むなぐるま

アメリカ在住の研究者(の卵)による日常観察・オピニオン系Blog

February 14, 2005

Bull****の哲学

A Princeton Philosopher's Unprintable Essay Title (New York Times)

秀逸。
記事に引用されている一節から。

"One of the most salient features of our culture is that there is so much [bull]. Everyone knows this. Each of us contributes his share. But we tend to take the situation for granted. Most people are rather confident of their ability to recognize [bull] and to avoid being taken in by it. So the phenomenon has not aroused much deliberate concern, nor attracted much sustained inquiry."

記事では、"[bull]" と "lies" は違うという議論が紹介されている。すなわち、"lies"は真実に明らかに反するもので、われわれはそれに怒りをもって反応するが、ウソをつく人は真実を意識しつつもあえてそれに反しているぶん、真実に関心がある。しかし、"[bull]"は、真実もウソもなく発せられるのだから、われわれはそれにさまざまな反応をするのだという。
 何でも、現プリンストン大学名誉教授の著者がこのエッセイを書いたのは20年ほど前で、著者のエッセイ集に所収されていたが、アングラで根強い人気があり、このたび「単発のエッセイで出版しませんか」 と声を掛けて出版に至ったとのこと。
 哲学というのは人間の根本問題を扱う学問なのですが。まじめにこういうシリアスな問題に取り組んでいる哲学者をほめるべきか、こういう素晴らしいネタ哲学者を見つけてくるNew York Timesをほめるべきか。
本の情報はこちら。

On Bullshit
Harry G. Frankfurt



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本のリンクを右の"Featured Items"にも貼っておきました。

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February 02, 2005

アニメ・舞姫

アニメ・舞姫レビュー (uso8oo)
愛・蔵太の気ままな日記経由。テキストサイト的に秀逸な「アニメ・舞姫」の読み解き。

鴎外の「舞姫」は、私もアメリカ人学生向けの日本文学の授業で使ったりするのだが、確かに話の筋だけ見たらバッドエンドで終わるギャルゲーと思われても仕方ないかもしれない。事実、アメリカ人の学生からの反応をみると、「ガールフレンドを妊娠させて逃げるなんて豊太郎はひどい人ですね」というようなリアクションがあることはある。問題は、逃げるどころか、優柔不断で、自分でなにも決断しないままでいて、結局人を恨んだりするところなんだけれど。これで「エリスを捨てる!」と自分で決めたんなら、その理由はどうであれまだ勇気があるといえると思うのだが。

まあ、「舞姫」は、伝統的な価値観や国家への義務・忠誠心によって規定された自我と、ベルリンの自由な空気に触れて目覚めつつあった「まことの我」が、話のプロットだけでなく文体のレベルでもせめぎあっている作品、として読めば面白いと思いますけどね。しかし、西洋と日本、公と私の二つの価値観の相克に生きた明治人、というような歴史的・作家論的な読み方は、明治という時代に共感やつながりを覚えない人達にはあまり説得力のない読みになってしまっているというのは確かかも。(アメリカ人とか、最近の若い日本人とか。)

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January 04, 2005

新年に:(2)「土着の情報提供者」としての在米日本人研究者

さて、私が以前日本のあるフェローシップに応募したときのこと。結局落選だったのだが、落選の知らせに同封されていた小冊子に、審査委員長による講評が載っていた。この講評で、海外での若手日本人研究者について直接言及した部分があり、私としては日本の研究者が私のような海外の日本人研究者をどう見ているかがよくわかり、腹立たしくも納得したものだった。この講評について少し紹介してみたい。(私が匿名で書いている以上、この講評および著者への直接言及は避けておくが、著者は某超一流国立大学の、一般にも名の知れた教授である。)

この著者は、海外の、特にアメリカの大学の博士課程在学者による申請書が「よく書けている」と指摘する。(カギ括弧は講評の著者。)それは、必ずしも悪いことはないのではないのだが、おそらく、アメリカの大学の博士課程の研究計画書を引き写しているのだろう、と推測するのだが、それにより、「申請書・報告書文化」の弱い国々(それは日本も含むのだろう)の申請書が見劣りするという現象がある、と指摘する。

そこで、著者は、「その研究の成果である論文は誰に向かって書かれるのであろうか」と問う。著者の修辞的疑問を平たく言い直すならば、要するにアメリカの日本人研究者は、日本の学会にその成果を還元するのではなく、アメリカの学会を補完するだけなのではないか、というのだ。そこで、著者は次のように言う。日本やアジア出身の留学生は、博士号取得が第一の目的なのだから、言語や歴史体験などのアドバンテージを生かせる日本・アジア関係のトピックを選ぶ。また、指導する学科のほうでも、ネイティブの知識を利用し、欧米人の知識を補う研究テーマが選ばれているのではないか。しかし、そのような研究は、結局研究先進国と開発途上国の格差を広げることにはならないのか。また、そもそも欧米の大学に留学することを選んだのは、研究環境やいままでの研究の蓄積などの理由はあろうが、日本やアジアの研究をするならなぜ欧米に留学するのか。

著者は結論をぼかしているのだが、あえてはっきり書くと、だから、(研究発展途上国である)日本の財団の研究資金は日本やアジアで学ぶ学生や研究者に与えられるべきだということなのだろう。研究先進国であるアメリカ・欧州の学生・研究者は恵まれた環境の受益者なのだから、我慢しろ、と。

該当の基金が、日本やアジアの学生・研究者の支援を重点的にすべきと考えるのはわかるし、それがその基金の方針なら部外者の私が口出しするいわれはない。しかし、この講評に表れている見解について、いくつか反論したい点がある。

まず、アメリカの大学における日本の研究者について、認識がすこし違っているという気がする。多くの日本人留学生は、日本で奨学金を取るのでなければ、大学から直接得られる奨学金で生計を立てるしかない。学生ビザではアルバイトも限られる。また、アメリカ外で研究・調査をする場合、アメリカ国籍・永住権がなければ、フルブライトなどの大手奨学金の資格もないから、海外で調査する場合に非常に困難な事態になる。該当の基金にも、そのようにアメリカのシステムからあぶれたアメリカの大学所属の日本人やアジア諸国の学生が多数応募しているのだろう。この著者の考えに従えば、そのような学生たちはこのような基金を受け取るべきではないということになる。しかし、そのような多くの研究者(特に、言語のハンデのある人文・社会科学系)の多くは、かなり切りつめた生活を送っている。

しかし、もっと大きな問題は、アメリカ在住の日本人・アジア人研究者が、native informant、つまり、「土着の情報提供者」としてしか仕事をしていない、という大きなところでの認識である。アメリカ在住の日本人研究者は、基本的にアメリカ人研究者の問題意識ーそこにはアメリカ中心的な見方もあるだろうーを素直に受け入れ、現地の生のデータを提供するだけなのだと。わかりやすくいうと、植民地の主人に仕えて、部族の情報を教える土人ということか。一昔前の人類学では、そうした「土着の情報提供者」を利用した研究の問題点について理論的な考察がなされたが、この教授の見解を意地悪に解釈すれば、日本の大学の部族のリーダーとしては、裏切り者には金を出せないよ、とでも言えるのかもしれない。

さて。私は、この見解は心情的には非常によくわかる。むしろ共感すらする。
アメリカで研究する[アメリカ人の]日本研究者を見ていると、自分の文化中心の世界観が鼻につくことがしばしばある。[だから、アメリカ人研究者の問題意識のみが学会で中心的に扱われ、日本人研究者に「土着の情報提供者」的なあり方を強要しているという事情に対して苛立ちを感じることは多い。]そういう[アメリカ人研究者の]連中に限って、フルブライトやら国際交流基金やらの奨学金で月ン十万円ももらって[日本で]優雅な留学生活をしている。(ま、そう見えるのには私の僻みもあるだろうが。)そのうえ、書いた論文も首をひねらざるを得ないものも少なくない。それこそ先進国と途上国の差が広がるばかりである。

[追記:私もアメリカ人の研究者の友人が多いから、この点については必ずしも一般化できるとは考えていないが、アメリカ人の日本研究者が、(日本の)国費による日本留学について既得権益のように考えている点については否定できないと思う。ついでに言うと、地方自治体や公立中学・高校で英語のネイティブスピーカーを受け入れている JET Program は、将来日本に関心を持つ欧米人を増やす意味で意義はあると思うが、あんなに給料を高くしている必要はあるのだろうか。オーストラリアなどで日本語を教える日本人はボランティア同然で教えているのに、日本で英語を教える米国人・オーストラリア人などが、住宅・食事付きで月に数十万円の手当をもらっているのは過剰ではないか?]

