つけてそれが地道に受け入れられているということだろうか。ま、私にとっては近そうで遠い世界かもしれない。

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December 13, 2004

「男性は自分の上司よりも秘書と結婚したい」という研究

Glass Ceilings at Altar as Well as Boardroom (NYT)

最近のR30さんのエントリについて、日本の働く女性も大変だなと思っていたところ、Althouseでちょうどこんな記事がリンクされていた。この記事では、ミシガン大学で発表された心理学の研究結果について紹介している。記事のタイトルの "Glass Ceilings" というのは、女性が社会進出するときにぶつかる「見えない壁」のことで、会社の重役室だけじゃなくて結婚式の行われる教会の祭壇でも障害がある、という意味。記事の書き出しでは、研究の結果を次のようにまとめている。

Men would rather marry their secretaries than their bosses, and evolution may be to blame, psychology researchers at the University of Michigan reported last week.

The study, in which college undergraduates were asked to make hypothetical choices, suggests that men in search of long-term relationships prefer to marry women in subordinate jobs rather than women who are supervisors, said Dr. Stephanie Brown, a social psychologist at the University of Michigan's Institute for Social Research and the report's lead author.

男性は「自分のボスよりも秘書と結婚したい」、つまり、「長期的なおつきあいを求めている男性は、自分の上司よりも自分より地位が低い女性を選ぶ傾向にある」というわけだ。この記事に沿って、実験モデルを説明すると次のようになる。

  • 大学生の男子120人、女子208人に対して、「職場で知り合った人」というシチュエーションを想像してもらい、質問に答えてもらう。
  • 例えば、「あなたはつい最近就職しました。そこのあなたの直接の上司(同僚、部下)はジェニファーさんと言います」という状況で、ジェニファーさんをパーティに誘うか、付き合うか、結婚するか、の可能性を最低1から最高10で採点してもらう。
  • その結果、女子の場合は相手の地位はあまり点数に影響がなかった。いっぽう、男子は、パーティに誘う場合には差がつかなかったが、結婚となると、上司よりも部下という好みがはっきりと現れた。

この結果について、研究を行った「社会心理学者」は、このような傾向は、単に男性が虚栄心が強いとか、プライドを傷つけられたくないとかいうだけでなく、人間の進化のプロセスで組み込まれた傾向だという。すなわち、男性に従属する女性は、浮気もしないから、多くの子孫を残しやすく、子孫を残すという観点で優位に立つわけで、男性は、子孫を残す割合の高い女性を本能的に選択するのだと。

というわけで、この研究は女性の社会進出を進めるという理想にストレートに冷や水を浴びせかけているわけだが、心理学の方法論には疎い私でさえ、こんなアンケート結果から「進化論が…」という結論を導き出すのは少々飛躍があるのでは、と思わざるを得ない。このような結果が出るのは、現在のアメリカの大学生の結婚観というか、社会観というかを反映しているかもしれないが、そのような結婚観を持つようになった理由には、経済的・政治的・社会的な要因がからみあっているはずで、それをすっ飛ばして生物学的な説明をしてしまうのはおかしいだろう。しかし、アメリカの若い男の大学生の本音と考えると面白い。日本で同じようなアンケート調査をして同じような結果が出たとしても、「日本はアメリカと違ってまだまだ女性の社会進出への理解が足りませんね」というような説明が出てくるのだろうが、アメリカでこういう結果が出たのだから、アメリカでもまだまだ「差別」が続いていると考えるのか、それとも日本もアメリカも(社会の表に出る理想的な議論はともかく、本音としては)大して変わらないと考えるべきなのか。

で、この記事を紹介していたブログ、Althouseでは、これと対照して、ノーベル文学賞受賞の作家、Elfriede Jelinek のインタビューを紹介している。

I describe the relationship between man and woman as a Hegelian relationship between master and slave. As long as men are able to increase their sexual value through work, fame or wealth, while women are only powerful through their body, beauty and youth, nothing will change.
-- How can you cling to such dated stereotypes when you yourself are acclaimed internationally for your intellect?
A woman who becomes famous through her work reduces her erotic value. A woman is permitted to chat or babble, but speaking in public with authority is still the greatest transgression.
-- You're suggesting that your achievements, like winning the Nobel Prize in Literature, detract from your overall appeal.
Certainly! A woman's artistic output makes her monstrous to men if she does not know to make herself small at the same time and present herself as a commodity. At best people are afraid of her.

男性と女性の関係が主人=奴隷の関係であって、男性の性的価値が仕事や金・名誉によって上昇するのに対し、女性の性的価値は肉体・美・若さなどによって上昇するという根本的な枠組みが変わらない限り、なにも変わらないと言っている。この作家自身の体験もこめての意見なのだろうが、現象的には、男性は自分より地位が低い女性を好み、自分より成功している女性は脅威に感じる、という点では上の研究結果と同じ現実を示していると思う。

R30さんの記事に戻ると、結婚もしたいし社会で活躍もしたいという日本の若い(30代の?)女性と、そういう女性に「理解」を示しつつも本音では家庭に入ってもらいたいという若い(同世代の?)男性のあいだで、女性の方がダブル・バインドに陥っている、という観察は興味深いが、それが、日本では女性の社会進出への理解がまだまだ低いから、という説明も不十分な気がする。アメリカでもヨーロッパでもそういう現実はあるからだ。むしろ、男女関係のなかで権力関係がむきだしの形で表面化する、というあたりで、日本と欧米の男女関係が似てきているという証拠のような気がするのだが。ただ、日本ではこのあたりの関係が50年前にはどうなっていたかということを思い出せないということが、ある種の喪失感につながっているとは思うのですがいかがでしょうか。(いや、私にはこんなエントリを書くほどの経験も知識もないので皆さんからのコメントをお待ちしています。)まあ、Althouseも言っているように、こういうドライな見方で結婚を見るというのも寂しいわけですが。

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October 21, 2004

ワールドシリーズは「クラシック」の予感

今年のワールドシリーズはカージナルスとレッドソックスの対戦になった。実は、アストロズが勝ったらテキサス対マサチューセッツで大統領選挙と同じだとか、クレメンスが古巣レッドソックス相手に投げたら盛り上がるだろうな、などというエントリを掲載するつもりで、ちょっと準備してあったのだが、それはボツになった。しかし、今年のベースボールは盛り上がっている。ヤンキースxレッドソックスは、両チームがここ数年は毎年のように猛烈なライバル意識でいつもドラマチックな展開になるのだが、今年は絵に描いたような逆転劇。試合としても、ベースボール史上最高のシリーズではないか、と言う評価になってきている。

私はボストンに住んでいるレッドソックスファンを何人か知っているが、みんな熱狂的なファンだ。彼らは勝利から24時間経った今も余韻を味わっているにちがいない。とりあえず、ボストン・グローブ紙のコラムニストのコラム "Story is too good for words"でも読んでみて下さい。いっぽう、勝つのが当然と思っていたヤンキースファンには、この逆転劇は耐え難いかも。ニューヨーク・タイムズの書評家であるミチコ・カクタニ氏も、「宇宙の秩序が崩壊した」なんて書いている。普段は文芸書の書評ばかりしているのに。面白いのは、ワシントン・ポストのこのコラム。「レッドソックスはさっさと勝って、憎悪と怨念から卒業してくれ」と書いている。ボストンのファンはペシミズム、否定思考、ルサンチマンで有名だから。レッドソックスが勝ったら、それこそ宇宙の秩序が崩壊したような感覚になるだろうなあ。

カージナルス、今日の試合は後半はすこしゆっくり見られたのだが、プホルスやローレンなどの強打者に加え、守備が強く小技の効いたベテランがずらりとそろったラインナップ。チームとしてのバランスはこちらの方が上のような気がする。これでは田口の出番はないかもしれないが、もし伝統あるカージナルスの一員としてワールドシリーズ優勝を体験できたら、これこそ野球人冥利につきるだろうなあ。そう、カージナルスも、レッドソックスに負けないくらい、熱狂的なファンと歴史をもったチーム。この2チームはワールドシリーズで二回顔を合わせているそうで、どちらもカージナルスがレッドソックスの優勝を阻んでいる。ともかく、すごいシリーズになりそうだ。