しかし、そのような現実に反発して、アメリカで勉強している学生・研究者への支援を閉ざしてしまうのはどうだろうか。むしろ、日本の言語・文化・歴史を体で知っていて、なおかつ欧米の学会におけるコミュニケーション能力を持つ人材を育成すべきではないのだろうか。その意味で、この教授の態度は日本の最高学府の教授にしては少々大人げないという気がする。(それとも、日本の学会を「アジアの盟主」として位置づけるという政治的な意図があるのだろうか。)そのような感情的な反発のため、アメリカの学会の望ましくない現状を変革する芽を摘んでしまっているとは考えないのだろうか。

実際、アメリカのアジア関係学会を見ると、日本学・日本研究における日本人の割合はかなり低い。たとえば中国学・中国研究をみると、ネイティブ中国人(本土系・台湾系・その他)の率が比較的高いのに比べると、日本学はまだまだだ。アメリカの学会でネイティブの割合が増えると、基本的な言葉の解釈などにおけるレベルが上がるし、何よりアメリカ中心の見方が中和される効果があるように思う。日本人研究者がnative informantに甘んじている現状を本当に変えたいんだったら、何より日本人の研究者がアメリカなどの学会でもっと発言する必要があるのだ。

また、この教授は、日本のような研究「途上国」を支援することにより、研究「先進国」に対抗すべき、と考えているようだが、この文章をみるに、英語で発言することの意義を過小評価しているように思う。たとえばアメリカの学会において、もちろん日本研究の専門家は日本語文献を読めるのだが、それ以外の人々にとっては、英語で書かれていなければ書かれていないに等しい。また、日本在住の日本人研究者(とくに日本研究)で、英語で発表できるだけの英語力を持った人を多く知らない。高校時代に英語ができなかったから国文科を選んだ人がおおいのかどうかは知らないが、英語で発表し、議論出来る人はまれだ。通訳を通せばいいのでは、という人は、自ら通訳を通して外国人研究者の発表を聞いてみると良い。通訳を通せば時間が2倍かかるし、なにより日本語を話せる人とは伝わり方が断然違う。ニュース番組でも、アメリカ人の識者の意見よりは日本語堪能な外国人タレントの御説の方が重宝されるではないか。

長くなったが、日本で研究に携わる方にとって、このエントリが海外在住の日本人の立場について少しでも考えるきっかけになれば、と思う。海外の日本人研究者は、自分が好きでやっているのだから、別に支援しなくても、という先入観がある気がする。しかし、仕方ない事情で海外に残っている研究者も多い。海外で研究キャリアを始めてしまうと、日本の閉鎖的な大学システムに入り込むのは難しい。一方、海外ではいつまでも外国人扱いで、異文化や生活苦からくるストレスなどに耐えねばならないのである。また、博士号を取るなどの個人的な利益だけでなく、学会のコミュニケーションなどに生きる人材になろうとか、それなりの公義に立って研鑽している研究者もいる。日本の財団は、もう少しそのような日本人研究者を支援する手段を考えるべきなのではないのだろうか。具体的には、国際交流基金や文部科学省の奨学金に付帯する国籍条項をなくし、海外大学所属の日本人研究者にも研究内容によっては門戸を開くべきではないのだろうか、と思う。また、日本の大学人にも、日本の研究成果を世界に発信するということの意味についてもう少し考えてみて欲しい、とも思う。

…この件については、このブログを始めてからいつかは書きたいと思っていたのでとりあえずは満足している。
 これで、ブログに書きたいと思っていたことはすべて書いたかなという気すらする。まあ、このブログを将来的にどうするかはまだ決めていないが、このエントリが一つの区切りにはなるだろう。

【追記 1/11】 一か所、誤解を招く表現があったので加筆しました。

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新年に:(1)第一の祖国への片想い

皆様、明けましておめでとうございます。私がこのブログを始めてちょうど1年になりました。このブログをやっていて良かったと思うのは、私が日頃思っていることを発信する場を与えられたこと、そしてこのブログを通して多くの人々に出会えたことです。ご愛読感謝します。

さて、この数日、新学期の授業の準備や大きな研究発表の準備などをしていて、とてもブログのほうにまとまった時間がとれない状況が続いている。この状態は今月いっぱい続くと思う。
 そんなわけで、新年早々盛況なブログ界隈で静観を決めこんでいたのだが、ひとつだけどうしてもコメントしておきたいエントリがあった。

第2の祖国(小さな目で見る大きな世界)

このブログ、前にも紹介した通り、standpoint1989さんが豊富な知識・見識を背景に歴史・文明論・時事評論などを展開しておられる。「おまえのいうことには賛成はしないが面白くはある」と評されることが多いそうだが(私も含めて・笑)、それは氏の文章の質の高さを裏付けているとも言える。意見が同じ人を説得するのはたやすいが、意見が違う人をも先入観を越えて読ませ、説得させられる(説得させられかける)ということは、文章の力に寄るところが多いからだ。
 しかし、このエントリについては、特に「世界各国に散らばっているブロガー」について向けられたものであり、その一人としてお答えしたいと思う。

standpoint1989さんの論旨は本エントリを読んで頂くのがよいが、主張を簡単にまとめると、海外在住の日本人は、住んでいる国の「一般的な考え方」に影響されるあまり、日本の国益というような視点が欠けてしまうのではないか、ということになろうか。

私の最初のリアクションは、正直、「またか」というものだった。海外在住の日本人は、アイデンティティを失い、要するにその国の考えにかぶれてしまっている、という見方は、ひとつのステレオタイプとしてある。私自身アメリカで長期滞在を始める前にはそう考えていたから、それはわからないでもない。しかし、当事者から見れば、このような見方を海外在住の日本人にあてはめるのは安易だと思わざるをえない。このような発言が出てくるシチュエーションを考えると、内容はほとんど関係ないのでは、と思うこともある。それは、一度このような枠の中で見られてしまうと、はめられた方はなかなか抜け出せないやっかいさがある、ということでもある。いつもはシャープな論理展開をするstandpoint1989さんなのだが、このエントリに関して言えば、前半でエピソード的に紹介される海外在住者の現実と、後半で勧められている「国益」中心の考え方の議論とがどうもしっかりと接続しない。

standpoint1989さんは、例として、アメリカ在住の日本人で「アメリカ的な宗教原理を背景とした保守主義」に共感を覚える人、というのを挙げている。これは私のブログのことを指しておられるのかな、と想像する。(そうでなければ失礼)確かに、私は一連の米大統領選に関するエントリで、「宗教右翼」の影響力というのが、メディアで喧伝されているほどに大きくないというポイントを強調した。町山氏とのやりとりもその辺りが焦点にはなった。しかし、それは、「宗教右翼」に共感を覚えているというわけではない。むしろ、私はアメリカのクリスチャンには違和感を覚える。(内村鑑三の『余は如何にして基督教徒となりしか』を読めばわかるが、日本人であることと、アメリカのクリスチャンの内実には本質的に相容れないものがあると思う。)

では、なぜ、日本人の多くの先入観に反してそんなエントリを書いたかというと、まず、日本のマスコミでは、アメリカの大統領選挙に関して、アメリカの庶民の実態について冷めたところで分析しようとした記事がなかなか見られなかったこと。日本のマスコミは、基本的に反ブッシュの色眼鏡で現象を見ている記事が多く、これでは現実的な視点がみられないと思ったのだった。「国益」ということでいうならば、ブッシュ氏が51%の得票率を得るアメリカ合衆国という国の実態を冷静に見つめるということこそ、現実的であり、国益にかなった判断をするための基礎的な資料となるのではないだろうか。その点で、もし私のブログが住んでいる国の「一般的な考え方」に影響されているとするなら、町山氏のブログも、いわゆる民主党支持者のtalking pointsを受け売りした記事が多かったように思う。その意味では、町山氏のブログこそ住んでいる国の「一般的な考え方」を反映したものではなかったか。私がそれに対して実際に「宗教右翼」がこの選挙を左右したのかどうかを検討することの何が悪いのか、という気がする。

もうひとつ、大統領選以来しきりに強調した「対話」ということなのだが、他の国籍・社会・文化の人々に「異質なもの」を見るならば、その人々たちと共通の基盤を見つけ、対話の言語を切り開いていくことがいっそう重要になってくると思われる。北朝鮮の指導者たちは「対話」が成り立つかどうかのぎりぎりのところにあると思うが、日本にとってアメリカは良くも悪くももっとも重要な外交相手ではないのか。対話の空気が希薄になりつつある現在だからこそ、誰かが共通の基盤を探る作業をしなければならないと思う。それは誰かがしなければいけないことだからだ。

海外に長く住んでいると、日本への思いというのはなかなかわかってもらえないことが多い。アメリカに住んでいると言うだけで、どうせ好きでやっているんだろうとか、物質的に豊かな暮らしに慣れてしまったのだろうとか思われているのだろう。それは、こちらで知り合った日本人に限らず、家族や友人にもそう思われているのかもしれない。しかし、それは必ずしも正しくない。まず、日本社会は、私のように海外で教育した者は「アウトサイダー」扱いだから、この時点で日本社会に復帰することには余計なエネルギーを費やすことになると思う。また、私なりにアメリカでニッチというか、なすべきことを見いだしつつある、ということもある。たとえば日本の研究者がアメリカに来て、言葉の問題と言うよりは文化・学問の習慣の問題で浮いてしまうような状況を何度も見て、そのような現状をここからでも変えられれば、と思っている。それは、私がこれから仕事をしていく上で根幹となりうるものだ。しかし、そのような現実、また想いは日本に住んでいる人にはなかなか伝わらない。

私のアメリカ生活も長くなった。現地の多くの人々にお世話になったし、私のアメリカが「第二の祖国」になりつつある、ということは否定しない。しかし、私にとっては、「第二の祖国」が「第一の祖国」(こなれない言い方だが)に取って代わったわけではないし、それはこれからも変わらないと思う。しかし、「第一の祖国」への想いは片想いなのかなと思うことは多い。一見「第二の祖国」を抱えていそうな人に出会ったら、その人の「第一の祖国」への想いに想像力を働かせてみてほしいと思う。その「第二の祖国」という、派手で大げさな看板の背後にあるものを。

この点について、私の専門に関わることでこれだけは言っておきたいということがあるのだが、これはエントリを改めて書く。

【追記】このエントリをアップした直後にstandpoint1989さんのところに新しいエントリが。ちょうどすれ違いで妙なシンクロニシティだなと思うのだが、読んでみると我が意を得たりという気がした。このエントリに書かれている内容は杞憂なのかもしれないということを記しておく。

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December 07, 2004

「世界文学」のいま、そして日本文学

たしか大江健三郎の講演に「世界文学は日本文学たりえるか?」というのがあったように思うが、このエントリはその話とは関係ない。現在日本文学の授業を教えていて、今日は村上春樹・ポストモダン・おたくの三題噺をした。まあそれはそれで、もはや陳腐ですらある「近代日本文学」の授業のひとこまなのだが、このような現象の斬り方が、日本の側から見た内向きのものなのか、それとも日本文学を少なくとも「世界文学」ーそれをどう定義するのであれーの文脈で捉ええたものになっているのか、というのが少し気になった。

そんないきさつもあり、ふと、「世界文学」の教科書で日本文学のテキストはどのような立場をになっているのか、どんなテキストが選ばれているのか、と思い、Norton Anthology of World Literatureのウェブサイトを覗いてみた。

ここでひとつ断っておくと、現在米国の大学で「世界文学」なるものを教えよう、というとき、ある一定のコンセンサスがあるわけではない。とりあえず近現代の文学(19世紀以降)に限るとしても、ゲーテの "Weltliteratur" というのはいかにもヨーロッパ中心主義だし、「東西比較文学」という枠組みも、ヨーロッパ+東アジアという枠組みであって、最近ポストコロニアル、クレオールなどのキー・ワードで語られるようになったインド、アフリカ、カリブ海などの文学がばっさりと落ちてしまう。サッカーのトヨタカップでクラブ世界一が決められないというようなものだ。しかし、アメリカの大学でも「世界文学」という枠で学部生向けの授業を教えたい、というような需要というか、要望はあるわけで、あとは個々の教授が、大きな動向と自分の癖をすり合わせながら教科書的「リスト」を創るしかない。そういう意味では、このNortonのアンソロジーもそのような試みのひとつ、という位置づけでしかないのだが、そこはやはりW・W・ノートンなわけで、今のところの米国の大学人が出したベストの答えの一つ、という意味はあると思う。

前口上が長くなったが、とりあえず、この「20世紀文学」の年表を見ていただきたい。この年表に登場する日本の作家を挙げると、
1895 樋口一葉「たけくらべ」
1935-47 川端康成「雪国」
1954 小島信夫「アメリカン・スクール」
1956 谷崎潤一郎「鍵」
1960 庄野潤三「静物」
これだけ。このリスト、いろいろ考えさせられる。鴎外も、漱石も、当然のようになしで、「日本の代表的な作家が抜けている」と思われる方もいることだろう。しかし、このようなリストが出来るプロセスを考えると実は結構妥当なものだと思う。まあ強いて言うなら村上春樹が載っていてもおかしくないと思うが(最近はロシアや中国でも人気があることだし)、それ以外は、それなりの理由があってこのようなセレクションになっていると思う。

では、なぜこのようなリストになるのか。それには、編者が選んだ20世紀文学の切り口があり、その語りにあてはまるテクストが選ばれたということが最大の要因だろう。同じアンソロジーのウェブサイトでは、20世紀の文学を、「ヨーロッパのモダニズム」と「脱植民地化」という二つのコンセプトでまとめている。たとえば、「ヨーロッパのモダニズム」のイントロでは、こうまとめている。

1. In the twentieth century, modernization was used in tandem with colonization as a means to legitimize the often forced adoption of Western concepts of "progress" in different parts of the world. As such, modernization also became a stimulus for movements that rejected "progress" in favor of "tradition."

2. European writers and thinkers looked beyond models of scientific rationalism for means of expressing knowledge of the world and lived experience that could not be apprehended by intellect alone.

イギリス、ドイツ、フランスなどのハイ・モダニズムの大物作家の営みをまとめると、こういうまとめ方は妥当だと思う。これで、エリオット、イェーツからウルフ、ジョイス、トーマス・マンまで、だいたい入る。では、このような大きな語りにたとえば漱石があてはまるか、となると、残念ながら非常にローカルな話になってしまうような気がする。例えばヘンリー・ジェイムスなどと比べても全然迫力が違うし(こういう比較が無意味なのは承知の上で)、ヨーロッパの作家たちの緊密な関係を見ると仲間入りするのは難しい気がする。

となると、日本の作家が入れそうなのは、やはり「非西洋」カテゴリーとなるだろう。その意味では、マサオ・ミヨシ氏が日本文学を「第三世界文学」と喝破したのは当たっていると言わざるを得ない。しかし、現在の文学研究の潮流と言うべきか、このカテゴリーは、現在の文学研究の流れでは、「脱植民地化」というコンセプトからもわかる通り、植民地=被植民地という関係の中でとらえられる。言語も、旧植民地の国々で、宗主国の言語とどうつきあうか、ネイティブの言葉をどう「再発見」するか、という問題が主題となってくる。こちらで言及されている作家を見ると、タゴール、アチェベ、ソインカ、ラシュディなど、なかなか錚々たるメンバーだ。

この文脈で浮かび上がってくる日本の作家、となると、例えば「日本回帰」後の谷崎。「陰影礼賛」など、近代化=西洋化と伝統的美意識の相克、というテーマが端的に打ち出されているので、教科書的には使いやすい。また、敗戦後のアメリカ占領体験、となると、「アメリカン・スクール」以上に被占領国の屈辱感を表現した作品もないであろう。庄野潤三だって、占領後の「戦後文学」の流れの一環として捉えるとわかりやすいという話なのではないだろうか。そういう意味は、今書かれる世界史的な意義において、たとえば「第三の新人」の作家のほうが、日本で文壇の大物と目されている作家たちよりも重視されているという構図が見えてくるように思う。私見だが、「ポストコロニアル」という視点で漱石や鴎外を再評価するということは十分に可能なように思う。あとは、研究者がその流れの中で研究をしていくだけだ。

このように、現在ある「世界文学」の教科書的な語りには、いくつかのストーリーラインがある。海外に目を向けている日本文学の研究者としては、このストーリーラインを意識して、その流れに日本の作家たちを乗せていこうとするという試みが必要なように思う。ここで思い出すのが、柄谷行人氏が、『近代日本文学の起源』が英訳されて北米圏で注目を浴び始めた80年代後半から90年代にかけ、日本のマルキシストたちや中上健次を紹介するレクチャーをしていたことだ。「最後の近代日本文学の作家」こと中上健次はともかく、講座派やら労農派やらの話をアメリカの学者たちにしていたのは、日本ではなかなか注目度が低いマルキシストたちを、「20世紀史におけるマルキシズム」というストーリーラインに一気に乗せてしまおうと考えたのではないだろうか、と思う。まあ、まだ小林多喜二がノートンのアンソロジーに載るまでには至っていないわけだが、その意図はわかる。となると、例えば世界の左翼思想の大きな流れに日本の左翼思想が貢献したものは何だったのかな、と考えざるをえない。ひいては、日本語で書いた・書いている作家の世界史的な意義は何だったのか、と。私見だが、世界の作家たちと交流し、日本の文壇で「世界文学」ということをよく言う大江氏のような人も、実はバスに乗り損ねたのではないかなあ、という思いを強くする。いや、(政治的な発言はともかく)大江氏は実力のある作家だとは思う。ただ、このバスに乗るのには運も実力も必要だよなあ、とは強く感じるし、大江氏の作品群も、『万延元年のフットボール』以降は、究極的には内向きな作品なのではないのかなあという気がする。

振りかえるに、私の興味はそういう世界の大きな流れからはほど遠いなあ、とか、でもそれに乗せていかないとこういう仕事をしている意味はないよな、とかさまざまに思うところはある。さて、私がこんなことを書くのは、べつに「世界」の立場から「日本」を批判するためではない、ということは強調しておきたい。たまたまアメリカで日本文学を学んでいるのだが、なんの因果でこんな仕事をしているかな、とはよく思う。お金にもならないしなかなか評価もされない。しかし、このような視点から「日本文学」を見ることは、「日本文学が世界で評価されない、誤解されている」と嘆くよりも合理的で生産的なように思えるのだ。

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November 23, 2004

サンクスギビングと憂国忌

サンクスギビング・デーは今週の木曜日なのだが、ここ2年ほど、サンクスギビングというと三島由紀夫を思い出す。

というのも、2年前のちょうど今頃、学部生向けの日本文学の授業の教材を探していて、 "MISHIMA: A LIFE IN FOUR CHAPTERS" (1985) をDVDで借りてきていた。ちょうどサンクスギビングの休暇間近の月曜日だったので、友人達を何人か誘って見たのだが、見終わった後もしばらく映画の余韻を味わっていたのを今でも思い出す。そして、その日に思い出したのか、後になって気がついたのか失念したのだが、その映画を見た日がたまたま11月25日、いわゆる憂国忌だった。それで、ああ、アメリカでこの日本で公開されなかった映画を見ながら知らずに憂国忌を記念していたのか、と思って感慨に打たれたのだった。それから、何だかこの映画とサンクスギビングには縁がある。去年、今年と秋学期に "MISHIMA" を学生に見せているのだが、なぜかこの時期に重なってしまう。今年も、水曜日に見せるから、一日早い憂国忌である。