それにしても、こんなにベースボールが盛り上がるなんて。今は、NFLよりもNBAよりも熱い。スローペースだから最近の若い人はバスケのほうが人気、といわれてきたが、どっこい、メジャーのベースボールは面白い。来週一週間はアメリカはワールドシリーズ一色だろう。そして、ハロウィーンがあって、その次の週の火曜日が大統領選。祭りは続く、といったところか。

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September 11, 2004

近況など

米大統領選について、news_from_japanからいらした訪問者の方へ。エントリの最後にカテゴリ別リンクがあり、関連記事をすべて見ることができます。例えば、U.S. Election 2004には過去の大統領選関連の記事が出ていますのでお読み下さい。

新しい職場での仕事が始まって、新学期の授業の準備に加えて、いろんな人に会ったり、新しい仕事のシステムに慣れたり、と何かと忙しい。時間にはまだ余裕があるのだが、新しい環境に慣れるというのは知らず識らずのうちにストレスが溜まるもの。
運動も始めなきゃと思いプールに行ったのだが、朝早くから学生やら職員やらで大勢の人が来ている。なにしろ泳ぐのが遅いので、後ろから来ていないか振り返りながら泳いでいたら首が痛くなった。

そんなわけで、2、3日前には久しぶりにバスタブにお湯を張った。今住んでいるアパートではバス・トイレはその機能さえ果たせばいいと言うので風情も何もないのだが、お湯を張って、バスタブに仰向けになってお湯につかって、たまたま近くにあった山本夏彦の『完本・文語文』を読んだ。そういえば、村上春樹に『やがて哀しき外国語』という本があった。外国で肩肘張って暮らしていると、ときどきほっとしたくなるものだ。村上春樹のアメリカ体験も、そんな瞬間があったのだろう。その時に発した言葉が、七五調で文語的な言葉、というのは、実感としてよくわかる。(「哀しき」というのを「文語」と言ったら天国の山本夏彦さんに笑われそうだが、アメリカ文学の翻訳文体で書き続け、日本の小説的な文体に反発してきた彼の作品群を考えると、彼にとってはこれでも文語と言ってもいいのではないか。)

その日は体も温まってゆっくりと休めたのだが、疲れはなかなか取れない。週末は少し休んで来週もまた頑張ろう。

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August 27, 2004

「チーターマン」、シマウマと再戦へ

日本、メダルラッシュですごいですね。女子マラソンは生で見ましたが、野口選手の勝ちっぷりは本当にすごかった。

さて、米国のオリンピック。さえないドリームチーム、体操ポール・ハムの誤審疑惑など暗いニュースも多い中、私の一押しニュースはこれ。
Calling for a Rematch, Cheetah Man vs. Zebra (ESPN)
「チーターマン」というのは、陸上男子200mで優勝したショーン・クロフォードのニックネーム。この1年くらいで急に陸上のスターになった。
この選手、無名時代の去年、"Man vs. Beast" というテレビ番組でシマウマと競走し2回とも敗れている。(この番組、ホットドッグ早食いの小林尊がクマと早食い競争した番組である。)当時は力はあるがスタート技術などを磨いていなかったためいい記録が出せないでいた。そころがこの番組出場後、有名コーチについてまじめに練習を始めてからめきめき記録を上げ、五輪予選で見事に100m, 200mの出場権を得た。本戦では、100mでは惜しくも4位(0.04秒差)だったが、200mでは見事優勝した。このレース、地元ギリシャの選手がドーピング疑惑で出場しなかったため、観客がブーイングの嵐を起こし異様な雰囲気だったが、見事勝利。勝った後の神妙な表情が印象的だった。

で、早速「シマウマと再戦か」という話題が。ESPNのサイトに本人のコメントは出ていないが、エージェントによると本人は結構乗り気らしい。「ショーンの体調は今までになくいい。でも、あのシマウマはショーンを避けているから…」とか。しかし、100m金メダリストのガトリンが「シマウマとは俺に走らせてくれ」といっているらしい。シマウマは逃げないで、100mでガトリンと、200mでクロフォードと是非対戦してもらいたい。

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August 07, 2004

とりあえず。

 Googleで「バラック・オバマ」と日本語で検索するとこのサイトが一番上に来るようです。(挨拶)
 引っ越しをしていたのでこの数日更新できませんでしたが、やっとネット接続環境も整いました。
 今回引っ越しをして、家具が足りないので、いろいろと探している。アメリカでは、引っ越しで出て行く人が家具などを売る「ムービング・セール」などで家具を安く手に入れることができる。昨日、近所のアパートで「ムービング・セール」の広告が出ていた。名前で日本人の人とわかって、電話してみると、まだ広告を一日しか出していなかったのに、ほとんどのものが売れてしまったという。それでも残っているものを見せてもらって、マットレスとコーヒー・テーブルを購入することになった。その人は、「日本人は、持ち物を大切にするということで、信頼されているみたいですね。買ったものの箱を取っておくし、きれいに使うし。だからこんなに早く売り切れたんでしょう」と言っていた。
 どこの国と比較してどう、というつもりではないのだが、こういう評判というのはうれしいものだと思う。海外在住、また海外旅行をする日本人の皆さん。こういう評判が長続きするよう、ちょっとしたことに気を付けたいものですね。

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July 20, 2004

千と千尋占い。

千と千尋の神隠し占い (成城トランスカレッジ!! ―戯言@はてな― 経由)

あなたは千尋タイプです。

あなたは現状にどうしようもない不満を持っているかもしれません。ただ意味もなく。やればできるのに、なにもやろうとしないときがあるでしょう。不満がありすぎて、今さら行動する理由が見つからないのかもしれません。自分が本当はどうすればいいか、あなたは分かっているはずです。チャンスを待って開花してみると良いでしょう。あなたの内に秘めたパワーはとても大きなものです。

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July 16, 2004

アメリカで『風雲!たけし城』がカルト番組になっている

「料理の鉄人」など、アメリカのテレビで日本の番組がカルト的人気を得ることは今までもあった。ホットドッグ早食いの小林尊クンなどもある意味そうだろう。で、最新の日本発ヒット番組は何と『風雲!たけし城』らしい。Slate.comの記事から。
No Pain, No Gain (Slate)
アメリカでのタイトルは "Most Extreme Elimination Challenge" (略称MXC) という。この番組を制作・放送しているチャンネルはSpike TVというのだが、このチャンネル、"First Network for Men" というだけあって、若い男性向けの番組を24時間放送していて、「マグガイバー」の再放送があったり、お色気番組があったりする。その中で、この評者はMXCを「奇妙に芸術的で、純粋に共感を呼ぶ」唯一の番組として紹介しているのだ。
最近、アメリカのテレビは「リアリティーTV」流行り。一般の視聴者が参加して、いろいろなゲームやら課題にチャレンジさせて勝者を決めるというフォーマットだ。一般人の素のリアクションやら脚本のないドラマなどを楽しむ番組。日本では『電波少年』あたりから人気があったが、アメリカでは3、4年前からこのジャンルに火がつき、ネットワークのチャンネルはこの手の番組を毎日のように放送している。で、『たけし城』の映像はこのアメリカのテレビ番組のムードにぴったり合うらしい。

米国版"MXC"は、オリジナルをかなり編集して制作されている。会話はすべてこちらのコメディアンが吹き替えているし、たけし軍団や挑戦者の名前はすべてアメリカ人の名前に変わっている。そのまんま東演ずる家老は「ケニー」。画像として面白い部分を集めただけの編集なので、最後に城が乗っ取られたかどうかもわからない。でも、ラッシャー板前が両足に馬をくくりつけられてまた裂きにあったり、顔から泥につっこんだりというのには翻訳は必要ない。ばかばかしい映像には国境はないのである。(それにしても、この番組、今になって見直してみると、泥やら水やらに突っ込むシチュエーションが多いよな。)