この映画は1985年封切。監督は「タクシー・ドライバー」の脚本家であり、小津安二郎をいち早く米国で紹介したことでも知られるポール・シュレーダー。三島役には緒方拳。その他、沢田研二、永島敏行、佐藤浩市、左幸子など。若き日の板東八十助や三上博史も出ているし、萬田久子や烏丸せつ子がチョイ役で出ていたりする超豪華な顔ぶれ。笠智衆もカメオ出演したのだが、惜しくも最終版で編集されてしまったそうだ。(私の持っているDVD版ではこの場面もおまけで見られる。)フィリップ・グラスがドラマチックでぎらぎらした音楽を提供している。また、舞台美術はのちにアカデミー賞を受賞することとなる石岡瑛子。この映画、1985年カンヌ映画祭で最優秀芸術貢献賞を受賞していることからもわかる通り非常に完成度の高い映画なのだが、日本では未公開。それも、三島の未亡人が、三島の同性愛を描いたシーンを削除するよう依頼したが聞き入れられず、未だに許可が得られていないためだという。輸入版がレンタルビデオ屋で出回っているという情報もあるが、不明。ま、米国在住の私には関係なく見られる。しかし、この映画が日本で見られないというのは、どうしたものか。まあ、未見の方は是非見て頂きたい作品だ。(amazon.comの商品ページ; Region-1なので注意)

本編は、1970年11月25日の出来事を追いながら、三島の生涯をフラッシュバックで補い、それに更に『金閣寺』『鏡子の家』『奔馬』のストーリーを織り込むという形式を取っている。フィクション部分は、石岡氏デザインの、色鮮やかにデフォルメされた舞台美術が際だち、ずいぶん簡略化した「映画化」ながら、三島作品の世界の感触を再現している。また、小説の場面と三島自身の生涯をオーバーラップさせることにより、フィクションに影を落とす作家のメンタリティを描くことに成功している。

この映画を見ていると、三島が海外の意外なところで理解者を得ていたのかな、という不思議な気分にとらわれる。たしかDVD版の解説で聴いたのだが、シュレーダー監督は三島を自ら創作した「タクシー・ドライバー」の殺人犯トラヴィス・ビッケルと比較している。どちらも、自意識過剰な人間が都市の中で孤独に耐えられなくなって精神異常になるまで追いつめられたのだと。こう書くと、三島を崇拝する人達に叱られそうだが、映像で描かれた三島には監督のシンパシーを感じる。特に、切腹直前に三島が演説するシーンでは、画面は昼食休みに出てきたあきらかに無関心な自衛隊員、そして空中を飛ぶマスコミのヘリコプターなどを余すところなく捉える。本人の熱情とは対照的に冷め切った周囲の反応。そして、一生最後・最大の芝居として用意周到に備えてきたが思わず現実に裏切られる皮肉。

私は、三島の割腹事件の後に生まれた。もちろん三島の事はリアルタイムでは知らない。三島作品というのは、高校生のころはいまいちぴんと来なかった。というか、読まなかった。せいぜい、島田雅彦と浅田彰が「三島の割腹事件のとき何してた?」とか雑談していたのを読んだくらい。しかし、ネットで憂国忌についてのレポートなどをどこかで読んだのだが、三十年以上経った今でもますます盛況のようだ。日本文学を学ぶようになって自分でも三島の作品をいくつか読んでみた今は、やはり今の日本人として「ミシマをどう思うか」という問いには答えられなければならないような気がする。三島が切腹することで、なにが死んだのか、そして何が生きながらえることになったのか、と。それは、エキゾチックな日本を見たい・知りたいアメリカ人のまなざしに応えるということではなくて、いまの日本にある、身近な何かを再確認する契機になりそうな気がするからだ。そう、ちょうど村上春樹がプリンストン大学の図書館でせっせとノモンハンの井戸を掘り続けたように。

【追記 04/11/23】このエントリ、読み直してみると肝心のことが書けてないような気がします。ブログの記事を書きながらある事柄について「書きにくいなあ」と思うのは、結論がわからずに書き始めて、書くプロセスで模索したのだが結局答えが出なかった、という場合と、書きたいと思うことは何となくわかっていながら、それをどう書いていいかわからない場合とあると思うのですが、このエントリは後者のケースだと思います。その点、finalventさんの三島についてのエントリは参考になります。結局、三島の死が表象する「日本」とは何なのか、ということなのでしょう。この辺の話を始めると話が救いようもないほど錯綜して手に負えないという反面、少しずつほどいていく努力も必要だと感じています。ともあれ、もう少し勉強します…。

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October 29, 2004

自国の歴史の「切り離し」を生きること

連続と切断、内なる歴史をどうするか。」(fenestrae)

fenestraeさんのブログで私の南京事件についてのエントリについてコメントを頂いた。そこからリンクされている「過ぎ去ろうとしない過去」のエントリなども含めて、特に欧州における史観論争についての歴史的経緯が精確に提示されていて、勉強になった。(私もブログとはいえもう少し緻密に書こうかと反省している。)あまり時間がないので簡単になってしまうが、これらのエントリを読んで思ったことを書きたいと思う。【註:少しあわてて書いたので、後で読み直して修正するかもしれません。まあ、はやくお返事したかったから、ということでご寛恕を。】

まず、歴史問題の扱いについて北米と欧州は区別して考えるべきというのは、おっしゃる通りだと思う。ドイツのシュレーダー首相が昨夏ワルシャワでした演説というのは、確かに日本の対中国の関係やアメリカの対ベトナムに置き換えて想像してみると、かなり踏み込んだ発言ではあると思う。日本の対外関係を日米関係中心に見ることに関しては注意すべきだと私も思っているので、その点については訂正します。

で、「欧米の「戦争責任」論を日本がそのまま受け入れることは、そのような欧米の算段をも一緒に受け入れることだから、そのこと自体も十分に検討する必要があると思う。欧米と日本にギャップがあるとしても、すべて欧米に合わせる必要はないのではないだろうか。」という私の発言についてだが、ここでアメリカとヨーロッパ(fenestraeさんの例では仏独)とを切り離して考えると、
1) (アメリカ)日米関係において「戦争責任」論がアメリカのナショナリズム的な言説にからめ取られてしまうという問題
については、これは主にアメリカの学会・メディア、そして日本側がこれにどう関わるかという問題で、私が前のエントリでも指摘した問題はまだ残ると思う。さて、
2) (仏独)仏独の立てている「過去の清算」についての基準に日本が合わせる必要があるのか。そこに算段はないのか。
という問題については、別の問題なのだが、fenestraeさんの文章を読んで考えさせられたので少し書いてみたい。

fenestraeさんの論考では、この問題について、

ここまでは、戦争で他国を占領し被害を与えた当事国の旧敵国との関係を念頭に置い書いてきた。が、実のところは、日本の戦争犯罪の問題、戦争に至るあるいは戦争中の体制のありかたやその中での日本人の行動についての評価、自らの過去を現在われわれがどう評価するかという問題は、むしろ他者との関係よりも自らの問題として考えるべきだと基本的には思っている。

と述べ、さらに、id:jounoさんの

「戦争の主体として大日本帝国を、現在の日本国家のアイデンティティから批判的に他者として切り離し、その連続性を断つということが問われているのだろう」

という意見に賛同しておられる。私も、南京事件の日本国内の事実論争は、たしかにこの「切り離し」をできるかどうかについての代理戦争なのではないかという意味では賛成する。
 しかし、ここで、この「切り離し」をあらゆる犠牲を伴っても強い意志を持って推し進めていくかどうか、という点には議論の余地があるように思われる。言い換えれば、「このような断絶を思想的、制度的に選択することは、民族的、文化的、倫理的な連続性と矛盾するものではない」ということについて、果してそうなのか。fenestraeさんはこの二つを両立することの難しさを認識しつつも、これを断固として機能させていく意志をもつかどうか、が判断基準になると考えていると思われる。一方、日本の保守派の人々にとっては、たとえば大日本帝国を断罪し、現在の日本国家のアイデンティティから切り離すことによって失われるものは大きすぎるから譲れないのだ、と考えているのだと思う。

この意味で、fenestraeさんがデリダの赦しについての文章を引かれているのは面白い。デリダのように、過去の言論の枠組を批判しながらもユニバーサルな言説の共通了解事項を仮定し、またなければ求めていこうという考え方と、そのような「共通了解事項」にまぎれこむ、「多様性」を抑圧するものを批判する考え方が対比されている。デリダの文章が手元にないので読んでから検討したいのだが、少なくともデリダを援用する者、また、後者の立場からポストコロニアリズムの批評家などを援用する者の間では立場の違いがある。fenestraeさんの文章を読んで、私の中ではこのあたりの問題のありかが鮮明になった。たぶん、fenestraeさんと私の立場のちがいはここにあるのだと思う。

ここからは印象批評なのだが、この「切り離し」ができるかどうか、という問題には、多分に個人差があるような気がする。というか、「日本人」の中にも、いろいろな存在のありかたが共存しているというのが実態だと思う。日本人全体に「切り離し」を求める人々は、もうすでに切り離しができてしまっているのではないかと思う。いっぽう、私はどちらかというと、この「切り離し」という事態を実際にやろうとすると自分の生活世界が根本的に変わってしまう、と考える人に共感してしまう。これは理論と言うよりは感情的なものなので仕方ない。こう書くと私があたかも時代遅れの歴史修正主義者のように思われてしまうとしたらそれは残念なことだ。

たとえばこう考えてみてはどうか。「戦前的なもの」というのは、単に思念的なものではなく、われわれの生活世界の行動とか習慣に深く根ざしている。たとえば、唱歌を聴いたらほっとする、とか、正月はやっぱり神社で初詣したい、とか。この文脈で、「戦前的なもの」との「切り離し」というのをどこまで考えるのか。別の視点から言えば、そうした日常の習慣に「政治的なもの」が食い込んでいるとしたら、それを完全に抜き去ったままで「生活」が成り立つのか。また、今までと同じとはいわなくても、新しい世界に生きる喜びが「喪失」感覚を上回るようなことができるのか。これは決して頭の中での史観問題ではない。「切り離し」を断固行うべき、と考える人々は、もしこの「切り離し」が起こった後の世界を具体的に想像できるような仕事をしてほしいと思う。

一方、決定的な「切り離し」を行わずに倫理的な立場を取ることは可能なのだろうか。私には、その可能性も考え尽くされていないように思う。そのためには、結局ヨーロッパの思想のあり方も批判して、ヨーロッパも変わらなければいけないと思う。つまり、ヨーロッパ生まれの社会思想が、一度その歴史から切断されなければいけないと考えている。

もうひとつ。このテの議論をすると、どうしても同じ意見の人々の意見を好んで聴き、違う意見の人を敵視しがちなのだが、二つの立場に共通点がなくても、その間をつなぐ言葉を創る努力は惜しんではならない思う。なんだか考えがまとまらないのだが、矛盾のなかで生きることを可能にするのはやはり言葉だけなのだから、対話が困難な状況でも対話のチャンネルは開いていたいと思う。これは自分自身への覚え書き。

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October 13, 2004

New York Times のデリダ訃報に抗議殺到

New York Timesのジャック・デリダ氏の訃報(10/10付)にアメリカの大学教授有志が抗議の手紙を投稿。13日付で掲載された。元の訃報を読んでみたのだが、これが確かにひどい。こんな記事がアメリカ最高級の「クオリティ・ペーパー」に載ってしまうなんて、アメリカには知性を尊重する風潮が死に絶えてしまったのかと愕然とした。

この訃報を一読して、まず気が付くのは、著者がデリダの本一冊も読むばかりか、彼の思想を理解しようとした形跡すら見あたらないということ。タイトルからして、"abstruse theorist" (難解な理論家)と少々軽蔑のニュアンスのこもった言葉を使っている。この訃報のひどさが如実に出ている、前半の一部を引用してみよう。

Toward the end of the 20th century, deconstruction became a code word of intellectual discourse, much as existentialism and structuralism - two other fashionable, slippery philosophies that also emerged from France after World War II - had been before it. Mr. Derrida and his followers were unwilling - some say unable - to define deconstruction with any precision, so it has remained misunderstood, or interpreted in endlessly contradictory ways.

Typical of Mr. Derrida's murky explanations of his philosophy was a 1993 paper he presented at the Benjamin N. Cardozo School of Law, in New York, which began: "Needless to say, one more time, deconstruction, if there is such a thing, takes place as the experience of the impossible."

Mr. Derrida was a prolific writer, but his 40-plus books on various aspects of deconstruction were no more easily accessible. Even some of their titles - "Of Grammatology," "The Postcard: From Socrates to Freud and Beyond," and "Ulysses Gramophone: Hear Say Yes in Joyce" - could be off-putting to the uninitiated.

"Many otherwise unmalicious people have in fact been guilty of wishing for deconstruction's demise - if only to relieve themselves of the burden of trying to understand it," Mitchell Stephens, a journalism professor at New York University, wrote in a 1994 article in The New York Times Magazine.

Mr. Derrida's credibility was also damaged by a 1987 scandal involving Paul de Man, a Yale University professor who was the most acclaimed exponent of deconstruction in the United States. Four years after Mr. de Man's death, it was revealed that he had contributed numerous pro-Nazi, anti-Semitic articles to a newspaper in Belgium, where he was born, while it was under German occupation during World War II. In defending his dead colleague, Mr. Derrida, a Jew, was understood by some people to be condoning Mr. de Man's anti-Semitism.

さて、どこから反論を始めましょうか。((c)ディック・チェイニー)

まず、脱構築が「ファッショナブルで、滑りやすいフランスの哲学」と括ってしまう筆者の度胸にも感嘆してしまうのだが、その上に「脱構築」を理解できないことを少しも恥じずに、「脱構築が誤解されて続けているのは、きちんと定義しないデリダのせい」と言い切ってしまっている。いや、確かに脱構築は一言では定義できないですよ。西洋哲学を読破している必要はないが、多少哲学史を理解していて、哲学のテクストを丁寧に読む根気がなければ。ここに引用されている、「デリダを理解するという重荷から解放されるからというだけで、脱構築の死の宣告を願っている人は多い」という言葉は、まさにこの著者にあてはまると言っても良い。

その上、ポール・ド・マンが「ナチ協力者」だった、という疑惑を持ち出して、デリダ自身がアンチ・セミティズム擁護しているのようなレッテル貼り。そのようなレッテル貼りこそ、デリダが脱構築を通して解体しようとしていたことなのに。あ、著者はデリダの本を読んでないからそんなことはわかりませんね。

なぜデリダの訃報がこんなことになってしまったのか。思うに、「脱構築」という言葉が一人歩きして、フェミニズムやらポストコロニアリズムやらにかなり甘い形で援用され過ぎてしまった現実があると思う。そこで、誰もが脱構築に興味を持ったが、はっきり定義するのが難しいとわかって幻滅するか、わからないままに誤用し続けたかどちらかになってしまったことだと思う。そういう意味では、脱構築の人気がデリダの哲学を正当に評価する眼を曇らせてしまっているのかもしれない。

私自身、今は昔ほどデリダの熱狂的なファンというわけではない。デリダの哲学を理解して、手っ取り早く世界観が変わるとか、そういうことはない。また、冷めた目で見れば、デリダは、世界を変革するような哲学者ではなかったかもしれない。(例えばフーコーはそういうポテンシャルを持った思想家だと思う。)しかし、哲学という営みに誠実に向かい合おうとする人々(あるいは、そういう価値を哲学に未だに認めている人々)にとって、デリダは無視することのできない仕事をしたと思う。無知を晒すのを承知で言うならば、私がデリダから学んだのは、哲学を神としないこと、それから、それでも哲学は続けていく価値があるものだということだと思う。

それにしても、こういう「わたしはデリダを読んでもわかりませんでした」的な訃報が新聞に堂々と載ってしまうということ自体、アメリカの反知性主義を如実に示している気がしてがっかりする。ところで、冒頭で紹介した抗議の手紙なのだが、現在でもウェブサイトで賛同者を募っている。現在1000人弱。趣旨に賛同する方はぜひ署名してみてはどうだろうか。(学者が署名運動をするというと普通はあまり賛同できないのだが、この趣旨には賛成できる。)

トラックバック:NYTのデリダ氏の訃報(自由手帖)

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October 09, 2004

ジャック・デリダ氏死去

仏の哲学者ジャック・デリダ氏、がんで死去(読売)
合掌。

 デリダは大学のとき、また大学院を始めたころによく読んだ。"Of Grammatology" とか、"Margins of Philosophy" とか。東浩紀氏は『存在論的・郵便的』で、後期デリダにまで視野を広げて論じていたが、私は専門でもなかったこともあって、「脱構築」を紡ぎ出しているころの初期デリダを時間をかけて読んだ。時間をかけてというのは、自分の頭が悪くて理解するのに時間がかかったというのと、デリダの文章のスタイルと、両方あると思う。今振り返るに、結構勉強になったと思っている。
 最近また自分の研究との関連が出て来て、"The Archive Fever" とか "The Specters of Marx" とか読んでいる。20世紀の思想界は構造主義からポスト構造主義、ポストモダン、ポスコロなどかまびすしかったが、デリダはその中でも20世紀の《哲学》を論じる上で欠かせない数少ない人物だとは思う。私はこの人のおかげでハイデッガーやらヘーゲルやらに興味を持つようになった。これからもそういう読者は出てくるだろう。

ついでに、映画 "Derrida" はこの哲学者の思想を知る上でお勧めできる。哲学者が登場する映画に珍しく、哲学の内容を薄めて解説すると言うよりは実世界との接触点を提供するというような映画だった。また、彼の政治的なスタンスや、自伝的内容など、意外とガードを下ろして語っていた。ちなみに音楽は坂本龍一。(註:リンク先のDVDは輸入盤のためリージョン1(北米)です。)