ところで、この紹介記事では、筆者が映画監督ということで、けっこううがった見方をしている。まず、殿様役をしているのが今は国際的な映画監督になった北野武(筆者は「小津やスコーセシに比肩する」と紹介している)だということをしっかり押さえている。これは、この番組をバカ・コメディとして見ているアメリカの視聴者は見逃してもおかしくないところ。監督としての北野武は、キタノがオオシマやらイマムラほどポピュラーなフランスほどではないかも知れないが、アメリカでも外国映画ファンには「その男凶暴につき」「ソナチネ」「HANA-BI」などが知られつつある。また、記事でも紹介しているが、今月には『座頭市』も公開される。この記事では、その北野武が昔はビートたけしというコメディアンだったことなど、彼の日本でのキャリアを紹介している。また、彼が『たけし城』で演ずるキャラは「(ダンテ『神曲』の)ヴァージル役」(つまり、地獄の案内人)で、防具はヘルメットしか着用していない一般参加者が次々とおまぬけなゲームで苦闘するのをすまして高みから見下ろしている重要な役割なのだと指摘している。これって、たけしのコメディの本質を突いていないだろうか。

さらに、たけしのことを、ハイ・カルチャーとロー・カルチャーが混在しているという意味で、クエンティン・タランティーノ監督と比較している。この比較はけっこう的を射ている。タランティーノが『バトル・ロワイヤル』の大ファンなのは有名な話で、日本のヤクザ映画などB級映画の影響は彼の "Kill Bill vol. 1" にも色濃く出ている。『たけし城』を作りながら映画も作るという感覚は、タランティーノにはよく理解できるのではないだろうか。(タランティーノ自身、リアリティTVで最も人気のある『アメリカン・アイドル』の審査員を務めて話題になった。)幸か不幸か、このタランティーノ=たけしのラインが、現代の日本の文化とアメリカの文化の関係を考える上で見逃せない強力な流れの一つになっているとさえ言えるのではないだろうか。

こう見てくると、現代のアメリカ文化と日本文化は思わぬところでつながっているし、似ていることも多い。この評者は、この番組ではわざわざテレビに出て恥をかくことこそが最大の賞品で、それは今のアメリカでも同じ、と言っている。アメリカ英語ではにわか有名人の期限は15分("Fifteen minutes of fame")という言い回しがあるが、それに引っかけて"Fifteen minutes of shame" こそが賞品、だとまとめている。まあ、それもそうなのだが、体を張ったコメディとか、キッチュな衣装とか言うたけしの芸風がこれだけアメリカでも受けるというのは面白い。この紹介記事にしても、細かく見ていくとけっこう誤解があるのだが、"First Network for Men" の番組を見てこれだけのうんちくを傾けることができる批評家がいるというのは、今のアメリカで日本文化がどう理解されているかという問いの一つの答えになっていると思う。

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June 19, 2004

ホットドッグ早食いはスポーツか

Takeru "The Tsunami" Kobayashi(小林尊)こそ、国際的なセレブ(極東ブログ)

今年も、コニーアイランド名物のホットドッグ早食いコンテストの季節がやって来た。
このイベント、公式サイトによると第一回は1916年に行われたとあるように歴史のあるイベントなのだが、ほんの数年前はNYローカルのマイナーなイベントだったように思う。私の経験では、7月4日のNY近郊のローカルニュースで、終わり頃に地元の話題として流れる程度だったと思う。むしろ、日本食料品店のレンタルビデオで「TVチャンピオン」を見て、こんなイベントにも日本人が参加していると気がついたくらいだった。しかし、この2、3年は断然アメリカの各種メディアの注目を浴びており、メジャー化が進んでいる。特に、今年はスポーツ専門局のESPNが7月4日に生中継するということで、ESPNのサイトではこんな記事が出たりして期待感をあおっている。

このメジャー化の背景に、小林尊の活躍がある、というと日本人への贔屓目に見えるかもしれないが、実際彼の出現によりこのイベントの質がかわったように思う。
●まず、彼のデビューが鮮烈だったこと。2001年に初登場したとき、今までの記録が12分で20個そこそこだったのが、いきなり50個という、今までの2倍以上の新記録を立ててしまった。これはインパクトがある。
●このサイト(去年の早食いコンテストの特集番組を紹介している)の表題にある通り、アメリカのシンボル的な存在のホットドック早食いを日本人が独占しているという状態は、アメリカ人としてはかなり愛国心を挑発するものがある
●さらに、彼は外見(やせ型)と実力(大食い)のギャップが大きいから、テレビ的には「キャラ立ち」して、番組にしやすい。
というわけで、彼はホットドッグ早食いのヒーロー的存在になったといえる。APの記事でも中心的に扱われているのも当然といえるだろう。

ところで、このイベント、仕掛け人が非常にうまくやっている部分もある。単なる「早食い」を "competitive eating" という「スポーツ」として売り出し、"International Federation of Competitive Eating" という競技団体まで作ってしまった。(公式サイト)この会長と名乗るジョージ・シェイという人物は前述の特番にも出てきたのだが、なかなかやり手の営業マンという感じの人物だった。また、つい最近、ESPNの特番に引っかけて、「Competitive Eatingはアイスホッケー(NHL)よりもメジャーなスポーツになった」と豪語したのが話題になった。とにかく話題作りがうまいのだ。

さて、この件に関連して、面白いアンケートをESPNのサイトで発見。「次の競技のうち、スポーツといえないのはどれ?」というもの。ゴルフ、卓球、自動車レース、ドッジボールなど、普通はスポーツと思われていても「運動能力」を使うという点で疑問視されている競技の他に、次のような、今までの常識ではスポーツとは見なされなかった競技についてアンケートしている。
○ポーカー (25.6%)
○チェス (18.3%)
○ジャグリング (20.9%)
○スペリング(英単語をスペルできるかどうかを競う) (5.4%)
○Competitive Eating (28.8%)
○ダーツ (50.3%)
括弧内は「スポーツと思う」人の比率。スペリング以外は、意外と高い支持率を得ている。この中でも、特にポーカーは今アメリカではまれに見る大ブームを巻き起こしている。ESPNは朝から晩までポーカー世界選手権の再放送を流しているし、オンラインポーカーもものすごい人気らしい。とくに、No Limits Texas Hold'em という種目が、高いギャンブル性もあって注目を集めている。芸能人のポーカー番組などもすべてこの種類でプレーしている。

では、ポーカーはスポーツなのだろうか。このコラムでは、選手たちがものすごいプレッシャーと戦っている、その点だけでもスポーツと見なして良いと言っている。たしかに、ポーカーの中継を見ていると、個性ある選手が次々出てくるし、競技のドラマ性も申し分なく、ついつい見せられてしまうのは確か。スポーツをする方はともかく、スポーツを見る醍醐味はドラマにあるといえるからだ。

社会学的に見れば、「スポーツ」というのは、現代社会を理解する切り口として興味深い現象であると思う。スポーツは言うまでもなく巨大ビジネスと化しているし、また、多くの人々がスポーツとなると我を忘れて熱狂するというのも、アメリカ文化におけるスポーツの占める位置の大きさを示していると思う。

ともあれ、もしポーカーがスポーツだといえるならば、ホットドッグ早食いは間違いなくスポーツといえるだろう。これまでの経過からして、小林選手は多分今年もぶっちぎりで優勝するのだろう、と予想を書いてしまうところを見ると、自分もこの「スポーツ」の魔力に取り憑かれているようだ。

おまけ:「07年頭脳五輪」実現目指す 国際囲碁連盟総会で決議 (asahi.com)

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April 16, 2004

運がよけりゃ

昨日、学生劇団による『マイ・フェア・レディ』を見に行った。それにしても、アメリカの学生が演ずる演劇・ミュージカルなどは、非常にレベルが高い。大学の演劇専攻の学生はともかく、高校生の制作の劇に行ってもほとんど外れがない。昨日のものも、主演のエライザ役の学生が張りのある、すばらしい歌声の持ち主で、感心した。
 恥ずかしながら、『運がよけりゃ』(クレージーキャッツ?)の本歌がこのミュージカルのナンバーとは知らなかった。