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August 14, 2004

福田和也『イデオロギーズ』

読書において、結局は、一生懸命読み込んだものしか自分の身に付かない、と思う。

福田和也氏は「文藝春秋」や「諸君」などに毎月のように寄稿している保守の論客として知られるが、結局は文芸評論家である。「ブンガク」というと揶揄の言葉として使われることもあるが、そういうネガティブな意味も、もちろんポジティブな意味も込めて。彼の最初の著作が、20世紀のフランス文学におけるナチ協力者について書いた『奇妙な廃墟』(未読)であることからもわかる通り、彼の学者としてのトレーニングは20世紀ヨーロッパ文学である。
 私は『甘美な人生』や『現代文学』など、彼の才気溢れる近代日本文学の評論のファンでもある。しかし、彼が20世紀のヨーロッパの文学者・思想家を語るときは、やはり彼が地道に読み込んできた手ごたえを感じる。また、他の分野でも、彼がヨーロッパの反ヒューマニズム思想をよく考えてきた内容がうまくその時の話題と結びついたときはうまくいっていると感じる。このことは彼が保守であることと矛盾しない。彼がこの本でエドムンド・バークについて言っている通り、現代の保守思想というのは、「伝統」を盲目的に受け入れるのではなく、それを意識的に考え抜くところにあるからだ。

 一方、彼の時評家としての立ち位置のためか、最近粗製濫造が目立つとも思う。「ひと月百冊読み、三百枚書く私」などと言って喜んでいる場合ではない。でも、特に『甘美な人生』所収の批評などを知ってしまっている自分としてはつい読んでしまう。「当たり」がないかどうか求めてしまう。

イデオロギーズ
福田 和也
新潮社
2004-05-25


by G-Tools

 そういう意味で、『イデオロギーズ』はまず「当たり」と言っていいと思う。よく言えば、20世紀研究の彼らしい本である。この本では、「テクノロジー」「暴力」「自由」「信仰」「愛」という5つの概念を中心に論が進められる。彼の問題意識は、われわれが現在当たり前のように受け取っているこれらの概念を、ヨーロッパの近代に照らして再考しようということなのだが、面白いのは、近代思想の巨人を考えるのに、20世紀の思想家というレンズを通していること。例えば、「テクノロジー」では、ハンナ・アーレントとアイザイア・バーリンのヴィーコについての論争を枕に論を始めている。ヴィーコを直接論ずるのではなく、あくまでアーレントとバーリンを通して、なのだ。同様に、カントやヘーゲルではなく、ハイデッガーとカッシーラーなのである。もしここでヨーロッパの近代について本格的に考えるのならば、やはりヴィーコそのものを論じないといけないのだろう。また、ここでヨーロッパの思想史について細かく突っ込んでいくと、いろいろあらが見えてくるだろう。(たとえば、「信仰」において、スピノザの宗教史における位置づけを考えるときに『神学・政治論』を抜いてはいけないだろう。)また、テクノロジー論も、緻密に論じていこうとしたら本書に登場する4人の他にも欠かしてはならない人物はまだまだいるだろう。そういう意味では、個々の分野の専門家には物足りないものかも知れない。

 しかし、福田氏の資質というか、トレーニングというか、それはやはり20世紀思想なのだから、ないものねだりをしてはいけない。むしろ、20世紀、それも20世紀前半における思想史のある瞬間を捉えて、問題の在処を明らかにする手さばきは確かなものだと思う。そういう意味で、特に「自由」の章の、カッシーラーとハイデッガーが「対決」するくだりは、若きスターとしてのハイデッガーと没落しゆく何かを代表するカッシーラーの対比、またハイデッガーとナチズムの関連から見直すカッシーラー的なものなど、読み応えがあった。(これを読んで、カッシーラーを読んでみようという気になった。)また、哲学や思想をこれから学びたいと思う人にとって、これらの20世紀の思想家はよい入り口であるとは思う。(もちろん、それは私自身も含めて、なのだが)

 また、この本はいい意味で「批評的」な本でもある。「暴力」の章の初出が『新潮』2001年10月、11月号であることをみてもわかる通り、この一連の評論の背景には9/11後の世界情勢がある。福田氏の議論は、一言で言えば、現在起こっていることは「テクノロジーそれ自体の自己運動、自己発達がもたらすダイナミズム」となる。かれの挑発をどう受け取るかは本書を読んで一人一人が考えることとして、現在の世界を一歩下がって考え直すという意味ではすぐれた「啓蒙書」たりえていることは確かだ。

 本の編集について一言。この脚注はなんとかならないものか。「レーニン」とか「プルースト」とかに註を振るべきではない。当然知っているべきだし、知らなければ恥ずかしく思って哲学・文学事典で調べればいい。こういうのを見ると、ディレッタンティズムという気がする。日本の出版社がこういうのを始めたのは『文学部唯野教授』あたりからではないだろうか。また、帯には「俊英 酒井信氏による註解付」とあるが、俊英にこういうことをさせてはいけないし、俊英はこういうことをしてはいけない。こういう仕事をしてもキャリアのステップ・アップになるとは思えないのだが…。まあ、これだけの名詞・固有名詞にしっかりした註が付けられる人がいるというのは喜ぶべきことではあるが。

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August 13, 2004

丸山真男:インタビュー捏造事件

アサヒ・コムの美濃口担氏のコラム、丸山真男:インタビュー捏造事件をSoredaさん@はてながとりあげている。(Soredaさんは、ボビー・フィッシャーの件も根気強く追っておられるので、この事件の情報を求めて拙サイトに来られた方はこちらのサイトも訪問されてはどうだろうか。)
 イタリア人ジャーナリストのティツィアーノ・テルツァーニが最近亡くなったが、この人が「シュピーゲル」1990年10月22日号で丸山真男へのインタビューを捏造していたというのだ。
 事件の経過について、美濃口氏コラムはこうまとめている。

ドイツ統一の1990年初頭、丸山真男にインタビューを申し込み、断れたテルツァーニ記者は、「さて、これはインタビューの申し込みではないのですが、、、」と油断させて、日本での勤務を終える前に是非会って話したい、という願望を手紙にしるす。その後、丸山真男の弟子といっしょに、4月のはじめ頃に丸山宅を訪れて話をすることに成功する。

3週間後、テルツァーニ記者は、復元した訪問時の会話と追加質問を丸山氏に送り、質問に書式で回答してくれるように依頼する。この手紙の中で、できあがったテキストを承諾なしに発表しないことが強調されていたこともあって、読んだ丸山氏のほうは、記者の厚顔無恥に腹を立てると同時に、病気がちであったこともあって、返事しなかった。秋も深まる11月になって、丸山氏は友人から「シュピーゲル」誌に自分とのインタビューが掲載されていると知らされて、びっくり仰天する。

このテルツァーニ記者の仕事について私はよく知らないのだが、この人、今年になって「反戦の手紙」という本を出版したらしい。かつては記者として進歩派知識人の親玉・丸山真男にインタビューして、現在は反戦本、というのは、典型的な左翼だと思うのだが、この事件で問題なのは、そうした欧米の左翼的なインテリが日本のような国の文化とどのように接するか、という点にある。この辺について、(アサヒ・コムのコラムにしては珍しく?)美濃口氏はけっこう切り口鋭く分析してくれているので、コラムから再度引用しよう。
欧米には過激なイスラム教脅威論者がいる。「反戦の手紙」は非暴力を説き、一見このイスラム教脅威論と対立する。この本にイスラム過激主義の若者を「別の惑星の住人に思えた」とあるが、とすると、シュピーゲル元記者とイスラム教脅威論者との相違はちいさい。(彼は自分がガンを患っているから脅威を感じなくて、戦争に反対しているだけではないのかとさえ思えてくる)。

 昔、テルツァーニ記者の東京発信記事が私にいやだったのは、日本人が「別の惑星の住人」のように扱われていたからである。この人が、自分と長時間話してくれた病がちの老学者・丸山真男の好意をあっさり踏みにじることができたのも、非西欧社会に対するこの見方と無関係でない。

欧米メディアの日本関係記事を長いこと読んでいる者として、こういう違和感はよくわかる気がする。記者が、自分の生まれ育った価値観とは理解できない現象に遭遇するとき、その価値観をとにかく理解しようと努力するのではなくて、あっさり「別の惑星の住人」と割り切ってあきらめてしまう。それでも、特に「地球市民」とか信じている左翼系の記者の場合、だからといって無視してばかりはいられないので、西洋人にはわかりやすい丸山氏のような進歩的知識人とか、市民系運動家などに注目したりする。日本人がみんな丸山氏のような考え方をしたら、民主的で、平和で、平等な世界になるのに、という考え方なのだろう。でも、そこには、そこに生きている日本人の生活とかに対するリスペクトが決定的に欠けているのではないか、と思わざるを得ないことが多い。そういう、どこかで見くびった態度というのが、こういう事件にちらりと現れたりする。アメリカで日本研究に関わっている一人として言うと、残念ながら、こういう姿勢は日本に関わる学者・コメンテイターにも時々見られる。日本人や日本のテクストを読むとき、そこにあるものを観察しようと言うのではなく、自分の議論に都合のいいものだけ引っ張ってこよう、という姿勢だ。
 こう考えてみると、「日本人人質」事件で、「日本ではお上には逆らえない」と日本を前近代社会のように描いたニューヨーク・タイムス紙の記事やら、「日本にも新世代育つ」とか言って人質を持ち上げたル・モンドの論説などと根っこは同じというか、変わっていないことに気がつく。あのとき左翼・リベラルの人々は「人質に感謝しましょう」とか言ったり「世界の論調は…」とか言っていたが、その背後にある、欧米の非西洋の文化に対する差別感覚にもっと気がついた方がいいと思う。だからといって欧米を敵視するのではなく、冷めた目で見ましょうと言うことなのだが。