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March 29, 2004

LIBRIe

ソニーの新しい電子ブック端末、LIBRIeのレビュー。( aozora blog経由)
このレビューを読む限り、画面表示は紙を読む感覚にかなり近くなっているらしい。ただ、現在のところ、新潮社などの有料電子ブックサービスの専用端末ということ。aozora blogにも書いてある通り、これでは青空文庫などのテキストファイル、またはエキスパンドブックファイルが開けない。また、ファイルに60日という期限がついているので、長く取っておきたい学術書や小説には不向き。(この点については、ほら貝の加藤氏の意見(12月3日付)に同意。)

やはり、電子ブックというカテゴリーでは、コンテンツの著作権をどう扱うかが一番の問題になってくるのだろう。音楽では、アメリカではiTunes Music Storeのサービスが始まって半年ほど経つが、音楽ファイルをデスクトップから1曲99セントで購入できるというシンプルさと手軽さが魅力。日本版のサービス開始は目処が立っていないそうだが、著作権問題がクリアできていないのが理由というのは容易に想像できる。出版業界としても、コピー防止しながら手軽にダウンロードできるというフォーマットを確立し、さらに採算が取れるビジネスモデルを軌道に乗せなければならないのは同じ。このサービスがそこそこのスタートを切れるか、様子を見てみたい。

それにしても、この端末、Macに対応していないというのは何とも。最近は、クリエの例にもあるように、ソニーはMacにはとことん冷たい。

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March 11, 2004

hunkabutta.com

けっこう有名なフォトブログなのですが。日本在住のカナダ人(確か)のサイト。日本の日常生活が自然体で撮れていてとてもおもしろい。日本人だったらここには注目しないだろうなあ、と思わせるが、エキゾチックなところばかり撮っているわけでもない。

このサイト、イラク戦争中にも更新を続けていたバグダッドのブロガー、Salam Paxのサイトからのリンクで初めて知った。(このブログの日本語訳が最近出版された。)Salam Paxというのは仮名(Salamはアラビア語、Paxはラテン語でともに「平和」の意味)で、戦争中もずっとブログでバグダッドの様子を発信して話題になった。彼は検閲を逃れるために隣の国のヨルダンのプロバイダに国際電話してダイアルアップ接続していたそうだが、そんな彼がこのサイトを見ながら、東京の街に想いをはせていたんだろうなあと思うと、インターネットによってのみ可能になった人のつながりについて考えさせられる。

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March 09, 2004

大学教授はなぜリベラルなのか

デューク大学で、人文・社会科学の学部では教授が左寄り過ぎるということでちょっとした論争になっている。保守的な学生団体が教授にインタビュー調査をしたところ、民主党員が共和党員に比べて圧倒的に多いということで抗議の広告を出したのがことの発端。大学側ではこの問題についてシンポジウムを開いたりして対応している。この意見広告を見ると、この大学の歴史学部では、民主党員32人にたいし、共和党員はゼロなど、かなり差が出ている。大学教授はどこでも左寄りなものだが、こうして数字ではっきり出てくるのも珍しい。これに対して、同じ大学の哲学教授が、「教育レベルの高い人にリベラルが多いのは、NBA(米バスケットのプロリーグ)に背の高い人が多いのと同じで、仕方がない」と言ったりして、論争の火に油を注いだりしている。本音なのだろうが、あまりに無防備な発言で開いた口がふさがらない。

アメリカの大学では、教授の人選や学生の選抜の際に、人種や性別による差別のないようにかなり注意を払っている。このような政策を推進しているのはリベラル派なのだが、不満を持っている保守派の学生が、「多様性」という言葉を逆手にとって反論しているということなのだろう。一方、大学教授の側は、ブッシュ政権が特に9/11テロの後大学内の政治的発言に干渉するような動きが目立つ中、こういうことが問題になること自体保守反動の言論弾圧の一環だと言ってかなり敏感に反応している。

私の個人的な経験から言っても、アメリカの大学では教授は圧倒的にリベラルだが、学生は五分五分、どちらかというと保守派が多く、意識がだいぶ乖離しているように思う。

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(2006年5月 むなぐるま管理人からの受託により保管)

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