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June 24, 2004

追記:「千夜千冊」について

「千夜千冊」について書いた記事に伊藤さんからコメントを頂いた。松岡氏の経歴について補足があって、少し事情がわかった気がした。この違和感は大事だと思うので、もう少し書く。最初はコメントに書いていたが、独立した記事に移すことにした。
 実は、この「千夜千冊」を見つけたのは、「極東ブログ」のfinalventさんの日記で、finalventさんもこの企画にはだいぶ違和感を感じておられるようだ。(ここここ)昨日の「極東ブログ」の電子書籍についての記事も似たような問題意識だと思う。
finalventさんは松岡氏について、

 概ね、誠実な読書家と言って良いのだろうとは思う。これに池澤夏樹を足せば、日本の出版界における知性は概ねカバーされる。
 だが、そこでスコーンと抜け落ちるのは、まず、オーソドックスな知だ。嫌みに聞こえるかもしれないが、松岡(池澤も)はきちんとしたアカデミックなトレーニングを受けていないのだなと思う。(欧文献を読む訓練もしれないように見える。)
 もうひとつは、ある種の本気だ。小林秀雄がXへの手紙で書いたような、成熟の場としての女のにおいが、まるでしない。
 この男にとって、女への愛とはなんだったのだろう? そして、その問いがリフレクトされない人生とはなんなのだろう? というか、文学とはなんだろう?
と書いておられる。多分私の書こうとしていることとオーバーラップすると思うのだが、すこしずれる部分もあるかもしれない。

 この企画についての自分の立場をもう一度考え直してみたのだが、この企画はやっぱり「緩い」というか、「甘い」と思う。たくさん読んでも、次から次へと消費し、捨てていくような姿勢じゃだめなのではないか。これは、現在の出版界の姿勢に通じるものがあると思う。こんなことを書くと厳しい気がする、こういう企画に対して私が感じている違和感はこれからも大切にしていきたいと思うし、何とか言葉に出来たらと思う。
 たとえば、こういうこと。せっかく中沢新一の例が出たので言うと、私も学部生の頃は『バルセロナ・秘数3』とか好きだった。(伊藤さんの言う通り、私もある意味、オウム予備軍の素養を持っていたのかも知れない。)でも、ある時アメリカで人文学を大学院で勉強している年上の方から、「そういうのはゴミだよ」と言われた。(正確な言葉は忘れたが、要するに紙の無駄ということ。)それからすっかり熱が冷めてしまった。が、何年かして、その言葉の意味がわかった気がする。
 中沢氏は哲学、現代思想から科学までうまく縫い合わせて(レヴィ=ストロース風に言えばbricolageして)語るのが上手な人だが、言ってみれば風が吹けば飛んでしまうようなものだ。対比して言うなら、欧米の人文学は、個々の人間の体験から石の建築物を建てようとしていると思う。その違いは決定的なもので、何を書くか、何が残っていくかということの指針になると思う。もちろん、ポスト構造主義などの洗礼もあって、《構築》がはやらないのは西洋のアカデミックも同じなのだが、煮詰めるレベルにおいてやはり決定的な差があると思う。
 もう一つ例を挙げて言うなら、浅田彰の書いたものは結局欧米圏には翻訳されなかったが、一方、柄谷行人は、「論理が飛躍している」とかいろいろ言われながらも、結局『近代日本文学の起源』から『トランスクリティーク』までいくつか訳が出ている。この違いは大きいと思う。私たちの世代が何か意味がある仕事をしようと思ったら、ニューアカ的なやり方じゃだめだと思う。
 しかし、だからといって中沢氏の著作を全否定するつもりはない。最近の中沢氏の著作は読んでいないのでコメントできないが、『フィロソフィア・ヤポニカ』などは読んでみたいと思っている。最近の彼の文芸誌などの発言を読む限りでは、自分の思想とか文体の「日本的」な性質を受け入れた上で、その部分を最大限に伸ばす書き方をしているようだ。それはそれでアリだと思う。
 もう一言、私の高校の時の国語の先生が、若いときに読んでおくべき本を聞かれて、『世界文学全集』と答えていたのは至言だと今でも思う。

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June 22, 2004

雑感

●おおや先生が早野透の「ポリティカにっぽん」の最新作を分析(つうか、分解)してます(おおやにき:イヤなものがイヤだということ)。早野サン、本当にダメダメですな。ところで、どなたか、朝日系の人々が感じている「米軍占領下の自衛隊イラク派遣」と「自衛隊の(国連安保理決議に基づく)多国籍軍参加」の根本的な差異を教えて頂けないでしょうか。たとえば民主党は国連決議があったらOKって言ってましたよね? それとも、「イラクはやばくなってきたからオリよう」っていう話なんですか? 

●aozora blogのtenさんという方のエッセイがいいですね。(鴎外はいたジャイアント馬場さんにパンを横取りされた話
aozora blogは方向性が見えないが、もっとこういうエッセイを載せてくれればいいのに。

●マイケル・ムーアの "Fahrenheit 9/11" の全米公開が今週の金曜日に迫りました。一応見に行こうかと思っていますが。早速、先日も引用したヒッチンスが長文のムーア批判を書いてますね。文章の長さに現れているヒッチンスの情念がちょっと怖くてまだ読んでませんが。

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「松岡正剛の千夜千冊」

数日前から右手の「メモ」に晒していたんですが、最近こんな企画を発見。

松岡正剛氏は、氏のウェブのプロファイルによると、「メディア界に刺激を与える名編集者で、常に情報文化技術の先端を走る。また、日本文化研究の第一人者で、世代を超えて多くのファンを持つ講義名人」とある。このページを見るまでこの人の仕事については寡聞にして知らなかった。まあ、この人の仕事はともかく、この企画はある書店とタイアップしているようなので、東京で書店に出入りするような人は否応なしに見聞きしているのかも知れない。

このサイトを発見してあちこち斜め読みしながら、何だかなー、とため息をついてしまった。この違和感はうまく言葉になるかどうかわからないのだが、書いてみよう。
毎回、ある本にスポットが当てられ、松岡氏がエッセイを書くという体裁になっているのだが、このエッセイの文章が、一言で言うと「緩い」のである。文体に締まりがないのもそうだが、まずどんな読者層に向けて書かれているかよくわからない。たとえば、鴎外の「阿部一族」のページを見ると、「興津弥五右衛門の遺書」のあらすじを延々と敷衍してあると思えば、鴎外の歴史小説への「転向」と乃木大将の殉死についての教科書的な解説が続く。冗長だなという感想とともに、この筆者はこれだけの労力を費やして何でこの文章を書いているのかなと疑問に思ったりする。こう思うのは自分が知ってる本だからかと思って自分が未読の本をみると、解説部分が少々くどく、核心のところはさらっとスルーしたりしている。例えば、姜尚中の『ナショナリズム』の回では、肝心のポイントについての記述がなく、がっかりさせられた。知ってることはだらだら書いてあるし、知りたいと思うことには切り込んだ跡が見えない。これなら読んだ方が早いな、というのが正直な感想なのである。

そこではっと気がついた。この企画、教養として当然読んでおかなければいけない本への案内ではなく、これらの本を読まなくてもいいように解説してあげましょう、というのが目的なのではないか。「名編集者」たる松岡氏が、忙しい現代人のために「名著」を読んであげましょうという企画なのだ。そう考えるとすべて納得がいく。

しかし、この「読まない人のためのガイド」を眺めていると、本末転倒ではないかという疑問はぬぐえない。読書というのが少しながらも意味を持つのは、これらの本を読みながら少しずつ自分なりの知識なり感覚なりを蓄えていくそのプロセスにある。それは一対一の出会いのようなもので、他の人に代わってもらうことは出来ないものだ。また、他の人の読書体験が参考になるとしたら、それは、その読み手が出会った本の核心部分の問題と格闘して、なにを言えるか、言ったかという面だと思う。この営みが「批評」ならば、このガイドはもとからその役割を果たそうとしていない。

いくつかのエントリを読みながら、松岡氏なりの洞察というか、思いつきというか、そういうのに興味をそそられたことはあった。特に、いくつかの本を通して日本文化とか、日本のナショナリズムについて何度か言及しており、これらの本の議論を縫い合わせながら(もしくは、隙間を縦走しながら)なにか興味深い見解があるのかな、と思わせる部分もある。だが、そういうモチーフも結局はきちんと煮詰められておらず、肩すかしを食らうことが多かった。この文章がどうやって書かれたかをドキュメントしたページを読んでみると、期待したような、思索を煮詰めるような作業はとても無理だとわかる。

何より私が疑問に思うのは、膨大な労力を費やしてこのような毒にも薬にもならない(と言うと言い過ぎだが)ガイドを作るという企画が、出版者らや関連業者の企画会議でどうやって通ったのか、ということだ。一つの答えとしては、本の内容よりも本というモノを欲望してしまう思想フェティッシュ的な傾向があると思う。これは、書き手の問題と言うより、編集者の問題である。たとえば、筒井康隆の『文学部唯野教授』で、脚注に思想家やら書物の名前を続々と並べるような。あの本以来、対談本などにもやたらと細かい脚注を付けた本が増えたが、紙の無駄というか、ペダンチックで嫌味に感じる。その根底には、アカデミックな本でも「売れる」本としてつくらなければならないという現在の日本の出版界の現状があると思う。

「日本の出版界は…」と大上段に構えてみたが、「日本の」出版界を「外」から批判しようというつもりはない。実際、私は半年ほどある中堅の出版社でバイトしていたことがあるので、こういう企画が出てくる内側のメカニズムというのは理解できる気がする。だから致し方ないという気もする。でも何か抗議めいたことを書こうと思ってしまうのだ。

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May 29, 2004

「日本発の映像、音楽を世界へ」

読売新聞の社説(5月28日)から。日本発の映像・音楽・出版などのコンテンツ発信を支援しようという話。

「日本発コンテンツ」を世界に発信しようと、内閣府の知的財産戦略本部が、「コンテンツビジネス振興政策」をまとめた。
 制作資金が調達しやすい仕組みを作るなど業界の基盤整備や、人材育成、資金面を含めた海外展開の後押し、といった十項目が並ぶ。映像デジタル技術の研究開発、活用推進も掲げている。
 政策支援のため、今国会では、議員提出で、「コンテンツの創造、保護及び活用の促進法」も成立した。

映画に絞って言うと、いちばんややこしいのが著作権関係である。
たとえば、日本の映画をアメリカで(合法的に)上映しようとすると、日本のオリジナルの配給会社に連絡して、北米での上映権をどの会社が持っているか確認して、今度は北米の配給会社に連絡して上映する段取りを詰めることになる。この辺のプロセスが入り組んでいて非常に面倒。人の入れ替わりが激しい業界だし、秘密主義なんかもあったりして、必要な情報が手に入るまで一苦労する。映画会社が協力して権利関係の情報や上映可能なフィルムを一括して提供する情報センターみたいなものをつくれないものだろうか。

(ここに書いたのと似たような役割を果たしている団体としては、国際交流基金の文化部が、16ミリの映画字幕つきフィルムを送料のみで提供するというサービスがある。このサービスも、上映権は別に映画会社と交渉しないといけないし、提供する映画のリストは映画会社の方の要請で公開していないとのことで、制約も多い。)

コンテンツの著作権というと、著作権を守ることばかり考えてしまうが、権利関係の手続きを簡略化して合法的に視聴したい人たちに著作物が手に入りやすくすることも大事だと思うのだがどうだろうか。例えば、アメリカではアップルのiTunes Music Storeをはじめデジタル音楽ビジネスが着実に地歩を固めているが、このビジネスモデルで一番ネックになるのはやはり権利関係。iTunes Music Storeを日本でも展開するという話はあったと思うが、どうなったのだろう。

それから、もう一つ、シンプルなことなのだが、新作映画に英語字幕を付け、字幕付きのフィルムやDVDを入手しやすくすることも、日本映画の人気を高めるのに結構効果があると思う。最近の新作映画は、海外映画祭に出品するときにプロに依頼して字幕を付けていることが多いので、字幕付きのフィルムはどこかにあるはず。また、字幕のテキストがあるのだから、DVDに英語字幕を付けるのも比較的容易だろう。字幕をつけるだけで、海外に紹介される可能性がある作品の総数が大きくなるわけだから、有効な手段だと思うのだが。この社説に書いてある政府のプロジェクトのようなものを通して、英語字幕を付けるのに補助金を出すとかしたらいいと思う。

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May 25, 2004

「亀井秀雄の発言」

拙サイトが「亀井秀雄の発言」で紹介されました。
「同時代への発言」ページの目次から、「マスメディアの『テロリズム』No. 3」をクリックすると読めます。先日紹介した亀井氏の「2ちゃんねる」論の続きも読むことができます。特に、戦前のプロレタリア文学の「壁小説」と絡めた「2ちゃんねる」論は非常に面白いです。また、サイトの他のエッセイも、海外における日本文学の研究、また歴史教科書問題など、読みごたえのあるものが多数あります。

「亀井秀雄の発言」を見て来られた訪問者の方へ。
私のニューヨークタイムズの人質事件報道についてのエッセイはこちらです。
 また、文学関係者の方は、日本文学の海外紹介について書いたエッセイ(ここここ)もご一読ください。日本文学の翻訳事業は、非常に意味があると思っています。ぜひご支援ください。(「支援」といっても文化庁の事業ですので一般人に何ができるというわけではないのですが、日本の文学作品が翻訳され、さらに出版され続けることの重要性をできるだけ多くの人に知っていただきたいと思っています。)

 ご意見、ご感想はコメント欄かメールで。
(一部編集済)

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May 08, 2004

亀井秀雄氏、「2ちゃんねる」を発見。

亀井秀雄氏のウェブサイトにイラク人質事件報道の分析が載っている。(via 酔夢ing voice
亀井氏は近代日本文学研究の大御所的存在。氏の研究書は博識と緻密な読みでいつも非常に学ぶところが多いのだが、このサイトでは日本のメディアの言説、それから大学人の「アピール」などが、氏の文学研究と同じような緻密さで読み解かれている。本業でどれだけ「批判的に読む」訓練をしていても政治的発言になると突然単純なレトリックに堕落してしまう学者が多い中、このサイトでの亀井氏の姿勢は模範的である。(もちろん、自戒の意味を込めて言うのだが。)

また、亀井氏のような立場の学者がこういう形で小森陽一氏らの「アピール」を批判することは非常に有意義だと思う。内容に賛成、反対というレベルでなく、研究者が自分の政治的立場を批判的に考えることが出来ていないという現状に対して警鐘を鳴らす、という意味において。

また、亀井氏が最近2ちゃんねるを「発見」したというくだりも面白い。2ちゃんねるそのものには批判的ではなく、むしろ知識人が2ちゃんねるを毛嫌いする理由に興味を持たれているようだ。

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March 29, 2004

読書ノート:『春の雪』

先週は、研究発表などのためブログが更新できなかった。仕事が一息ついたところで、三島由紀夫の『春の海』を読了。これを読んだ後、日本語で何かを書くのは気がひける。自然描写、大正時代の日常生活の機微、緻密でありながら全体としての構成美も備えている。そしていくつもの自意識が数手先を読みながら将棋を打っているような心理描写。それぞれの登場人物がお互いの裏をかきながら行動しているはずなのに、小説全体の筋は時計仕掛けのようにある運命に向かって刻々と進んでいく。モダニズムの作家たちが、書いた先から言葉が変質してしまう現象を受け入れてその力を最大限に生かそうとしたのに対し、三島はそのような流れに真っ向から反抗した最後の作家といえるのではないだろうか。大江健三郎が、デビューした頃の文体に飽きたらず、一度書いた文章を書き直し、また書き直すプロセスによって文体を改造し続けたのとは対照的である。

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March 16, 2004

現代日本文学の翻訳・普及事業

1年ほど前、文化庁が中心となって、日本文学の翻訳を積極的にサポートしていこうという事業が発表された。新聞などに候補作品が載ったりしたので、覚えている方もおられると思う。この企画だが、国際文化交流推進協会という財団が中心になって運営しており、現在も進行中である。ホームページはこちら。

この企画、実際何をしているかというと、まず有識者が翻訳作品を決定。その作品を翻訳してくれる翻訳者を募り、翻訳料は財団から払われる。その後、出版社と契約。財団が一定部数を買い取り、世界中の図書館に無償で寄付する。先日も少し書いたが、日本文学の翻訳で一番のネックになっているのは経済的なリスクであることを考えると、このような形の経済的な援助はかなり効果的だと思う。

さて、選ばれた作品をみると、いまひとつぴんとこないという方もおられるかもしれないが、日本文学を教えている立場から言えば、ベストとまではいかないものの、なかなかいい選択をしていると思う。たとえば、漱石の「坊っちゃん」。まだ翻訳されていないのかと思う方もおられるかもしれない。実際、英訳はあるのだが、かなり古いもので、あの生き生きとした文体が訳し切れていないとよく言われる。芥川の短編集も同じ。(二,三年前、せっかく新しい英語の短編集"Essential Akutagawa"が出版されたのに、中の翻訳はかなり古い者の転載だったりする。)この辺は、有識者の委員会に入ったジョン・ネイサン氏の意見が反映されているのだろう。

また、大岡昇平の『武蔵野夫人』、小島信夫の『抱擁家族』などは、いままで翻訳がなかったのが不思議なくらいである。大岡昇平の戦争小説はかなり訳されてはいるが、その他のジャンルの作品は皆無。『野火』『俘虜記』ときて、『武蔵野夫人』があるかないかでは印象がまったく変わってくる。(追記[2004.5.25]:大岡作品では「花影」も英訳が出ている。)また、『抱擁家族』は、翻訳出版の話は以前にあって、出版直前までこぎつけたようだが何かトラブルがあったらしく、幻の翻訳書となっている。(アメリカの図書館で検索すると時々この幻の書誌情報がヒットしたりするのだが、問い合わせてみるともちろん実在しない。)これらの本が出てくれると、戦後文学の授業のオプションがかなり増える。戦後文学ではないが、もう一頑張りして、荷風の『ぼく東綺譚』など出版してくれるとさらによい。

横森理香や末永直海などの若い作家は福田和也が推したのだろうが、こういう作品も、たとえばバブルの頃の日本の文化状況などを教えるときに、新聞記事や論文を読ませるよりもこのような小説を読ませた方が手っ取り早いわけで、日本文化の紹介という面では決して悪いチョイスではない。

ホームページを見ると、3冊が既刊、もう一冊『武蔵野夫人』が今秋出版予定という。秋の授業には間に合わないかもしれないが、楽しみだ。

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